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【特別対談】牧眞司×豊崎由美(+驚きのゲスト) マコーマックの『雲』(東京創元社)を語る

2020年最初の月刊ALL REVIEWSフィクション部門イベントは1月30日、ゲストに牧眞司さんを迎えて、マコーマックの『』(東京創元社)について熱く語りました。ホストはいつもの豊崎由美さん。
お二人の絶妙な対談で始まりましたが、最後の30分は、驚きのゲストの登場で会場は大盛り上がり。
友の会会員特権で無料観覧した筆者(hiro)のイベント前後の個人の感想と、当日の様子のご報告です。

1.『雲』を読んで予習した

課題本、『雲』には、「本」に関する話題が満載されている。著者はかなりの本好きと見た。それはわれわれ本好きの興味を引きつける。

たとえば、プロローグの『黒曜石雲』という題名の古本。主人公が出張先のメキシコの町ラベルダで、突然の雨を避けようと飛び込んだ古本屋で偶然に見つける。この本の中にメグ・ミラーなる人物が登場するが、このメグ・ミラーは主人公が知っている名前だった。若いころの主人公が、忘れられない人から手渡される『アップランドの話』という古本の著者なのだ。『黒曜石雲』という本の調査経過報告と主人公の生き様が物語の両側面として語られる。

図書館の話題も出てくる。事故で亡くなった父親がたくさん本を借りだした故郷トールゲートの図書館。そして初恋の人と出会ったグラスゴーの大学の図書館。

図書室もいくつか出てくる。二度目の航海中に本を借りだした船員用図書室。ここの書棚で全然読まれていない本たちの題名は著者マコーマックの実際の本のパロディーだ。カナダのポンプ会社の社長の自宅の豪華な図書室。お金持ちの図書室はたいてい、晩餐後男たちがタバコと酒をやるときに使われるが、ここもそうだ。立派な古典の全集類があるがほとんど読まれていない。

主人公はかなりの俗人で、本を漫然と読むのは好きだが、マニアではない。しかし、後に彼の息子がミニチュア本の超マニアとなり、その趣味が嵩じて古い高価なミニチュア本も置く骨董店を始める。

物語の中でこれらのガジェットはかなり重要な役割を果たす。マコーマックのガジェット好きは、対談のなかでも話題となる。

2.対談当日の顛末

著者と作品の紹介からはじまった
著者マコーマックと『雲』の主人公の経歴(スコットランドからカナダへ移住する。)は似ている。1989年のマコーマックの初邦訳作品『パラダイス・モーテル』発行は「事件」だった。ワクワクハラハラからはじまり、最後は疑問のなかに筋がとぐろを巻く…ウロボロス的作品だった。作風は、京極夏彦やナボコフやカルヴィーノにも似ている。『パラダイス・モーテル』の翻訳後、処女短編集『隠し部屋を査察して』が訳された。書かれた順序とは逆。訳者は増田まもるさん。マコーマックの書きぶりは良い意味で「雑」。けなしているわけではない。と豊崎さん。

細かいところを気にしてない。彼は「悪夢」を書こうとしているが、悪夢は「雑」なものだ。ビザールなイメージが繰り返して出てくる。2011年に『ミステリウム』を書いたが、動機なき世界を描いていて、素晴らしい。パソコンでミステリーを書く現在の作家は、このいい意味の「雑」さに徹しきれない。伏線の回収にひた走る。「謎」は謎として残すのが良い。と牧さん。
現実とはそんなものですからね。と豊崎さん。
レムの因果律。哲学的メタミステリーとは対照的。と牧さん。
直感的なんですね。と豊崎さん。

小説のめざすところは「印象」。このほうがプロットなどより読者に長く残る。と牧さん。 人生においてもそうなのだとか。

『雲』について語る
メキシコの古本屋で見つけた『黒曜石雲』という題名の本が話しのきっかけ。ダンケアンという地名が出てくる。主人公の故郷に近く、ミリアムとの強烈な思いでのある町。この本を調べるよう頼んだ学芸員からの一連の手紙と、主人公の来し方が交互に記述される。スコットランドから船でアフリカへそして南米の採鉱会社へ、ついにはカナダのポンプ会社の社長にみこまれてその娘アリシアの婿になる。多くの話題が盛り込まれたコンデンスト・ノベルです、と豊崎さん。
ここで牧さんのピンマイクが落ちた。閑話休題。

