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わからない本をわかるために語る!~山本 貴光 × 豊崎 由美、バレリア・ルイセリ『俺の歯の話』(松本健二訳、白水社)を読む

今月の月刊ALLREVIEWSフィクション回はメキシコの作家ルイセリの『俺の歯の話』。かなり複雑な、教養の詰まった小説です。このとっつきにくい本に食指が動くように解説をするのが山本貴光さん。写真でみるとわかるとおり、お二人ともマスクをしながら、楽しそうに語ってくれました。
※対談は2021年4月4日に行われました。
※配信アーカイブが購入可能です。

成り立ちからして複雑な小説

課題本『俺の歯の話』はメキシコの女性作家バレリア・ルイセリがメキシコのジュース会社が経営する現代美術館フメックス美術館の2013年の展覧会「狩人と工場」のために書かれた作品。この作品には、第一バージョンは展覧会の前段階でジュース工場の従業員に手渡された冊子、第二バージョンは、冊子に従業員のコメントを反映させた「狩人と工場」展のカタログに収録させた作品、第三バージョンはこのカタログを元にメキシコで刊行されたスペイン語版の小説、第四バージョンはスペイン語版の英訳だが、この英訳は単なる英訳ではなく、英語話者でもある作者自身が英訳者マクスウィーニーとともに作り上げたもの。第四バージョンには第七の書として、英訳者の年表が入っているなどテキストが長くなっている、と四つのバージョンがあるややこしい小説です。

話も固有名詞がちりばめられ、一読して虚実が入り乱れていることがわかります。「狩人と工場」展も本当にあったのかしらと思ってしまいますが、これは本当にありました。

ちなみに主人公のハイウェイは当初フメックスのジュース会社を彷彿させるジュース工場の警備員として勤めています。小説にはこのように書かれています。

工場ではジュースを製造していた。そしてそのジュースがアートを生み出した。

小説は開かれているから面白い

豊崎さんはご自身が主催している「ガイブンの輪」で山本さんと対談して以来、山本さんのファン。山本さんが紹介する小説も大好きです。豊崎さんの好みは「開かれた」小説。恩田陸さんは長い間直木賞をとれなかったのですが、落選の理由が「結末が閉じていなかったから」という理由。豊崎さんは異を唱えます。恩田陸さんの小説の良さは閉じられていないから。開かれた小説の面白さをもっとわかってほしいといいます。

とはいえ、『俺の歯の話』は人名の引用も多く、わかりにくい小説であることは間違いない。気になった方はまず、第二の書を立ち読み、気になったら読み進めてくださいとのこと。第二の書は、主人公が有名人の歯のオークションを始める話。売りに出されるのは、プラトン、アウグスティヌスから、ボルヘス、さらには現存のスペイン人作家ビラ=マタスの歯。ボルヘスの歯は安い!

複数のテキスト、複数の意味をもつ言語を訳する難しさ

本書は、登場する固有名詞も膨大で、西洋の教養を持っていないとなかなか理解が難しい。その上、スペイン語版と英語版でテキストの量が違う。訳者の松本健二さんの苦労がしのばれます。

山本さんは英語版と対照して読むことで、見逃されがちな訳者の苦労も発見します。この本は各章に『誇張法』、『比喩法』などのタイトルがついているのですが、このタイトルがダブル・ミーニング。例えば『誇張法』は英語では”Hyperbolic”という一語なのですが、これは双曲線という意味も持っている。訳者の松本さんは『誇張法(双曲線の術)』と苦労して訳しています。

このような難しい本を訳し、出版した白水社さんに、お二人は感謝。このような本が翻訳・出版され続けらえるように応援したいですね。

わからない本をわかるためには語りあおう

本書の理解のための参考文献として、山本さんは以下の参考文献を上げます。まず、クインティリアヌス『弁論家の教育』。京都大学出版会、いい仕事をしています。クインティリアヌスはローマ帝国の修辞学者。

クインティリアヌスが参考にしていたのが、アリストテレス。山本さんは読むべき本として、『弁論術』を上げます。岩波文庫で出ているので、簡単に読めます。

豊崎さんは新刊を読むのが仕事なので、なかなか古典が読めないが『弁論術』はぜひ読みたいとのこと。

一読してなかなかわからない『俺の歯の話』、博識な山本さんと語り合うことで、理解が深まったとのこと。豊崎さんは本を理解するために誰かと語り合うことを薦めます。読書会も一つの方法。

ともかく、博識な山本さん、読書経験豊富な豊崎さんと語ることにより、難解な『俺の歯の話』の理解も深まります。話の筋が追えなくても、固有名詞を確認するだけでも楽しい本。筆者もG.Kチェスタトンの名前を発見して嬉しくなりました。

お二人の話を聞いているだけで「知の観客」になれる会。追っかけ配信は有料で見ることができます。

山本貴光さんの最近の著作はこちら。

【記事を書いた人:くるくる】

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