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 ほのかに月明かりが照らす教会堂の中で、大野麻美は結婚の誓いを言葉を口にしようとしていた。そこで、はた、と止まる。

 目の前にいる男の人、誰なの?

 月明かりを背に受けて顔がよくわからない。牧師は「小田切祐馬」と言う。

 誰? その人!

 そこで、ぱちり、と麻美の目が開いた。

「なんだ。夢、か……。結婚なんて今更」
 かつての恋人に振られた痛手から立ち直れず、恋を封印してきた。あちらはもう家庭を持っている。振った方は覚えていないだろうが、振られた方は覚えているものだ。
『俺なしでも生きていけそうだし』
 そう言って別れ、ご丁寧にも結婚式の案内状まで送ってきた。その場で破り捨ててやった。以来、結婚などみじんも考えていなかったのに。
「おだぎりゆうま」
 音はわかっても字はわからない。そんな名前の人間は周りにいない。頭は動きつつ、出勤の支度をする。すでにいつものルーティンに入っている。男が嫌いなわけではない。だが、あのややこしい恋愛過程をたどると思うと気が重くなるのだ。挙げ句の果てには捨てられる。社会の一員として生き抜くには勝ち気でないとやっていけない。まだまだ女性の働く環境は整っていない。そう思いながら、玄関をでる。そして通勤電車に揺られ、もみくちゃにされて、駅のトイレで身なりを整えると会社に出勤だ。会社のビルにはいくつもの企業が入っている。その一つが麻美の所属する職場だ。エスカレーターに乗って半二階へ上がろうとしたとき後ろで「おだぎり」という言葉がとびこんできた。

 おだぎりぃー?

 ばっと振り向くとバランスを崩す。

 落ちる!

 そう思った瞬間誰かに抱き留められていた。
「すみません!」
 慌てて体勢を整えようとしてそのままエスカレーターの終わりに立った。
「大丈夫ですか?」
 男性の会社員賞を見て麻美は二度見した。
『小田切祐馬』
「ちょっと! あんたなの?! おだりぎゆうまは!!」
「そうですけれど、何か?」
「とぼけるんじゃないわよ。人の安眠妨害して!」
 これは八つ当たりだ。あまりにも恥ずかしく、また恋の予感がしてわざと自分に反抗してるのだ。
「安眠……。ああ、麻美さんですか」
「あの夢、見たの?」
「毎夜。これも何かの縁。奥さんになってくれませんか?」
 エスカレーターのヒーローから朴念仁の婚約者になった男に麻美がにらみつける。
「あいにく、まだひと晩なのよ。あなたの事がもっとわかればね。じゃ。さっきはありがとう」
 言った先から転ぶ。ストッキングに伝線が走る。麻美はお下品にも舌打ちする。
「あのぅ」
「なによ?!」
「顔色悪いですよ。病院へ行きましょう」
 小田切祐馬という男は麻美をどんどん会社から離していく。病院で見てもらうと、過労死寸前の過労だった。
「しばらく、仕事をお休みした方が……」
「わかってるけれど、プロジェクトがあるのよ!」
 強引に点滴の針を抜こうとした麻美の手を力強く押さえる。
「僕と結婚しましょう。子供は麻美さんが元気になってからで良いですから。三食昼寝つきの職業に再就職してください」
「け、結婚? 今日会ったばかりで?」
「ゼロ日婚ですよ。流行ってるじゃないですか」
 子猫の瞳で見つめてくる。なんだか照れくさくなって顔を背ける。
「よ……」
「どこで言ってるの!」
 間違いなく夜の生活と言おうとしていた。

 病院で言う言葉か?!

 麻美はあまりの恥ずかしさで死ぬかと思った。

 過労死より質が悪いわ。このまま野放図にしていたらあることないこと言い出すに違いない。

「わかったわ。でもあの、夢の通りの教会堂でなきゃ式は挙げないわよ」
「そこは卒なく。僕、ブライダルコンサルタントなんです」
 にっこり祐馬は笑って私は白旗を揚げたのだった。

 月明かりの元で誓う愛の言葉。本当になればいいのに。麻美は月の女神にそっと祈っていた。

 月の女神は誰に微笑むか。それは月の女神だけが知っている。


あとがき

無事、「影の騎士真珠の姫」が30話に整いました。野球はあっという間に負けてしまい、あっけにとられました。昨夜五時間も試合して移動したら疲れるよね、と思って、負けたことは仕方ないと思ってます。

で、スマホのアプリのChatGPTさんにキーワード出してもらいました。ほぼ一字の漢字。で月とか夜とか愛があったので勝手に月明かりの元で誓い合う結婚式を作り出してしまいました。書いてる内に過労死寸前の妻とのほほん夫ができあがってしまったのでした。専業主婦が三食昼寝付きと言われたのは過去の事ですが、過労死寸前まで行って仕事するよりはしばらく養生してもらおうと思って契約結婚に。そして夫の仕事はウエディングコンサルタントという職業に。あっという間にあの教会をみつけますね。この後を書いてみたいですが、いまいちなのでここでストップ。夜のお話が多い最近です。書いているのが夜なので昼間のデートとか思い浮かばないんです。明日は、何を載せようかな。残りが難しいんです。「氷晶の森の舞姫と灼熱の大地の王子」は第一部まで決まってますが、書いてる内にそれていくのが見え見え。どうなりますやら。漢検勉強、追い込みしな。


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