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【過去作:連作小説】星降る国物語番外編 後編 星の約束

前話

 ヤースミンの丘にネフェルは来ていた。
母と乳母とホルスとよく来ていた秘密の花園。泣いていた。自分の兄が他の誰かにとられると知っていたがこんなにつらいとは思わなかった。
おまけにホルスとのことも否定された。すべてを失ったような気がしてネフェルは心がからっぽだった。
「ネフェル!」
「ネフェル様!」
ホルスが探し当てたのだろう。アンテとともに馬に乗ってやってきた。
会いたくなかった。涙でぐしょぐしょの顔を見られたくなかった。
急ぎユリアスの馬にのり立ち去ろうとした。だが、いつもの主人でないものを乗せた馬は嘶き、馬首を高くそらせた。バランスを崩したネフェルは馬から落ちた。
兄とホルスの声が遠くで聞こえる。
助けて!
言葉は声にならず、意識の底にネフェルは落ちて行った。
 
気づくとそこは自室だった。心配そうな顔がずらりと並んでいた。男子禁制というのにアンテもホルスもユリアスも会いたくないミズキやシュリンまでいた。視線をさまよわせてホルスを見るとネフェルは微笑んだ。
「ネフェル様。痛いところはございませんか? 外傷はないのですが」
視線の合ったホルスが尋ねる。
「大丈夫。兄様はいたくお怒りのようね」
ため息とともにいうとアンテが口を開いた。
「まったくだ。他人の馬を奪って逃走しあげくのはてには落馬して意識を失ったからな。腕の一本や二本折って反省すればよいものの」
「アンテ。そこまでひどいことは言わないほうがいいわ。大好きなお兄さんとられたら誰だって最初は受け入れられないわよ」
ミズキが指摘し優しく微笑みかける顔を初めてまじまじと見つめた。黒い瞳と黒髪の似合う正妃。自分の気持ちを知っていた。意地悪を何度言おうと許してくれたミズキ。嫌いにならないの?
目は口ほどに物を言うというやつだろうか。
目と目でミズキと話せた。
ごめんなさい、小さな声で謝る。瞳から涙がこぼれる。その涙をアンテは指ですくってやる。
「大事ないからもういい。ミズキともうまくいくようだからな。仲良くしてくれないと執務に戻れない」
「別にそれでもいいわ。ミズキの・・・いえ、正妃様のそばにいる兄様はとても人間らしいから」
「ミズキと呼んでいいのよ。シュリンもそうだし。妹ができて私もうれしいのよ。あなたと会うまで妹がいるということすらアンテは教えてくれなかったんだから」
すねたように言うミズキがネフェルには愛らしく思えた。自分はどこまでひん曲がった感情でミズキを見ていたのかと後悔の念に襲われた。
「義姉様」
姉様と呼んでみる。なにとミズキが柔らかな表情で見る。
「ごめんなさい。兄様を変えてくれたのに。なにもちゃんといえなくて」
どう謝ればいいのかもわからないでいるとミズキはにっこりと笑った。
「いいのよ。私だってアンテが誰かにとられたらそう思うから」
「しばらくこの国で療養すればいい。ホルスが入れるように指示しておいたから」
ホルスと二人きりになる。改めて考えると照れてくる。真っ赤な顔をしているネフェルとホルスにアンテが付け足す。
「まだ子供だからな。ミズキやシュリンのお目付けもつけておく。また戻るまでによく話すといい」
「もう。子供じゃないもの。十六よ。それにまだ行かないとダメ?」
「誰かのために素敵な女性になることはいいことよ。離れ離れはつらいけどアンテも次は一か月で手紙が届く範囲と言ってるし」
ミズキがうまくとりなす。
「しばらくは皆でお見舞いに来るわ。今日はもうゆっくりしていて」
「そうだな。疲れているだろう。ホルスを今日は連れ帰るぞ」
「もう。兄様の意地悪」
人間らしく笑っているアンテを見るとミズキが本当に変えてくれたのだと思う。身分ばかり見ている女性ではなかったのだ。思いあっているのが見ていてわかった。
自分は何も見えていなかったのだ。反省の気持ちでアンテとミズキを見る。
「ありがとう。兄様、義姉様」
「いつでもなんでもいうといい。当分は甘やかしてやる」
そう言って皆ネフェルの部屋から出て行った。広い部屋ががらんとして妙なさみしさを覚える。でも今わかった。ホルスのことが本当に好きと。だから思い出の丘に行ったのだ。ちゃんとホルスは来てくれた。それでいい。しばらくしたらまた行儀見習いでもなんでも行こう。素敵な女性になるために。ホルスに似合うように。確かに身分なんて関係ないのだ。
その夜ホルスのことを思っていたからか夢を見た。幼き日の約束を。
ヤースミンの丘で花を摘みながらネフェルはホルスに言っていた。大きくなったら星を降らせて式を挙げるのよ。それまでほかの女の子を好きになったらだめよと抱きつくと言い聞かせていた。ホルスはにこにこと笑って承知してくれた。そしてそっと手をとると貴族のするような口づけを手の甲にしていた。
約束のあかしと言って。
すべてが終わって戻ってこられたらホルスと式を挙げよう。幼き日の約束をまもって。アンテとミズキのようになりたかった。あの星降りはうそじゃない。きっとホルスも納得してくれるだろう。
それから一か月ほどは乙女の宮は賑やかになった。あれやこれやと贈り物が置かれ、女性同士の花を咲かせたり、ホルスと二人で幼き日の思い出を話した。アンテとユリアスはあまり来られなかったが、来たときは皆で食べきれないほどのお菓子をもってやってきた。ある日控えの間にミズキとシュリンがいるおり、ホルスはネフェルをヤースミンの丘に誘った。徒歩で行くのでミズキたちも気を利かせて二人きりにしてくれた。
ヤースミンの花が咲き誇っている。いい季節に帰ってこられた。ホルスは器用に華冠を作るとネフェルの頭に飾った。どんなティアラよりもうれしかった。
そしてホルスはしばらくもじもじしていたが意を決すると小さな箱を取り出した。
一瞬、星の石かと思ったが大きさが若干違う。
ホルスはそっと箱を開けると石を見せた。本物ではないがこぶりの小さな星が輝いているような石がそこにはあった。
「本物じゃないけど僕たちの星の石です。これを持っていてください。帰られた日、式が挙げられるようつりあう身分の男になって見せます。僕と式をあげてくれますか?」
ネフェルの瞳からぽろぽろ涙がこぼれた。
「そんなにお嫌ですか?」
ホルスがびっくりしながら布で涙をふく。
「ううん。うれしいの。一度も好きといわなかったのにこんなに素敵な贈り物をしてくれるなんて」
「言いましたよ」
え、とホルスの言葉に驚くネフェル。
「幼き日あなたが私を好きといいました。私もあなたが好きです。その言葉ではいけませんか?」
「ううん。ありがとう。ホルス」
がばっとネフェルがホルスに抱き着く。
ホルスはおずおずと背中に手を置く。
「いつかお互い大人になったらこの丘で再会しましょう」
「うん。うん」
隠れてみていたアンテは複雑な気持ちでみていた。これがネフェルの気持ちかと思うと納得するものもあった。ずいぶん無理させてしまった。すまないと心の中で謝る。そしてアンテは二人を置いて星の宮に戻った。愛するミズキのいるところへ。
そして嵐の姫君はまた異国へと戻って行った。
 
