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【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(92)

「さ。行こうか」
 宿の入り口で待っているとクルトがやってくる。何か、古文書を持ってるみたい。
「なぁに? それ」
「それも着いてのお楽しみ」
「もう。ぜーんぶ隠しちゃうんだから」
「今日はエミーリエの声が聞こえないよ?」
 拗ねる私にクルトが不思議そうにする。
「だって。思ってること全部口に出してるもの」
 それが? とみるとクルトは納得した表情をする。
「それはそれでうれしいね。隠し事がないんだから。じゃぁ、行こう」
 クルトが手を取る。私も黙ってその隣で歩き出す。歩調はどちらに合わせるも何もなく、いつものキアラの散歩のような歩調で歩いていた。
「町の方にはいかないの?」
 カロリーネお姉様たちの行った方向とは逆の道をクルトは歩き始める。
「そう。街にはなくて村にあるんだ」
「村に……」
 そう言って私は村の方に視線をやる。村の広場を通り過ぎて人がいかないような境界のあたりにまで行く。すると石柱が建っていた。
「君のおじい様の戦勝碑だよ。書かれている文字を解読するにはこの本がいいと母上が言っていた。エミーリエに見せてあげなさいと言われてたんだ」
「お母様が……。おじい様が生きていたのは本当なのね。異次元だけでなく。私は生まれた時にはすでに西にいたから、おじい様とあったのはあの薔薇園で行った一回だけなの。ここにもおじい様の記憶があるのね」
 そっと手で触れる。石碑はもう風化していつか折れてしまうかもしれなかった。それだけ昔に私は生まれたのね。しみじみとみているとふいにヴィルヘルムの声が入ってきた。
「そんなもの見る必要ないよ。僕はただの血で汚れただけの獣なんだ」
「ヴィー!」
 私が頬を叩く前に乾いた音がした。クルトがヴィーの頬を叩いていた。
「兄はいつでも手を差し伸べている。その手を取らないのはヴィルヘルム。お前自身だ。姉上も一緒だ。意気地のない奴は婚約者の膝で泣いてるんだな」
「クルト! それは言いすぎよ」
「いい。さぁ。他にも遺跡はあるんだ。見に行こう」
「ヴィー」
 後ろを振り返るとすでにヴィルヘルムはいなかった。
「フリーデのもとに戻ったんだ。恋人にでも慰めてもらっていればいい。いずれ、わかるだろう。あの子が生まれ変わってきた意味を」
 何か、クルトから強い意志のようなものを感じた。クルトも考えているのだろう。過酷な運命を背負った弟のことを。
「エミーリエはいつものようにヴィルヘルムに接してあげて。君の愛情が凍った心を溶かすから……。うらやましいよ。君に気にかけてもらうなんて」
「あら。私はいつもあなたのことを気にかけているわよ。それこそ。私の手はあなたに差し出されているわ」
 そう言って空いている手を差し出す。クルトはその手を取ると手の甲に恭しく唇をつけた。
「賢い奥さんも大好きだよ」
「もう一声」
「えー」
「クルトばかりずるいわ」
 私は珍しくクルトのように駄々をこねてみたのだった。あの寂しそうなヴィルヘルムの目の光が気になっていたのだった。


あとがき
93を更新して92を飛ばしてました。改めて掲載し直します。すみません。あと、コメも意味のわからない一言やめてください。返事しようがありません。ついでに93も次に更新しておきます。ここに入ってた前のコメは消します。改めてお入れください。

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