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沿線には「貝塚」と「大学」⁈柳瀬 博一 × 鹿島 茂、『国道16号線:「日本」を創った道』を読む

2020年ラストを飾るのは元日経ビジネスの編集者で東京工業大学教授の柳瀬博一さん。自書『国道16号線:「日本」を創った道』(新潮社)を引っ提げてのご登場です。2020年11月15日に発行された本は2020年12月23日現在なんと三刷!出版不況の中、ヒットとなっています。
鹿島さんは横浜市金沢区生まれ。国道16号線を横断して小学校に通っていたとのこと。いわば「16号線ネイティブ」の鹿島さんと博覧強記の柳瀬さん、当然、話がはずみます。
※対談は2020年12月23日に行われました。

国道が栄え、鹿島家は没落!

東京の中心部からほぼ30キロ外側、東京湾をふちどるようにぐるりと回る、実延長326.2キロの環状道路である(法律上の起点・終点は横浜市西区)。
柳瀬博一『国道16号線:「日本」を創った道』(新潮社)

柳瀬さんは自署の冒頭で国道16号線についてこう書いています。といっても、首都圏在住者でないとピンとこないかもしれませんので、まず地図をご紹介。

国道16号線イラスト

※地図はWikimediaより取得

地図でわかるとおり、山口百恵の横須賀市、三浦しをんの町田市、松任谷由実の八王子市、『クレヨンしんちゃん』の春日部市、『木更津キャッツアイ』の木更津市も通る長い道路。郊外型ショッピングモールも多い国道16号線は「郊外」と密接に関連しており、その観点からの書籍も多いのですが、柳瀬さんの本は、「郊外」という視点だけにとらわれず、米国の占領軍の話から、貝塚、戦国時代の話と縦横無尽に展開します。地形にも着目した、「ブラタモリ」的要素もある大変興味深い本です。

鹿島さんは1949年、横浜市金沢区の生まれ。かつて久良岐郡と呼ばれたところで、鹿島さんのご実家は酒屋を中心としたよろず屋を旧道沿いに営んでいたそうです。ところが、国道が開通し、旧道は寂れ、商売は傾いてしまう。このため、「国道」に対して鹿島さんは複雑な気持ちを持っているそうです。ちなみに、国道16号線が「国道16号線」と命名されたのは1963年。それ以前、鹿島さんの地元では「国道」と呼ばれていたそうです。

鹿島さんの実家は、旧道が栄えたときは、貸家(土地はもたず、上物だけもち貸家とする)を持つなど羽振りがよかったのですが、関東大震災で貸家が焼け落ち、戦後の農地改革により平地に持っていた土地も失います。ところが本家は山林を持っていたため、農地改革による土地の没収がなかったそうで、明暗が分かれました。

米軍の影響が色濃く残る神奈川県の16号沿い

鹿島さんの実体験はそのまま国道16号線の歴史につながります。神奈川県の国道16号線沿いは戦後米軍の接収した土地が多かった地域。1949年生まれの鹿島さん。子どもの頃みた米軍の記憶は鮮明です。

例えば、野毛が栄えたのは伊勢佐木町が米軍に接収されていたから。JRAエクセル伊勢佐木(旧松屋)は米軍接収時PXとなり、日本人は入れなかった。このため野毛に闇市ができて、日本人向けの繁華街となったとのこと。また、後年、鹿島さんがホリプロの堀威夫さんにインタビューしたところ、伊勢佐木町の真っすぐな通りに小型飛行機が着陸していたそうです。

1964年生まれの柳瀬さんにも米軍の記憶があります。柳瀬さんは横浜市の山手町の近く、竹之丸の父親が勤める銀行の寮で育ったのですが、銀行の寮の周りはすべて米軍住宅。白い洋館に緑の芝生、プラタナスが茂り、金髪の少女が遊ぶ。でも柳瀬さんが住むのはご本人曰くぼろい日本の銀行の寮。シュールな光景が子どもの頃の原風景です。

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(Google Mapの竹之丸付近。中華街からもほど近い場所です)

鹿島さんによると、中区本牧のあたりにも米軍住宅が並び、まるでテレビドラマ『ビーバーちゃん』の世界。そして、鹿島さんが良く遊んだのが米軍のゴルフ場。

そのころ、横浜市の交通手段は市電。でも市電の終電は杉田(柳瀬さん曰く、美空ひばりが歌っていた杉田劇場の近く)。鹿島さんの家は旧久良岐郡で市内ではないため市電が通らず悔しい思いをしたとのこと。柳瀬さん、冷静に急な坂のせいで、市電を通すのは難しかったのではないかと推察します。