三年後。
 
ネフェルはヤースミンの丘に立っていた。
足音が近づいてくる。振り向かずともわかる。ホルスだ。
「ネフェル様。約束を守りに来ました。馬番からやっと執務官になることができました。アンテ様より式を挙げる許可をいただきました。妻になっていただけますか?」
背中を向けたままネフェルはホルスの言葉を聞いていた。
ゆっくり振り向く。
「もちろんよ。そのために幾千の夜も越えてきたんだもの。ホルスもその丁寧語いい加減やめてちょうだい」
「そうですね・・・じゃない。そうだね・・・かな? やっぱり駄目です。当分丁寧語でいさせてください」
「しかたないわね。ちゃんと約束の石をもっているわ。式をこれであげましょう」
「はい」
そして二人は初恋の口づけを交わした。
式当日。星の石を持ってきたアンテはネフェルとホルスの石でいいのか聞いていた。
「それでいいんです」
「私たちの星の石なの」
式が始まる。二人の手が石に重なると星降りが始まった。
まばゆい星が次々と降ってくる。本当に二人の上にだけに。
「しかし。ここ数年で星降りが多発するようになったな」
本当に二人だけの星降りだったと思いながらアンテは言う。
「みんな幸せでいいんじゃない?」
ミズキが言ってアンテも納得の微笑みを向けた。


あとがき
次は本編です。ミズキと知り合いの姫が(身分を隠していた)やってきます。さて、堅物の星読み様の恋はどうなるでしょうか。星読み様にも秘密とひっかけネタが。これが分かった人は通。古代エジプトマニアですね?
アンテがすでに省略して古代エジプトの一神教の名前なんです。ネフェルも省略してあの方のお名前拝借。アマルナ美術は美しい。なんてマニアなあとがきアンド短いあとがきでした。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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