第二話 百手のマサとウォーモンガーたみ子、内臓館を訪れる 【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】
追い剥ぎホストの残骸から剥ぎ取ったスーツを身に付ける。
色はホストらしくド派手な紫。銃弾により穴だらけで、裾はところどころ焼け焦げている。
「としても、さっきのジャージよかずっといいぜ」
ウォーモンガーたみ子も下半身のキャタピラを変形させて歩行モードに装いを変える。
どちらともなく、雑談が始まる。
「実は僕、内臓館出禁扱いなんスよ」
「出禁!?何やらかしたのよアータ!」
「行ってみてホントに入店拒否食らうかは微妙なとこスけどね」
無精ヒゲを剃りながらマサが答える。
「あそこの女主人に野党狩りを依頼されたんですよ、そこそこの報酬、そんな強くない標的、小さく小さく書かれた留意事項。色々あって任務を果たした時には、僕”が”マダム”に”7000万円支払う契約になってましたよ」
「ダハハ!マダム・ストラテジーヴァリウスからの依頼マトモに受ける方が悪いよ!会った事ねぇけど!」
身の上話をしながら身支度を終えた二人は、東に向かう。行先は内臓館。マダム・ストラテジーヴァリウスの支配する魔店だ。
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「前衛任せた!盾役!」
「お受けしました!一掃しちゃってください!」
野盗5人の刀、手斧をまとめて捌きながらマサが答える。
「今だマサ!避けろ」
マサの後ろ、安全圏からたみ子がマイクロミサイルを発射する。
マサ以外の野盗は反応が遅い。三段階多弾頭分離展開したミサイルの雨あられが野盗
を一掃する。
「アーシたち、息ピッタシじゃないのコレ」
「僕が合わせたんスよ、反応遅れたら結構ヤバかったですよ、今の」
「アータならそれでも無傷で行けるでしょ、信じてるよ、ニシシ!」
内臓館までほんの数時間の道程だったが、ここまでもう七~八回は野盗の襲撃にあっている。いくら町田とはいえ、常と比べてその頻度は数倍だ。
十兵衛の滞在が、町田の治安をいつになく悪化させていた。
滅びの二分間での大量死。その後も滞在する十兵衛の起こす死の旋風。
それに加え、十兵衛が去るまで生き延びてもその先に未来はない。
たった一人の柳生十兵衛にこれ程の暴虐を尽くされ、その上おめおめと無事に市外に去られる程の無様とあれば、町田に住まうものは一人として腹を切らずにはいられない。
それら恐怖が、己では十兵衛を斬る目の無い者たちを一層捨て鉢にしていた。
しかし、パタリと野盗の襲撃が止んだ。
ここは既に”彼女”の勢力圏である。その中での刃傷沙汰は、そうした破れかぶれな者たちにすら御法度であり続けていた。
「アレかい」
「着きましたね」
古めかしい、巨大な洋館が見えた。
その名を内臓館という。
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喫茶 内臓館
町田の人間の大半は、一度や二度はここに来たことがある。
娼館か? …そう
情報屋? …そう
闇医者? …そう
武器商店か? …そう
もっとおぞましい何か? …たぶんそう
喫茶店…? たぶん違う/わからない
ここに来る人間は多い。しかしこの女主人、マダム・ストラテジーヴァリウスに会える者は運がいい。彼女はだいたい死んでいるからだ。
そして今は珍しく、そうではなかった。
「お好きなものをどうぞ」
喫茶店でもあったのか。
マダム・ストラテジーヴァリウスから渡されたメニュー表を見て、マサは内心驚いた。
「クリームソーダ」
「アーシは結構、人間のメシ食えねーんで」
すぐさま、ウェイターと思しき肉の塊が、ぐじゅぐじゅと音を立てながら銀盆に載せたクリームソーダを運んでくる。全く冷えていないことと全く甘くないことを除けば、それなりに美味い。
「そろそろ来る頃だと思っていましたよ。マサさん、あぁ、今は"百手のマサ"でしたね?」
テーブルの対面に座るマダムの声は、陰気な未亡人という風情の外見には不釣り合いに幼い。
調度品や内装もそうだ。一つ一つは高級感があるが、全体として見ると奇妙なちぐはぐさが浮かび上がり、不安を掻き立てられる。