鹿島さんの子どもの頃、16号線を走ってた車は皆米軍関係の車で走っているのはシボレーだのパッカードだの、まるで小林旭『自動車ショー歌』の世界。長じて、車に乗るようになると、米軍の車はとにかくぼろいことに気づいたそう。これは、米軍は車検をしなくてよいため。

柳瀬さんによると、鹿島さんより少し若い松任谷由実は、PXでレコードを買い、誰よりも早く、アメリカンポップスの情報を仕入れて、茅ケ崎で遊んでいたそうです。鹿島さんと同年代の細野晴臣が米軍住宅の跡地に移住するなど神奈川県はポップミュージックのゆりかごの要素があるのではと柳瀬さんは自著で展開しています。

(松任谷由実の80年代の自伝『ルージュの伝言』。ちなみに編集者は見城徹)

60年代から70年代にかけて、神奈川県にポップミュージックのゆりかごとなる土壌があったことは鹿島さんも同意します。鹿島さんは米軍相手の雑誌スタンドで、英国版ビルボードのような雑誌を買っていたそうです。ビートルズがビルボードの1位から4位までを独占した時期。鹿島さん、16号線の生き字引です。

縄文時代に栄えた16号線、現在は大学が立地

話が変わって、柳瀬さんは16号線にかかわる二つの写真を提示します。

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赤い印が示すもの。それは貝塚の跡。縄文時代、海と山のへりにあった16号線沿いは非常に栄えていたことがわかります。ここまで、密集して貝塚が発見されるのは、日本ではここ以外ない。日本の古代史はともすれば西日本に目が行きがちですが、関東は非常に栄えていたことがわかります。

翻って現代。こちらの写真が示すのは、現在の大学があるところ。学生運動が活発化し、都心にあった大学が郊外に移転しました。移転した大学には学生運動に縁が薄い共立女子大のような大学も。おかげで鹿島さんは横浜市から八王子市まで2時間以上かけて車通勤。途中からは、横浜線で通勤していた。横浜線は16号線と並行して走っている鉄道です。

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16号線は『絹の道』

話は飛んで明治から終戦直後を支えた生糸の話。生糸は日本の重要な輸出品目。これは19世紀に欧州で蚕の病が流行り、日本の絹バブルが起こったからです。渋沢栄一の実家も埼玉県深谷市で養蚕をやっていました。この生糸が集まったのが八王子市。八王子から港のある横浜まで、16号線は『絹の道』でもありました。この絹の貿易が過小評価されているのは、戦後経済学が重工業を重視したから。16号線は歴史上重要な役割を果たしたのに、過小評価されがちです。

過小評価されがちというのは、家康以前の関東も同じ。戦国時代以前、鎌倉幕府と足利氏を除き、関東は教科書でフォーカスされることがありません。でも太田道灌の時代、川越氏は一大勢力。太田道灌の上司です。川越氏は16号線沿いの川越市に城を構えていました。

鹿島さんは『妖人白山伯』を書く中で、明治初期の生糸の役割や、五代友厚、前田正名に詳しくなりました。白山伯は実在したモンブラン伯爵のこと。日本に滞在したフランス人でかなり怪しい人物です。またこの本に出てくる五代友厚は悪い。現在絶版ですが、復刊がまたれます。

伝説のジャズメンを目撃した鹿島さん

『国道16号線』は16号線にまつわる話を様々な角度から分析した本。このため参考文献も膨大です。その中でもっとも面白い本は何ですかという質問に柳瀬さんは中島淳一『日本列島の下では何が起きているのか 列島誕生から地震・火山噴火のメカニズムまで』をあげます。これはプレートテクニクスの話。房総半島の近くはプレート三つがあわさる三重会合点。このことが、16号線付近の地形に大きな影響を与えています。関東の地下で何が起こっているかを書いた本、鹿島さん曰く「まさに下部構造だね」。

一方、モダンジャズの質問を受けた鹿島さん。伝説のジャズメンのコンサートは全部見ていると、ちょっと「ドーダ」します。鹿島さんが名前をあげたのは、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマン、スタン・ゲッツ、セロニアス・モンク、リー・モーガン。特にジョン・コルトレーンは1966年に来日した翌年に亡くなったので、彼のライブを見たのは、物書きでは高橋源一郎と鹿島さんだけとか。

お二人の蘊蓄に耳を傾けた1時間半。土地勘のある人はもとより、関東地方以外の人にも興味深かったのではないでしょうか。

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※今まで生配信は無料だったALL REVIEWS友の会のYouTubeですが、来年2021年からは有料となる予定です。

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【記事を書いた人:くるくる】






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