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ブラジルを西洋と考える知識人の誇り~柳原孝敦 × 豊崎由美、クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋伸洋訳/河出書房新社)を読む~

書評家、豊崎由美さんがホストの2021年4月の月刊ALLREVIEWSフィクション部門のゲストは柳原孝敦さん。課題本はブラジルの女性作家クラリッセ・リスペクトルの『星の時』。本作は1977年にブラジルで刊行されましたが、日本で翻訳が出たのは2021年3月。40年以上の時を経て出版された背景には河出書房新社の編集者、竹花進さんの尽力があるそうです。豊崎さん、柳原さんに加え訳者の福嶋伸洋さんも参加。贅沢な読書会となりました。
※対談は2021年4月29日に行われました。
※対談動画はアーカイブ購入が可能です。

デビッド・ボウイ⁈ルシア・ベルリン‼佐々木暁さんの装丁の狙い

読書会は冒頭、訳者の福嶋さんが本書の背景を説明することから始まりました。福島さんが強調したのは「リスペクトル」という表記。40年前に彼女が最初に日本に紹介されたときは「リスペクト―ル」という表記でしたが、ブラジルのポルトガル語の発音は「リスペクトル」に近いそうです。

福嶋さんは著者クラリス・リスペクトルの写真を使った装丁にデビッド・ボウイのような中性的な魅力を感じたそうです。

一方、この装丁を見て、大ヒットしたルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』を連想した豊崎さん。両方とも美人作家の写真を表紙に使っているところに共通点が。しかし、一読して、ルシア・ベルリンとは違う、そこまでは売れないだろうなと思ったとのこと。これは、この作品が魅力的でないということではなく、読者を選ぶということ。でもこの小説は、岸本佐知子さんの翻訳が好きな人には好まれるのではないかといいます。

バージニア・ウルフに比べられるリスペクトル。ブラジルでは、Occident(西洋的)な作家として、知識人に好まれているそうです。ブラジルは中南米の一国ですが、知識人には西洋への憧れも強い。知識人からは土着の作家とは違う、知的な魅力があると評価されており、ブラジル知識人が海外に紹介したい作家のひとりだそうです。

全く社会派ではない小説(豊崎)

『星の時』は決して長くないのですが、なかなか読み進むことが難しい小説。筆者もつい「取っつきにくい」とツイートしたところ、豊崎さんから励ましの言葉をもらいました。

豊崎さんは福嶋さんから、リスペクトルが「西洋的」と評されていることに納得します。リスペクトルは、登場人物の作家のロドリーゴも、貧しい少女のマカベーアもどこか突き放している。この物語の背景にはブラジルの格差社会があり、そのことを告発するようにも読めるのだが、リスペクトルはあくまで登場人物と距離を取る知的な態度を崩さない。その結果、「可哀そうだがおかしい」というコメディ要素のある小説となっています。

メキシコに行くとコカ・コーラを飲みたくなる(柳原)

貧しいマカベーラにとって、コカ・コーラはごちそう。柳原さんはメキシコに行くとコーラを飲みたくなるそうです。実際、コカ・コーラの販売量をみると、メキシコは世界2位、ブラジルは世界4位。

メキシコやブラジルの貧困層がコカ・コーラに金を払うことはアメリカの搾取構造のメタファーともとれるのですが、純粋に、中南米で飲むコーラはおいしいのかもしれません。

ヒロインのマカベーラは無知・無学。広告を集めるのが趣味で、化粧クリームの広告を見て、おいしそうと思う。これに対し、豊崎さんは小学校低学年の頃、資生堂のホネケーキ(Honey Cake)をおいしそうと齧ったことがあるそうです。ちなみに、石岡瑛子、前田美波里のコンピで有名なホネケーキはまだ現役の石鹸です。

対談では、マカベーアの哀れさや彼氏のひどい仕打ちがたっぷりと語られます。余談として、リスペクトルの文学エージェントCarmen Barcellsの話も聴けます。本を読んだ人にも、読みたいと思っている人にも楽しく、ためになる対談です。

対談動画はこちらから購入できます。

【記事を書いた人】くるくる

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2021年2月には、鹿島茂さんとの対談6本をまとめた『この1冊、ここまで読むか!超深掘り読書のススメ』が祥伝社より刊行されています。
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