第一話 柳生十兵衛、町田に来襲【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】
柳生暦37564年、死都町田は大いに色めき立った。
押しも押されぬ柳生界のスーパースター、柳生十兵衛がこの街に表敬訪問に訪れるという。
十兵衛の首を獲れば金も狂気も思いのままぞ。十兵衛、ブッ殺るべし。柳生、ブッチ斬るべし。
かくして東洋一の大魔窟、町田に蠢く海千山千魑魅魍魎有象無象の怪人物どもは、一目散に打倒十兵衛に突き進むこととなった。
口裂け女markⅡがいた。
内臓館の女主人 マダム・ストラテジーヴァリウスが蘇る。
柳生一族に復讐を誓う生き生首、千利休改め二兆億利休が怒る。
“濃尾平野の三年金縛り太郎” “一人タイガー&ドラゴン”こと、悪夢堂 轟轟丸が二千万騎の構成員と突っ走る。
新陰流史 最悪の忌子、柳生ベイダーがとなりの村からやってきた。
人間兵器庫 ウォーモンガーたみ子が全身から銃弾を乱れ撃つ。
そしてここにもう一人…男、滅びの二分間で十兵衛の剣を二度止めた男がいる。
名をマサと言った。その日からは百手"へカトンケイル"のマサと呼ばれた。
結論から言うと、柳生十兵衛はとんでもなく強かった。
町田に足を踏み入れて初めの一太刀で住民の八割が即死し(ここで市長が死んだ)、
二太刀目で残りの大半も死んだ(ここで副市長も死んだ)。
マサは二太刀目を受けきるとすっ飛んで逃げ、三日が経った。
◆
昼、サイレンが街に響く。市役所の防災無線だ。
【市民の皆さん こちらは 防災 放送 です
柳生 十兵衛が 本町田一丁目から 三丁目に 出没しています
お近くの方は 大至急 あきらめてください】
職員は全員死んだはずなのに放送だけは続けている。律儀な連中であった。
鶴川駅前、廃バラック群の一つからマサがのそのそと這い出た。
「兄貴!今日こそ十兵衛をぶっ殺しにいくんでしょ」
「やっぱりアニキはすげえや!」
近くの浮浪児たちが駆け寄ってくる。
みな、あの日に十兵衛に親を殺されたり、もしくはそれ以前に勝手に親を殺したりしたみなし子たちだ。
「言ってるっしょ、まだ機じゃないって」
その言葉は嘘ではない、が、誤魔化しではあった。
マサは十兵衛の剣を二度止めた。だが、それだけだ。
あたり一面を首なしの群れへと薙ぎ変えた十兵衛の魔剣を確かに二度止めた。
が、そこで剣は折れ、十兵衛に一太刀入れることも叶わず、あとはほうほうの体で遁走し、このバラック群に落ち着いた格好だ。
「剣がいるんだよ…ヤツと張り合える剣が」
とはいえ…いつまでもここで燻る訳にも行くまい。何より、この子供たちをあしらい続けるのも骨だった。期待外れと思えば、その晩には寝首を掻いて懐を漁りにくるような連中だ。
そう言って子供をあしらうと、マサは歩き始めた。町田でそうした魔具を求めるなら、行くところは一つ、内臓館だ。
だがマサは内臓館には出禁の身。たとえ出禁が解かれたとしても、ジャージに無精髭のこの風体ではどのみち入店拒否だろう。出禁はさておき、身だしなみは整えねばなるまい。
◆
バラック群を抜けて、大通りに出る。昼と言うのに人気は全く無い。これは十兵衛により町田の人口が激減したからではなく、元からの光景であり、単純に町田の治安の問題だ。
この辺りには追い剥ぎホスト団が良く出る筈だ。マサは考えた。
連中を狩れば人並みの服が手に入る。カウンター追い剥ぎはアパレル業界が壊滅した町田では最も手早い衣服調達手段の一つである。もっとも、奴らも十兵衛に一掃されていなければの話だが…
「これは…手間が省けたかな?」
通りには既に追い剥ぎホスト団の無残な肉片が——翔の、龍我の、そしてNo.1ナオキの残骸が散らばっていた。
追い剥ぎホスト団の肉体の徹底的な破壊ぶり、生半可な破壊力の相手ではあるまい。
そして死体には、まだ熱が残っていた。
「いや、却って手間が増えたか…」
マサの表情が曇り、手近な瓦礫に身を隠す。
キュラキュラキュラキュラ…
キャタピラの音が辺りに響いた。マサは察した。
あのウォーモンガーたみ子が近くにいる。直接対峙したことは無いが、凶暴なバトルサイボーグと名高い。この惨状を見ても、油断ならないのは明白だった。
「もういねぇかァー!?泣くホストはいねぇかァー!?」
威圧的な叫びとともに、右腕に直結接続されたガンランチャーを振り回しながらウォーモンガーたみ子がビル陰から現れた。彼女の本来の下半身に代わって換装されたキャタピラは、瓦礫を物ともせずに辺りを自由に動き回る。
直後、たみ子の死角、廃ビルの屋上からコールと共に斬りかかるものあり。
「ナオキが死んでーッ!自分が殺らないーッ!?訳がないーッ!友情一気友情一気、友情一気!」
元No2の聖也である。(ナオキの死によりNo1に昇格)
自由落下の勢いのついた背後からの一撃。タイミング、間合い共に申し分ない。
「へェ」
陰からそれを見るマサも密かに感心した。所詮は追い剥ぎホスト団と思っていたが、あの一撃ならあるいは。
『シンギュラリティ…』
視線すら向けることなく、たみ子の肩に直結接続されたドゥームミニガンが反転し、聖也を狙う。
BRATATATATATA!
