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リモートというマヤカシ

制作はどこでもできる?

僕が運営するQriousと弓削島制作舎は、いずれもフリーランスのギルド組織という運営形態をとっている。みんなでオフィスに集まって仕事をすることはないし、メンバー同士が顔を合わせることもない。

最近にわかに騒がれ始めた「リモート」「在宅」「テレワーク」という働き方だが、5年前のギルド設立当初から、このスタンスは変わっていないし、これからも変わることはない。

ギルドをそれなりに続けていると、リモートやテレワークについての相談や質問を受ける事も多く、セミナーやLTなどのイベントでも割と人気があるテーマらしく、ちょいちょい登壇のお呼びが掛かる。

基本的に主催者は、リモートという働き方が少子化や女性の社会進出、再雇用などの問題を一気に解決してくれる「魔法の杖」の如き扱いで、如何に有意義なものでベターな選択か夢を語って欲しいという姿勢でオファーする。しかしひねくれた僕に依頼した以上そうはいかない。主催者の思惑にのっかってたまるか!僕を呼んだことを後悔させてやる意気込みで返すよう心掛けている。

みんなはこう言う。

制作や開発の仕事はどこでもできる

半分アタリで半分ハズレ。

確かに手元に作業環境が用意出来れば、作業自体は可能だから半分はアタリ。だが作業環境が整ったからといって、ホントに仕事になるだろうか?

会社という組織や仕組み、一ヶ所に通わせる制度が消えて亡くならないのはなぜか?                              恐らくそれなりに合理性があるし、効率を考えるとその方がいいから、この制度が亡くならないし、リモートという働き方が増えないのだろう。

ではなぜリモートという働き方がなぜ広まらず、上手く行かないのか?  原因は残り半分のハズレの方にあることは言うまでもない。

リモートが広がらない理由

上手く行かない原因、つまりハズレを明かす前に、みんなが考えるリモートのメリットを考えてみよう。

働く側のメリットは、やはり無駄な時間拘束が少ない点だろう。例えば通勤時の往復に掛かる時間、雰囲気で上がれないお付き合い時間や何待ちかわからない淀んだ時間、上司が誰かを叩くための会議の時間...        無駄な時間を積算したらTDLやUSJで結構遊べることだろう。

企業側のメリットは、交通費の削減、フルタイムで拘束できない優秀人材の確保といったところだろうか。もっとも本腰入れてヤル気になれば、結果的には企業にも大きな有益をもたらすメリットもあるが、初期投資や環境整備がそれなりに掛かる。これについては、まとめで後述しよう。

さて、みんなが抱いているリモートへの憧れやメリットは、ウラを返すとそのままデメリットにもなる。それこそが残り半分のハズレの部分で簡単にいかない部分なのだ。

ハズレ部分をデメリットという観点から見てみよう。

働く側のメリットとしてあげた「時間」だが、これは雇用する側にも、同僚や場合によっては取引先にもメリットであり、働く側にとってデメリットになり得る。

どうゆう事か...

時間的拘束があることで、その範囲内で業務を行おうとする。ところがその拘束を解いたらどうなるだろうか?いつ連絡しようが、いつ指示を出そうが出す側の勝手だとしたら。

実際にあったホラーを紹介しよう。

妊娠後期の女性がリモートを申し出て受理された。会社自体、前例がなく、試験的な意味合いもあって社会動向を鑑み、すぐに提案を受け入れるのだが、直属の上司は最後まで反対していた。

そんな中、リモートを開始して1週間。その上司から毎日のように電話が掛かって来る。ある時はAM3時に急ぎだと言って電話が掛かり、またある時は受診中に携帯の電源を切っていたら自宅まで押しかけてきたという。

これを聞いて、みなさんはどう感じるだろうか?勿論、稀なケースで逢って欲しいが、時間を問わずに連絡してくるケースは割と多い。

またホラーではないが、よく耳にするケースとして、こんなのもある。

会議や打ち合わせなど、なんやかんやで呼び出され、リモートとは名ばかりで週3回は会社に呼び出されて行っている。

完全移行の前段階として、こういう期間を設けてもイイとは思うが、これをリモートと呼ぶにはちょっとお粗末すぎる。

見えないことへの苛立ち

なぜこんなことが起きるのか?

