ハヤカワ電子書籍セールなのでハヤカワSFコンテストのお薦めを羅列します
前略ハヤカワが電子書籍をセールし始めました。
なので、ハヤカワSFコンテストにノミネートされていた作品を手当たり次第に読んでいくというハヤカワSFコンテスト受賞作マラソンをこっそり行っていたところ、いいタイミングなのでこれはと思ったお薦めのものを羅列したいと思います。
今回紹介するものは以下の基準によります。
・紹介する作品はハヤカワSFコンテスト(2012年~)の受賞作・候補作とします。
・紹介する作品はkindleで購入可能なものとします。
・紹介する作品はセールの対象になっていないものも含むものとします。
それではまいりましょう。
母になる、石の礫で
3Dプリンターを「母」と呼ぶ、人体改造の末にたどり着いた末期人類の姿を描く物語です。異形となった人類の末裔の子達の姿の描写が秀逸で、その倫理や名前のセンス、言葉の選び方なども巧みで、全てが相俟って非常に「行き着いた果ての人類」の描写が実に素晴らしい……何ともSF~~~!な感じが漂います。
作品全体に漂うトーンは、技術が齎す夢をキラキラに捉えるというよりもどちらかというと退廃的で、断絶的、閉塞的でもあります。シャープかつちょっとメランコリックな文体も相俟って、作品全体にどこか儚さと脆さが漂う印象です。
「母」は「母」を産むことが出来るのですが、世代が重なっていくにつれ(=コピーのコピーが産まれるにつれ)母の精度が次第に劣化していく……などといったガジェットの演出も美しく、異形の人類とそれを取り巻く世界、全体的に醸し出す、どこか手の届かないデカダンスに満ちた雰囲気に浸れる一作という印象でした。
なお推しは41(人名)です。
世界の涯ての夏
ある日突如世界を侵食し始めた謎の暗黒空間<涯て>と、その浸食を食い留めんとする人類の姿を描く作品です。
<涯て>が出現した後の世界を舞台に、その涯てを食い止める機関の日常を描く……その傍らで、複数の人物の視点による、多重の物語が進行します。
メインのシナリオとなるのは、ある離島で暮らす少年たち、そしてそこに突如現れた転校生の少女が繰り広げる、<涯て>という緩やかな滅びを目にしながらの、ひと夏のボーイ・ミーツ・ガール。
全体として、滅びとエモの二重攻撃をくらわせてくるようなさわやかな一作です。あんまり細かく語るとネタバレが過ぎてしまうのですが、架空の概念である「あの夏の風景」を幻視する系のオタクの人が読むと死ぬかもしれません。ぜひエモ死してください。
暗黒惑星
とある事情から宇宙を一人放浪することになった主人公と、ガス状の体を持つ異種生命体とのファーストコンタクトを綴った物語です。
全体的にトーンがシリアスで、話の展開もかなりヘビーです。SFに救いようのない人類の姿やその行末の描写などを求めている方にはかなりおススメできます。
くだんの異種生命体の描写がキモで、理路整然と合理的に思考する存在……表現を変えると「冷たい」性格をしています。やはり未知の生命体はこうでなくては……と思わせるものがあります。
一方、おススメする傍らで触れておきたいこととして、本作は文章そのものに少々癖があり、全体的にちょっとオールドな雰囲気が漂います。そのため、ちょっと読みにくいところがあるかなというのは正直な印象です。
(また、誤字の多さも他の作品に比べるとかなり目立ちます)
それを差し引いても、お話がかなり残酷でドロっとしている点、上記のようにヘビーなものを求める人に個人的におススメしたいと思う次第です。
赤いオーロラの町で
https://www.amazon.co.jp/dp/B078JKMKZD/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
太陽フレアによる大停電を描く、災害ものです。パニックものというよりも、災害後の日常の描写や人々の生き方に焦点を当てた一作です。
必然的にアクション的な描写やSFガジェットの描写は少なく、どちらかというとヒューマンドラマ的な側面が目立ちます。災害の規模は大きいのですが、人類滅亡ものというわけではなくむしろ語り口は前向きで、滅び!滅び~~~!!という感じではありません。
大停電がもたらすであろう災害の風景の描写、人々の動きがリアルなのは、なんだか先の震災の風景にも重なるようで、そういった視点で読むとなかなか迫りくるものがありました。