ドゥームミニガンからの銃弾の濁流が聖也を粉々に粉砕し、地面に着地する前に原型を留めぬゴアミンチと化した!
「あれは、レーダーか…?ありゃ相手にしたくないな…裏から回るか」
「そこに隠れてる生肉あと一匹ーッ!大人しく出てきたら惨たらしくぶっ殺してやッヨ!」
「バレてるか…ま、不思議じゃ無いよな」
マサは瓦礫から大人しく姿を現す。
キャタピラのキュラキュラ音を響かせ、たみ子がマサに正対するように移動する。
右手には直結ガンランチャー、右肩にはドゥームミニガン”エターナル”、左肩には低反動キャノン”ブルータル”の二門、左右の腰には三連ミサイルランチャー。
左手が空いているのは、いつでも中指を立てられるようにするためだ。
腰から下は全地形対応型バーニア機能付きの無限軌道。
髪型はツインテール、赤の眼鏡、一見可憐ですらあるその顔を、場所問わず打ち込まれた大量の鋲ピアスが一気に暴力的に仕上げている。
彼女こそ、町田のテクノロジー暴力の頂点に立つ破壊者、ウォーモンガーたみ子・長距離砲撃戦フォーム≪バレットストーム≫である。
「ア?追い剥ぎホスト団の残りと思いきや…あの十兵衛の剣を止めた、百手≪ヘカトンケイル≫のマサ殿じゃねぇの…お噂はかねがね…」
たみ子が歯を剥きだしにしながら剣呑にマサに話しかける。
「そりゃどーも…ウォーモンガーたみ子さん。せっかくお会いしたのでお茶でもお誘いしたいとこなんスけど、その、これから内臓館に向かいたくて…このホストの服だけ頂戴したらすぐにご無礼しなくちゃでして」
「そいつは水臭い。一つ剣術談義とでも思ったところだが、御用があるなら仕方ねえ…残念だがまたの機会に…」
マサは手近な元ホストの服の内、原型が留まっているものを選んで拾う。
たみ子はその様子を眺めるのみだ。
「ところで、マサ殿。興味本位なんだが、内臓館には何用で?」
「武器を探しに」
「ほう、武器と。お腰のものでは不足と?」
「これはその辺りの有象無象からはぎ取ったなまくらなんで」
「なるほどなるほど、内臓館にはそこにしかない凄まじい武器が山とあると聞くからねえ。で、その武器で何を斬ろうって?」
「勿論、十兵衛」
答えると同時に、マサが跳ねた。足元をドゥームミニガンからの銃弾の嵐が襲う!。
「十兵衛を!ぶっ殺すのは、アーシしかいねぇンだよーッ!」
マサの着地をガンランチャーが狙う。
「邪魔者はさっさと減らしとかねえとなーッ!」
三連射!
マサが刀を抜く。それは語った通りのなまくらである。だが!
弾く、弾く、弾く!
「ウッソ」
「ガーッと来てる弾ならヤーッていきゃあ案外なんとかなるもんスよ、実際」
たみ子は動揺を振り切り、腰からミサイルを三発発射する。
マサは瞬時に距離を詰め、近接信管が動作する間もなく、刀の峰でミサイルを跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされたミサイルは後方の廃ビル群に直撃、爆発、倒壊!
「ギャアーッ!」「ギャアーッ!」不法居住者と不法居住者排除セーフガードが共に圧殺!
「マジかコイツ!」
「ふわふわ飛んでくるやつは気合が入ってないから、ドリャーッてやったらイケるんスよ」
たみ子は焦った。十兵衛の刀を止めていたほどの男である。守りに長けているとは思っていたが、ここまでとは予想外だ。そもそもこの装備は、追い剥ぎホスト団のような有象無象を安全・効率的に狩るための稼ぎ用装備である。強者との近接戦闘は原則的に想定していない!
たみ子の胸部アーマーが展開。内部に展開された青色のエネルギー・コアから大出力の光束レーザーが照射。緊急時プロトコルに基づく奥の手・マトリクスレーザーである。
直撃した場合、シロナガスクジラが0.2秒で原子分解される恐るべき殺人光線!
だが!
マサは刀の奇跡的角度でレーザーを拡散反射!光の束は拡散し無害化!
「ビーッてくるやつは重さとかないから、エイーッてキメたら余裕なんスよ」
「ウッソだろ、メチャ強いじゃんコイツ!もうヤだ!」
涙目のたみ子に、マサが急加速で距離を詰める。キャタピラに脚をかけ、たみ子の頭、彼女の唯一の生身パーツに刀を振り下ろす!
「ヒ…死……あ?」
刀は直前で止まっていた。
「…ンだよ、殺らねえのかよ、締まらねえ」
たみ子が不服気な上目遣いでマサに不平を垂れる。
「言ったでしょたみ子さん、着替え取りに来ただけだって」
刀を納めながらマサが答える。闘争の空気は既に去っていた。
「あ?んだ?お前、テメ…さては…イイ奴だな!?なぁ!」
たみ子の表情が一気に明るくなり、人懐っこい笑顔へと変わる。
「十兵衛ぶっ殺すにしても、今の町田じゃ一人でそこまで向かうのも骨だなってさ、丁度アーシも思ってたとこなんよ!十兵衛のとこ着いたら後は野となれ山となれ、早いもん勝ち恨みっこなしでさ、それまでは相乗りでどうよ!な、決まり!とりあえずどうする!さっき言ってた内臓館向かうか!?」
先ほどまでとは別人のようにまとわりついてくるたみ子に、マサは答えた。
「とりあえず…着替えていいスかね」
(続)
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