一言で片付けてしまえばコミュニケーション不足

直接、対面して話すという行為は想像以上にいろんな情報を与えてくれる。単に「話す」という行為だけでなく、表情やジェスチャーなどの態度、醸し出す空気や雰囲気などで相手の感情が伝わってくる。          日常的に逢ったり、会社に通っていればそういう状態が視覚的にも感覚的にもわかる。

しかしリモートでは顔を突き合わせず、メールやチャット中心のコミュニケーションになると、それらが感じられず、字面だけで判断しなければならない。それらを表現するのにすべてを文字に起こすのは不可能だし、絵文字や顔文字を使うのもビジネスのルールに反する。話す方が早いこともあるので電話や音声チャットに切り替えても、やはり対面での打ち合わせに慣れていると煩わしい。急ぎなのに連絡がつかないとなると、逢いに行った方が早いかって発想になるのも判らなくもない…いや、わからない。

つまり相手が見えないことが想像以上にストレスで、成果も見えにくいといった会社の管理上の問題もあり、行き過ぎたストーカー行為寸前の状況を産んでしまうわけだ。

先日、ある企業のリモート社員を監視するシステムが話題となった。上司の目の届く範囲に部下が居ないと適正な評価ができないので、リモートでも同様に通信回線とカメラを通じて監視するというのだ。

なんだこれ?そもそも何で監視する必要があるのか?例えばPCの前に定時まで座り続ければ仕事したということになるのか?定時過ぎても座り続けてたらそれは残業扱いになるのか?などなど、いろいろと疑問が湧くシステム。

どうやら多くの企業の社員に対する評価基準とは『時間』で判断されるものらしい。なるほど、残業した人が偉いという風潮は根強いわけだ。つまり、仕事の質で評価されるわけじゃないのだから、少なくとも時間内は『監視』しとけばいいという発想になるわけだ。実に理に適ったシステムではないか。

リモート制度を進めるには

企業がリモート制度をスタートさせるにあたって、このストーキングシステムを導入するかはわからないが、他にもリモート社員の自宅での作業環境、例えばソフトウエアやハードウエア、通信環境、通信費用や電気代など、交通費に変るコストをどのように見積り、どのように支払っていくか、手当なのか報酬なのか...といったルール作りや事務的処理、企業がクライアントから預かった個人情報や機密情報をリモート社員に通信を介してデータ共有する際のセキュリティー面やコンプライアンスに照らして正当かどうかなどなど、企業側もそれなりのコストを掛けて、腰を据えて対応していかなければならないので決して低いハードルではない様に思われる。

それでも先に話した企業側のメリット、優秀人材の確保は時代の流れとともに多様化する働き方やライフスタイル、女性が働きやすい環境づくりには有効だと考える。

ただ、流行りもののだから、政府の政策の一つだからと考えなしに飛びつくと多くの失敗例の一つになるだろう。成功してる企業の共通点はリモートという制度だけを取り上げて実践してるわけではない。

リモート制度を導入する前に、男性社員が育児参加できる勤務形態を導入したり、社員のお子さんを預けられる託児室やキッズスペースを確保したり、手当や制度を抜本的に見直し手厚くしたりなどなど、目先の事に捕らわれず、大局を見て本質的に何が必要なのかを考えて対策している。場当たり的な対応では上手くいくはずがないのだ。

リモートでの働き方は良い面も悪い面もある。それは通常の勤務形態でも同じことが言える。働く側の意識、リモートが向く人向かない人、リモートが向く業種向かない業種がある。ここで大事なのは、働き方をライフスタイルによって選択できる環境を双方で創る事ができるかできないかだ。

企業が制度を用意しても、それを活用する人が居なければ意味がない。活用したい人が居ても、それをよく思わない他の社員が居たらその制度を使えない。使えない制度を用意しても優秀な人材の流出は止められない。

制作や開発の仕事はどこでもできる

誰もがこういう働き方を選択できる、マヤカシなんかじゃない、って反論できる世の中になって欲しいとただただ願うばかりだ。

コミュニケーションにおける最大の問題は意思が伝わったと錯覚することだ
ジョージ・バーナード・ショー(アイルランドの劇作家)

『リモートというマヤカシ』ってお話でした。

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