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手を貸すのも時にはNG。

【受け取り力UP💕安心土台で欲を叶える✨】
その感じている世界、今の好みにしていこう。

マイワールドアーティスト
埜澤和未(のざわかずみ)です。
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★マイワールド、ってこんな感じ。

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何度か病んだことはあるけども
恐らく一番きつかったのは
自殺未遂を繰り返す友人との付き合いがあった
20歳頃の時。

その事を書く前に
その友人を責めるつもりはない事。
そして、ただ事実としてあったこと、
感じたことを綴っている事はお伝えしておきます。

また、自傷行為についての記述があるから
フラッシュバック等の可能性がある方は
回れ右、してね。


その友人は、好きなものの共通点が多くて
一緒に遊びに行く事が多かったんだよね。

その中で話を聴いたりして
自分が伝えられる限り伝えてた。

親との関係について悩んでたから
私自身も家族とどう付き合えばいいのか悩んでて
自分なりに対処してたから
考え方とかはシェアしてた。

結局、その友人は
一人暮らしを選んで、親から離れる選択をして
『離れる選択して良かったね。』って思ったの。
それでも親の干渉はあるからしんどい、って言ってて
まぁ、物理的に離れてる分いいんじゃないかなって思ってた。
住所教えてないとか言ってたし。

だけど彼女は言い出した。
『寂しい。さっきリスカした。』
遊びに行く道中、その連絡を受けたりして
『え、何で!?まず親から離れたって一歩踏み出したのに!』
って思うと同時に、怖くなった。

『死にたい』っていう言葉に
『生きていれば、どうにでも出来る。
 実際やれたじゃない、一人暮らし。』って言って
とにかく希望を与えようとした。

それはきっと、死にたいほど辛かった時に
支えてくれた友人がいてくれたから
何度も急に仕事を休んだりしながらも
生き続けては、楽しい事も経験出来たから。


だけど、その自傷行為の連絡は一度じゃ済まなくて
何度も何度も繰り返しては
『お風呂で切った』とか
『屋上で飛び降りようとした』とか
言われる度に、
相手が死ぬかもしれないという恐怖が
どんどん強くなっていって

『私が助けなきゃ、死んじゃう!』
って、自分の体も犠牲にする勢いで

半分、死ぬ気で
半分、生きる希望を持って
夜の海に行ったり
首を絞め合ったりした。

それまでも2度ほど下手したら死んでたかもしれない経験はしていて
タイミング的に、その行動の結果
生きる選択が出来て
『生きろって事だな』っていうのは
その時、すごく思ったから
うつで死にたくなろうとも、本気で死ぬ選択はしないんだと思う。


そして、今の自分ならきっと
早いうちに、離れる選択をしてるんじゃないかって思う。

死にたいって主張してる内は
まだ生きたいんだ。
もちろん、めちゃめちゃ辛いから主張してる事もある。
話をただ聴くのが大事な時もある。

だけど彼女の場合は
完全に依存して、一人は寂しい。
私がいないとダメ、って感じだった。

そういう時って、周りにばかり求めてる時なんだ。
『助けて』って、漠然とした不安だけ抱えて
それを見ることが出来ない状態で
あわわあわわ、としてるのだ。

本人が見れると、どうしたいのかわかるんだけどね。
楽しく話していた趣味の話がほとんど無くなった。
一緒にいたらどうとか、そういう想いの話ばかりになってた。
共依存っぽくなってたんかな。

結果的に、当時いた別人格が
『もうこれ以上はダメ』と
帰らないで欲しいという連絡に対して
返信するのを止めてくれて

そうしたら
あった出来事を、なかった事にされて
彼女が運営しているなりきりチャットで
晒された事もあって
周りに助けてもらって、彼女には
言いたいことぶちまけて
関係性が終わったって感じ。

結果的に、偶然イベントで再会した時
別の人にベッタリだったから
相手は誰でも良かったんだと思う。


ただ今の自分から見れば
当時の彼女は、私の奥深くにいた
構ってちゃんの投影だったんだと思うんだ。

彼女が親からの過干渉に呆れてたという話も
その後、実家に帰って自分に見向きもしないという話も
どちらもこういうメッセージがあると思う。

『ちゃんと私を見て!』って。


当時の私は
父の知り合いのところで仕事をしていて
当時部長だった父の娘として見られる事がとても苦痛だった。

『私は、仕事が長続きしない。人間関係でいつも悩んでる。』

だから、ダメだってレッテルをすごく貼ってたし
社会に出たからには、働かなきゃダメって思ってたから
仕事を探すのを止めちゃいけないと思ってたし

何より、家に居場所がないと感じてた。
本気で相談出来るのは友人だけだ、と思ってた。

そして、ずっと家族に認めて欲しかったし
構って欲しかったんだ。
ダメな自分を、弱い部分を曝け出したかったのに

上手くいかない事が多過ぎて
やれる自分でいようと、虚勢を張って生きてたなって思う。
それこそ、自信がないくせに
自信があるフリしたり
『私、決めたから』って
本当は応援してくれないとビビりまくってるのに
大丈夫なフリして、選択結果を伝えたりしてたわけ。
(本音は応援して欲しかったよね。)


当時学んだのは
『連絡し過ぎると依存される』って事だったけど

本当は
【家族を頼りなよ】
って事だったんじゃないかな。
一応、頼る事もその時はあったから。
ちょっと、そこから若干関係性が変わったし。

あと『もっと弱さ出していいよ。』もあったかもね。


生死に関わる事ってさ
やっぱ向き合うのは結構キツい。
だけど今、メッセージはこうだったんじゃないか
って見れるのは、想いをノートに書き出して
俯瞰して見るクセをつけたから。

人生の軌跡という経験は
糧にしていけるものだから
今の自分を創り上げるものだから
俯瞰して見れると最強だなって思うよ♡
それだけ許せる事も増えるしね。

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