「まぁ、ちょっと、色々あって」
ソーダを啜りながら、気まずそうにマサが答える。
「貴方の出禁扱いは解いていませんが…こうして通された理由はおわかりで?」
「十兵衛」
手持ち無沙汰のたみ子が口を挟む。
「あなたには聞いていませんが、そういうことです。あれの刀を止めた、それも二度とあれば、出禁入店の特例も認めましょう」
「それはどうも…出禁は出禁なんスね」
「それで、本日はどんなご用事で?あなたのご依頼なら多少の無理はお聞きしましょう」
「わざわざ聞かなくても、アンタなら客が何を言うかは全部読めてるんでしょ」
たみ子が更に口を挟む。この館に入ってから、彼女はあからさまに不機嫌になっていた。
「そうだとしても、お客様との会話は楽しむことにしていますの」
クリームソーダを飲み終わった。グラスの下に溜まっている赤黒い塊は見なかったことにして、マサは答えた。
「剣が要り用でして、十兵衛を斬れる剣が」
「それは”多少ではない無理”に当てはまりますわね。うちで一般に取り扱っている武器は神殺しまでですの」
「無いんスか」
マサの落胆を見て、マダムの顔に少しの苛立ちが浮かぶ。
「無いとは言っておりませんわ、お譲りする方を選ぶというだけ」
「アーシこいつ嫌い」
たみ子はもうテーブルに頬杖をつき、脚をブラブラさせてふてくされている。
「イチイチ勿体ぶりやがって、クソウゼえ…」
壁の柱を指でつついて、指がズブズブと沈み込んでいくのに肩をビクッとさせる。
この館は木も石も全てが”肉”の擬態に過ぎない。
マダムはたみ子を一にらみだけして、マサに話を戻す。
「一振りだけございます、柳生十兵衛をも斬る可能性のある忌み刀、八丁念仏。持ち帰りたいというなら、それにふさわしい剣士かを証明していただきましょう」
「町田で僕以上の剣士は早々いないと思いますけど」
「”早々いない”なら確かにそうかもしれませんね。ただ私はベストだけを探していますの」
マダムが手を叩いた。彼女の背後の壁だったところが溶けるように開き、奥の空間へと続く。
「自信があるなら、戦いぶりを見せていただきましょうか」
立ち上がり、二人を招く。
「オッ、ドンパチか!?任せろ」
ようやく退屈から解放されたたみ子が目をキラキラとさせた。
「あなた、私の話を聞いてらして?あなたは私と上から観戦です」
「ウッゼエ~~~~~」
奥まった空間は内臓館の外観からは考えられないまでに広く、上下二層、観戦スペースと闘技場に分かれている。
マダムとたみ子は上へ、マサは下へと別れる。
マサが闘技場の中心に立ったのを確認して、マダムが手を叩いた。
ずるり。
石床が歪み、マサを取り囲むように人影が現れる。その数、五。
いずれも内臓館を訪れ、そして館に取り込まれた町田屈指の剣客達だ!
礼無小僧のへし切長谷部は水月。
マウンテン・キングの斬馬刀は首筋に。
邪鬼の飛苦内はマサの眉間に狙いを定め、達磨之助が取り出したるは分銅鎖。
そして
九龍夢幻流免許皆伝 “白きラクーン”の笑み。
「へえ」
マサが笑った。
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「ふう」 マサは刀を治めた。
「ヒュウッ、やっぱアイツ強いな!無傷どころか返り血一つ浴びてねえや」
たみ子が椅子に立ってはしゃいだ。
マサの足元には剣士たちの亡骸が五つ転がっている。それは見る間にずぶずぶと溶け落ち、再び石床に吸い込まれていく。
「わかってもらえましたか」
マサがマダム・ストラテジーヴァリウスを見上げてほほ笑んだ。
「ええ、確信しました」
マダムが笑みを返す。
「『百手のマサ』…あなたに十兵衛を斬ることはできませんね」
マサの笑顔が消えた。
「なんでだよ!さっきの戦いもノーダメだったじゃん!」
たみ子が横から抗議の声を上げる。
「わからないならそれで構いませんよ。それなら、むざむざ十兵衛に斬られるよりは二兆億利休様の元へでも向かわれては?己と向き合うには彼と語らうのが最も良い、と方々の噂でございますが」
マダムがどこからか一振りの刀を取り出す。その刀身は光を吸い込むように黒く、一切の輝きを持たない。