いわゆる「シャープ」な小説と違い、「豊かな」小説である『雲』、こんな小説は好きだ。と牧さん。
不可思議が不可思議を呼ぶので、(プロットの)辻褄はあわない。と豊崎さん。
「鏡像」のイメージが骨組みになっている。雲(の中の風景)はダンケアンの鏡像であり、ハリー(主人公)の運命の鏡像でもある。と牧さん。
マコーマックの好きな「ガジェット」がふんだんに詰め込まれている。小説がブンダーカンマー(驚異の部屋)になっている。しかも個々のエピソードが面白い。と豊崎さん。
ボルヘス的でもある。凡庸なハリーが凡庸だからこそ、特異な人々やモノをひきよせる。たとえばデュポン医師は良い人のふりをして近づいてくるが、あとの方では悪い人間になっている。善悪の彼岸にいる人々がたくさん出てくる。と牧さん。
『パラダイス・モーテル』もそうです。と豊崎さん。
「真偽」のモチーフや「婚外子」のモチーフも多用される。と牧さん。


柴田元幸さん突然登場その後の対談(鼎談)

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ここで柴田元幸さんが会場にいらっしゃった。別の場所で『雲』の読書会に立ち会ってからこちらに来ていただいたらしい…

『雲』は「書きっぱなし」の作品であり、あばたもえくぼなのか、そこが好きである。好きなエピソードは繰り返すのがマコーマック流。(例はキャリックで起きた事件の挿話)と柴田さん。

三つのテーマ、真偽、婚外子、鏡像を取り上げていますねと牧さん。
そうです、と柴田さんが大きくうなずく。

主人公の主体性の無さが、他を引きつける。主人公も脇役も褒められない、まともな人が出てこない。マコーマックの翻訳が途切れたので、『雲』翻訳に立候補した。おととし半年くらいかけて翻訳した。細部の矛盾の処理に苦労した。同時並行でポール・オースターの『サンセット・パーク』も訳した。これは来月発売される。マコーマックとポール・オースターはちがう。ただし、両者ともスッキリした文章で、グロテスクをあっさりと描いている。距離感をもっているからだ。マコーマックのはこれみよがしなホラーではない。読者受けを計算しないためか。カナダの出版社が自由に書かせているためかもしれない。と柴田さん。

マコーマックはめずらしい「野生」の作家ですね。と牧さん。凡人ハリーを甘やかすのがミリアムとデュポン医師。ミリアムとは悲しくも美しい思い出がある。ミリアムとアリシアは鏡像。と豊崎さん。

トールゲートの両親との生活の話はほのぼのとしている。ディアドリーとの関係は、ミリアムとの関係の鏡像。途中から薬物で世界が変わる。炭鉱の中のガス体験も同じ。と柴田さん。

以下は、会場内外の質問への柴田さんからの回答。
謎を謎として書くマコーマック。ポール・オースターは謎は解けないとはっきり書く。ここが二人の違い。
中断していても翻訳作業には5分で入り込める一方、エッセイは短い時間では書けない。と柴田さん

3.対談後の感想

刺激的な対談の翌日、マコーマックの『隠し部屋を査察して (海外文学セレクション)』(東京創元社)を借りてきた。

さっそく、著者による序文を読む。「紙にかかれたことばの力」を、一瞬しか照明のつかない牢獄での読書と、戦時中の手紙を繰り返し読む人々という二つの例をあげて示している。スコットランドとカナダの風土のそれぞれの良さについても語る。
解説は、柴田元幸さんだ。マコーマックの作品の持つ独特な「ゆがみ」やグロテスクさを述べ、それなのにどこか温かい書きぶりを理解できるのは実は日本人ではないのかと書いておられる。これから本編を楽しみに読むつもりだ。

なお、『パラダイス・モーテル』は予約済み。


こうなると、『ミステリウム』(国書刊行会)も借りたくなるが、ALL REVIEWS経由のカーリルで調べると、近所の図書館にはない。東京都の図書館に範囲を広げてみるとかなり蔵書がある。私だと世田谷区か町田市の図書館になんとか潜り込んで借り出すしかない。それにしてもALL REVIEWSとカーリルの組み合わせは読書の世界を広げてくれる。広がったあとは、気に入ったもの(全部かも(泣))を購入ということになる。

【記事を書いた人】hiro 
https://twitter.com/hfukuchi

https://allreviews.jp/tomonokai

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