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あの部屋の景色 #1(短編連載)

初めて連載形式での投稿となります。

※この物語はフィクションであり、実際の場所、人物、出来事などは現実とは一切関係ありません。

ぜひ創作物としてお楽しみください。


 寺田麻衣子が妹尾に会ったのは、まだこの病院に配属されてすぐの頃だった。
 医師になって初めて配属されて、右も左もわからない中で必死に仕事をこなした。知識として理解している事でも患者の姿を目の当たりにすると戸惑いを隠す事ができず、患者を不安にさせてしまう事もしばしばだった。
 世間的には女性の社会進出が進んできているとはいえ、まだまだ医局によっては男性優位な傾向もあり、女医だというだけで疎まれたり、馬鹿にされたりもした。
 仕事が出来ない分他の雑作業を手伝う事で補い、その結果残業も続き、夜勤じゃない日でも帰れない事がしょっちゅうだった。あの頃は医師でありながらも心身共にぼろぼろだった、と麻衣子は当時を振り返る。
 麻衣子は、ある区画の定期回診を任されていた。自分の担当ではなかったのだが、失敗の尻拭いをしてくれた先輩医師に押し付けられるような形で、数日前から請け負った仕事だった。
 病室を一部屋一部屋廻り、体温や脈拍などを確認してチェックリストに記入する。その際に患者とコミュニケーションを取り、何か変化はないかと確認。それを日報にまとめて担当医師に伝える。
協力的な人も居れば、まったく協力してくれない人も居る。そういう人にも根気強く声をかけて、些細な事でも聞き漏らさないようにする。そうでないと、何か体調が急変した時に的確な処置ができないからだ。神経も使うし気も遣う、見た目に反して過酷な仕事だった。
その日麻衣子はとても落ち込んでいた。小さなミスで先輩に怒られたり、患者からいわれのない罵倒を受けたり…様々な事が重なって、とても明るく患者と接する気力がなかった。
いつも以上に淡々とチェックをこなし、患者との会話も上の空だった。いつもは笑顔で答えてくれているご婦人からも「先生、聞いてますか?」と軽く注意されてしまう始末だ。患者にさえ注意されてしまう自分にも、どうしようもなく落ち込んだ。
私、この仕事向いてないのかもしれない…——やるせない気持ちのまま、顔をあげる事もなく流れ作業のように次の病室をノックする。
「失礼します、定期回診です」事務的な声掛けとほぼ同時に扉を開ける、とその時——
「なんだい先生、俺より具合悪そうな顔じゃないか」
 しわがれているが温かみのある声に、麻衣子は顔を上げた。
 夕日でセピア色に染まった病室、揺れるカーテン、時代遅れのブラウン管テレビ、古臭いベッド、そしてそこに座ってこちらを見ている老人。妹尾はその時も今と変わらない姿でそこに居た。

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