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友の会会員が選ぶ「別れと出会いの季節に贈りたい本」DAY.4

しげる選:P.L.トラヴァース『公園のメアリー・ポピンズ』

公園でなくした思い出がいくつあるだろうか。先日、子供時代について書く機会があり*、そんなことを考えた。

誰がいて何をするのか、そこに行くまではわからない。見知らぬ隣人に混ざることもあれば、各々の縄張りを厳粛に守ることもある。私にとって公園はそのような場所だった。行くたびに出会いが、帰るたびに別れが生まれた。
特別な出来事はほとんど起きなかった。しかし毎日のように通い、遊んでいた。だから特別な場所ではある。特別な場所で過ごす時間は特別なものだろう。となると、そこで起きるすべては特別な出来事であるはずだ。

「ああ、なにも忘れやしないわ、メアリー・ポピンズ、なんにもよ!」

しかし私達は忘れてしまう。

そんなありふれた特別な時間を思い出させてくれるのが、P.L.トラヴァース『公園のメアリー・ポピンズ』(岩波書店、1975年)だ。


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映画化されたことでも有名な児童文学「メアリー・ポピンズ」シリーズの4作目で、6つの短篇が収められている。タイトルのとおり、主な舞台はロンドン市内にある桜町通りの公園である。

ここに収められている物語達はこれまでの3作の間に起きた出来事だという、トラヴァースの巻頭言がある。過去に属していること。それが本書を特別な存在にしていると私は思う。忘却という伏流がここには存在する。

 「この人、どこか見覚えがあるわ!」ジェインが叫んで、にっこりしている狩人を、じっとみつめました。

シリーズの例に漏れず、メアリー・ポピンズはいつだってすべてお見通しで、子供達の日々に魔法をかける。いや、子供達の日々に潜む魔法を彼女が引き出すと言ったほうが正確かもしれない。

誰もがメアリー・ポピンズを愛し、子供達は日々の魔法に踊る。時には大人もその魔法を思い出す。

 「ブル、ブルルン、ブルン!」市長さんが、夢からでもさめたように、身ぶるいしました。
 「さらば!」と、つぶやいて、手をふりました。「もっとも、だれにーーあるいは、なににーーいっとるのか、ほんとは、よくわからんのだが。たいへん、すてきなパーティーにでていたような気がするが。なにもかも、ひどく、たのしかった! だが、みんな、どこへいってしまったんだ?」

大人は魔法を思い出してもすぐに忘れてしまう。

 「助けてよ!」と、マイケルは、声にださずに叫びました。「たしかに、夢じゃなかったんだよね?」

しかし子供ですら忘れてしまうのだ。どうして私達が覚えていられるだろう?

 「みんな、ぼくらのこと、忘れてしまってるんです、バート。」と、フロリモンドが、悲しそうにいいました。

忘れてしまった黄金色の時間が、蒸留酒のような出会いと別れの記憶が、私達にはあるはずだ。たまにはそれらを思い出してみるのもいいだろう。目を閉じるだけでは足りないならば、本書を開くといい。

ただ、思いだしさえすればよいのです、そしたら、またそこに行けます。

優れた児童文学は忘却についてよく語るのかもしれない。私たちは子供時代を忘れてしまうし、遠いものほど美しいのだから。

 「ヘン!」メアリー・ポピンズは、見くだしたように鼻をならして、いいました。「わたしが、昔のお話をしてあげてるのに、みんな、ぐっすり、ねこんでいるんですね!」


*『コドモクロニクル Ⅰ』(惑星と口笛ブックス)という素敵なアンソロジーに参加させていただきました。

【この記事を書いた人】しげる

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