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フォロワーからのお題•1

お墓

角の取れた細長い消しゴム。
机に立てたそれは、お墓のようだと思った。
私の名前の書かれたお墓。
それはデコピンするみたいに人差し指で軽く弾けば、呆気なく倒れてそのまま机を落ちていく。
数回跳ねて転がっていった消しゴムは、斜め前の席の椅子の下に倒れた。
先生は、黒板に向かって数式を書いている。
チョークの音と、シャーペンの音と、後ろの方の女子のヒソヒソ声。
そっと椅子を引いて、座ったまま手を伸ばす。
グッと伸びた指先が消しゴムに触れようとした時、私より骨ばった指がそれを軽く拾い上げた。
どきりと、心臓が変に脈打つ。
おかしな姿勢のまま上を向けば、口角を上げた彼女が私を見下ろしている。
「はい」
小さな声でそう言いながら、手渡される私のお墓。
「ありがと」
そう返しながら受け取ったそれをぎゅっと握りこんだ。
彼女はそんなこと気にもとめない様子でまた、黒板に視線を戻してしまう。
斜め後ろからでは、長いまつ毛の先がときおり微かにまたたくのが、頬の膨らみの奥にたまに見えるだけだ。
握りこんだ手を開く。
自分の名前と、その裏に、彼女の名前。
彼女はこれに気づいただろうか。
いや、きっと気づいてないだろうな。
気づいてなくて、いい。
外していたカバーをかける。
角の取れた細長い消しゴム。
机に立てたそれは、お墓のようだと思った。
私の名前の書かれたお墓。
あの子の名前の書かれたお墓。

私たちは、決して、同じ墓には入れない。

ケルト民謡

スコットランド出身の彼は、海と音楽が好きだった。
いつも微かに軽快な音楽が流れている様な、ベランダから遠くに海が見える家に住んでいた。
部屋の隅には楽器がいくつか置いてある。
「これ、全部弾けるの?」
「ん?」
「ヴァイオリンとか、ハープ?これ。」
「あぁ。うん。あとは、フルートと……バグパイプとかも吹けるよ。」
「バグ……」
「あー、えっと、こんなの。」
そう言って見せてくれた写真には、見たことも無い変わった楽器が写っていた。
「みたことない」
「日本ではあんまり見ないよね。これをねぇ、大事な式典の時なんかは、スカート履いて吹くんだ。」
「スカート?」
「おもしろいでしょ。」
そういって、ニコリと笑った彼はそのままキッチンへと向かった。
「コーヒー?紅茶?」
「紅茶」
簡潔に答えて、部屋の真ん中にあるベージュのソファに腰かける。
カチャカチャと彼が飲み物を準備する音の後ろでは相変わらず軽快な音楽が微かに流れている。
「これ、流れてるの何?」
「何?って、曲名?」
「うん」
「今流れてるのは、The Galway Girl。んーケルト音楽だよ。」
「へぇ」
「気に入った?」
「うん。なんか耳に残る。」
「アルバム貸そうか?ケルト系のやつならいろいろ持ってるよ。」
「ケルト系……?」
「んーまぁ、僕の故郷の歌って感じ」
そう言いながら、可愛らしいお盆に乗った紅茶を持ってきてくれる。
「ありがとう」
「いえいえ」
そう言って彼は、ベランダの扉を開ける。
微かかに吹き込んだ風は、ほんのり潮の香りがした。

「桜の下には死体が埋まってるって知ってる?」
唐突なその言葉に、飲んでいた缶チューハイを思わず吹き出す。
「げほ、げほっ」
「あっはは、汚ぇなぁ。」
「お、おまえが、変な事言うから」
「え〜有名な話だろ〜」
そう言って、ニヤリと笑う彼の顔を見て、確信犯だなと思わず眉をしかめた。
「おまえ、わかってて言っただろ」
「ふっはは、お前の反応おもろいんだもん」
「お前な〜!」
「いや、いやいや、でもほら、そんな、ホラーって話しじゃまだないじゃん」
「まだって……それ、ホラーな話続けようとしてたってことじゃん!」
「あぁ、バレた。」
「バレたじゃねぇよ」
といって、その肩を小突く。
彼は、わりぃわりぃなんて言いながら、自分の手の中にあったチューハイを煽った。
久々に会ったが、変わらないなと思う。
大学を卒業後、都会の方へ就職したこいつと会うのは、1年ぶりくらいだ。
突然夜に連絡してきて「花見しようぜ」なんて言われた時には驚いたが、まだ桜は見れてなかったしちょうどよかった。
寂れた公園の、一番奥に立つ大きな桜の木。
近くのコンビニでいくつか缶チューハイを買って、その下で飲んでいる。
「いやさ、桜の木の下に死体が埋まってるってなはさぁ、じゃなきゃこんなに綺麗なんておかしいだろ!って話なのよ。」
「おまえ、その話続けんの?」
「まぁまぁ聞けって。この桜だってさ、めっちゃ綺麗じゃん。」
そう言われて、思わずさくらを見上げる。
まぁ、確かに綺麗なさくらだ。
しかし、先程言われたことのせいか、なんだかその綺麗さが不気味にも思えてくる。
「やめろよ、なんか純粋な気持ちでさくらみれなくなんじゃん!」
「くくく、お前純粋だなぁ。……でも、この桜の下には、本当に死体が埋まってんだよ。」
突然、ぐっと声を低くして彼が俺をまっすぐに見つめる。
何言ってんだよ、なんて笑い飛ばすこともできたはずなのに、その表情に心臓を掴まれたような気持ちになる。
「…は、?なにいって、」
やっと振り絞った声はどこか震えていた。
けれど彼は笑い飛ばすことなく言葉を続ける。
「……俺の死体が、埋まってんだ。」
プルルルルル
その言葉の直後、大きな音が鳴り響く。
「!」
大袈裟に肩を震わせてしまったが、それが俺の携帯の着信音だと気づいて、思わず安堵の息を吐いた。
「ごめん、ちょっと電話。」
そう言って、電話を取る。表示されてたのは知らない固定電話の番号だった。
「もしもし?」
『あ、わたくし南警察署のものですが。』
「え、あ、はい。」
『実は、この近辺で血痕のついた荷物が発見されまして、中に入っていた携帯電話の最後の着信履歴があなただったもので。おそらくこのカバンの持ち主はーー』
「え?」
そう言って告げられた名前に、思わず間抜けな声が出る。
だって、彼なら、今目の前に。
そう思って視線をあげる。
しかし、そこには開けられた缶チューハイがあるだけで、彼の姿はない。
『もしもし?どうされました?』
電話の向こうの警察官の声が遠のいていく気がする。
頭上で桜の枝が風にざわめく音が聞こえる。
ー俺の死体が、埋まってんだ。
彼の低い声が、また頭に響いた。
そのまま、視線を下げる。盛り上がった桜の木の根元。黒っぽい土。掘り返してまた埋めたように、色が違う柔らかい場所。

桜の木の下には、死体が埋まっている。

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