「折角はるばるお越し頂き、無駄な運動もさせてしまって申し訳ございません。これは”ウーラノスの楊枝”と呼ばれる、国外からの漂着物を加工した刀。ひどいなまくらですが、折れず、曲がらぬ頑丈さだけは右に出る刀がありません」
マダムはそれを階下のマサに投げ渡した。
「せいぜい身を守る刀くらいは差し上げましょう。貴方にはそれがお似合いです。それではお気を付けて、お帰りくださいな」
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「ンっだよ!あのババア!」
石を蹴りながらたみ子が毒突く。
「アータもアータだよ!言われたなりにあんなナマクラ大人しくホイホイ受け取って帰りやがって…」
「これはこれでいい剣ッスよ、僕の戦い方には合ってます」
「アータの戦い方に合ってるかはどーでもいんだよ、そのナマクラで十兵衛ブッ斬れるかが問題だろが」
マサは答えない。たみ子はふてくされ始めた。
「ムカついてるくせに無理やり自分で自分納得させやがって…一目瞭然だろが、ヘタレかよ、コイツ…」
日が暮れてゆく。町田の廃ビル街を血の色の夕陽が照らし、そしてそれらもすぐに、深紫の夜が覆い尽くしていく。
「どーすんだよ!このまま十兵衛ブッチめに行くか?それとも一回戻るか?」
「そうッスね、一回態勢を整えてから…」
その時、足元から地響き、轟音。そして不快な浮遊感。視界が傾く。
「たみ子さん、マズい!区画整理蟲だ!」
大量の羽音と共に、付近一帯の市街が宙に浮いた。
町田は都内でも屈指の新陳代謝の良い街として知られる。住民の死亡率と流入率が極端に高いのも一因であるが、区画整理蟲による強制的な都市計画もその一つだ。
「クソッ、素人でもやらねえぞ!蟲の活動に巻き込まれるなんて!」
「市役所が壊滅してたんです!交通封鎖がされてなくても不思議じゃない!迂闊でした!」
手近な建物にしがみつきながら、二人が叫ぶ。
二人がいる地面、そのアスファルトを超えて岩盤の下には品種改良された大量の甲虫『区画整理蟲』(あるいは別の名を『土地転がし』という)が大量に群れ、400m辺の都市区画を持ち上げて飛行していた。
「たみ子さん、ミサイルで下の蟲をやれませんか!」
「できなくもねえが、違法ガス管にでも引火したらマズい!このまま運ばれるしかねえ!」
急激な加減速と旋回による極限慣性により、違法建築マンションが次々と倒壊していく!
「ギャァアー!」「グギャァー!」
マサたち同様に巻き込まれた違法滞在住民の悲鳴と断末魔があちこちからあがる。
その惨状の中、区画整理蟲は更に高度を上げていく。高度が最大限に達し、全ての動きが静止した。
「たみ子さん、町田が…」
マサとたみ子は、高空から町田を一望した。
十兵衛のいる薬師台方面の一帯が、火の手で紅く染まる。
地面を時折、扇型の光が薙ぐ。地面から空高くに掛けて、光の直線が時折り煌めく。おそらくはあの光芒こそが、柳生十兵衛の剣筋だ。
「あんなの、マジで勝てるのか…?」
たみ子が呟いた。口にこそ笑みを浮かべているが、冷や汗は隠せない。
途端に都市区画が急降下を始める。
「着陸します!しっかり何かにしがみついて!」
急激な高度低下!僅か数秒で大地にたどり着く、そして轟音!
「アダダ…」
たみ子が身を起こした。
「ここは…鶴間の辺りか?クソッ、街の反対側じゃねえか…ウォッ!」
着地の衝撃で、たみ子のすぐ近くの違法建築デパートが倒壊!彼女に向けて巨大瓦礫が落ちる!
「ミサイル…!ダメだ、ぶっ壊しても破片が当たる!間に合わねえ!」
「ダァァァァァッッッ!!」
飛び出してきたマサが、巨大な瓦礫片の数々を空中で、"切断"も"破壊"もせずにただ跳ね飛ばしていく。マサが着地し、瓦礫は二人から離れたところに砂塵を上げて激突する。
「ナマクラでも、捨てたもんじゃないでしょう」
「確かに、役には立つ時もあるわな…どーも」
「それよりたみ子さん、この辺り…マズいッスよ」
マサの顔に全く油断は無い。
視界の向こうから、凄まじいバイクの轟音が近づいてくる。それも百台や二百台の音ではない。
「霊義怨(レギオン)のシマです!!」
廃ビル群を曲がり、北関東最大の暴走族、【霊義怨】が現れる!その数、二千万!!
(つづく)
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