見出し画像

【愛着障害カウンセリング】治療がはじまると辛くなる理由

カウンセリングの初回か2回目だったと思います。カウンセラーさんに「治療がはじまると、今より辛くなると思います」と言われました。

そのとおりでした。

わたしの場合、治療をはじめてから半年あたりくらいから、特に辛かったように思います。

なぜ、治療をはじめると辛くなるのでしょうか。

感情を麻痺させてきたから

「辛い自信」の回にも書いたように愛着障害を抱えざるを得ない環境で育つためには、「辛いこと」からこころを守る必要があります。
そのために、わたしたちは無意識に感情を抑え込みます。

これは「(その環境を)辛くない」ことにして、生き延びる作戦です。

生き延びることはできるのですが、この作戦をつづけると、感情が麻痺していきます。これが、あとあと大きな問題になってきます。

辛い気持ちを「そのとき」に感じないでこころにしまいこんでしまうと、感情というのは、そのままこころの中に留まってしまいます。

そして、ちゃんとその感情を感じきらないと、消えてくれません。
とても不思議です。

治療をはじめると、この感情が、氷解してきます。すると、感じないようにしてきたいろんな感情を、今になって感じないといけなくなります。

自分が思っているよりずっと自身が傷ついていることだったり、その痛みを後から味わっていくのは、一苦労です。

消化できれば、とても軽くなるのですけどね。

自分の過去を直視せざるを得ないから

そんな風に自分の感情と向き合っていると、少しずつ自分の過去と向き合うことになります。

わたしはこれが一番辛かったです。自分が過去にどんな境遇にいたのか、具体的に理解できてくると、それがいかに「健康的な環境ではなかったか」がわかるので、余計に辛くなりました。

大人になった今、自分がされた仕打ちがいかに冷酷なものだったのか、客観的に理解できます。

タイムマシンがあるならば、過去のその瞬間へ行って、まわりの大人から子どもだった自分を守りたいです。
抗うことも疑うことも知らない子どものこころを、大人の都合で傷つけ、抑圧していく。とても酷いことだと思います。

よく「自分は両親に愛されていたんだ」と大人になってしみじみ気がつく……なんていう映画のシーンがあると思います。

愛着障害はその逆です。

現実がよく見えてきて、過去のことが立体的に具体的に理解できてくると、「いかに、愛されていなかったか(大切にされなかったか)」に、しみじみと気がつきます。

その辛さ、悲しさを、今、味わうことになります。とても残酷です。
そして、愛されなかったことによって起きている今の症状と付き合い、自分で自分を満たしていく……挫けそうにもなります。

箱を開けるか、開けないか

こう書くと、カウンセリングに恐怖を感じることもあるかもしれません。
いわば、過去の痛みのつまったパンドラの箱を、開けるか、そのままにしておくか、みたいな状態です。

わたしの場合は、強制的に開いてしまったというのが実のところですが、今では開いてくれてよかったと思っています。

辛いときも多いです。治療なんてはじめなければよかったと思うことだってあります。
でもそれでも、本来の自分のこころを感じられること、
本来の自分に戻っていけるよろこびは、なにものにも替え難いです。

こころが、じゅわりと解けていき、ほんとうの気持ちに気がつく瞬間や、今あるしあわせを、しあわせだと感じられるようになっていくのは価値ある体験です。

麻痺させたままのこころで生きていくことを想像すると、少しゾッとするのです。

まとめ

過去を理解できてきて、自分の境遇を知り、麻痺させていた感情を知っていく。
これは文章にすればたったの一行ですが、実際の体験としては簡単なことではありません。

そんなこころの動きに慣れるまでの間も、わたしの場合、今の人付き合いにも影響があったりして、バランスを取ることが困難でした。事情を理解して、あたたかく見守ってくれた友人たちがいるのですが、ほんとうに感謝でいっぱいです。

過去を見つめることには辛さも伴いますが、心理療法にはそれをするだけの価値があるとわたしは思っています。
自分の人生、自分のほんとうのこころで生きていきたいですよね。

では、今回はここまで。今日もこころが晴れやかでありますように🌷


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?