無名標
https://www.amazon.co.jp/dp/B089CXXXGF/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
こちらも災害ものですが、こちらは原子力関係の事故を取り扱います。事故を起こした高速増殖炉傍のシェルターに閉じこもった主人公が綴る日記という体裁で、事故の後の世界の様子、そして、主人公の体に起こるとある変化をつづります。
主人公の体の変化は、上記の設定を踏まえるとなんとなくその方向性の予想がつきそうですが、かなり読者の予想を裏切る変化が起こります。主人公は医療関係の知識が豊富で、この"変化"についてのセルフレポートも結構しっかりと描写されており、そうした方向でも読み応えがあります。
どこか報告書のような淡々とした日記調の文章が、起こっている未曽有の惨劇を克明にレポートしているような感じの印象を与えるのですが、これのおかげで内容が頭に入りやすく、どんどん先に進ませてくれます。
一方で、本作は主人公の日誌ですから、時折主人公が見た夢の記録が記されるときもあるのですが、この夢の描写が非常に"らしい"感じなのもお気に入りです。
夢って脈絡なく理不尽なことがいろいろと起こりながらも、夢を見ていた時分では「ああ、そういうことね」と納得することが多いのではと思うのですが、そういった心理描写がたいへん緻密です。
総じて、閉鎖環境に閉じこもりながら静かな狂気と怜悧に向き合う主人公の姿に、愛おしさを感じます。
ヒュレーの海
一応設定上は現実に根差していますが、どちらかというと架空世界寄りの設定に支えられた活劇SFです。
設定がかなりぶっ飛びというか、作品内でたいへん強固に世界観を構成しているのですが、その設定を表現するべく、本文はルビと造語のオンパレードなので、そこにイメージがついていけるかどうか、その世界に入っていけるかどうか……というところで読者を選びます。
一方で話の内容としては少年少女が主人公の熱を帯びた能力バトル+ロボットバトル活劇なので、世界観に入っていけさえすれば大変熱いノリが楽しめます。マルドゥック・スクランブルが好きな人ならきっとハマることと思います。
かなり大きな風呂敷を広げていて、それでいて畳み方もよくできていて、この一冊でしっかりとお話は畳まれている印象ですが、私としては続編があったらいいなあと思う作品の一つです。その圧倒的な世界観構成にぜひ浸っていただきたいです。
星を落とすボクに降る、ましろの雨
地球へと飛来する隕石を撃ち落とす役割を帯びた「スナイパー」の生きざまを描いたSFです。
今回紹介した中でもずば抜けてウェットな質感の一作で、星を撃ち落とすことを無上の喜びと感じるように"調整"された「スナイパー」の少女が、その喜びと、人としての感情との間で揺れ動いていく……というようなお話です。
スナイパー達の描写がお気に入りです。かれらの世界には基本的には「星」と自分しか存在しないのですが、その「星」に注ぐ大変強い盲愛……星を撃ち落とす立場でありながら、どこか、星を撃ち落とすのに失敗し、星に殺されることを至上の幸せとしているかのような感情に、かなり強い滅びの気配を感じます。
ウェットに、うっとりと滅びを感じたい方におすすめです。
最後にして最初のアイドル
「前半三分の一は文芸作品として最低レベル」「本作が選考に残ったのは何かの間違いではないか」などとさえ言われた、キワモノの中のキワモノです。
ちょっと調べるとこの本の誕生の経緯そのものもかなりキワモノだということがわかるかと思われます。上記のように評されているように文章もキワモノ……というかなんというか、勢いに全振りして書かれたたいへん人を選ぶ文章で、良くも悪くも一読したら脳に何らかのダメージを負うことでしょう。
SFではありますが、各話のサブテーマとして選択されているのが「アイドル」「ソシャゲ」「声優」というあたりが、もう特定の人種狙い撃ちという感じです。とは言いつつもサブジャンルをどのようにしてSFとして(そしてキワモノとして)昇華していくかについてはかなり真剣であるように感じられます。
そのおかげでなまじSFガジェットが満載なだけに、これは……一体……なんなのだ……?といった感じで感情が迷子になります。
キワモノ……とりわけグロ描写などもふんだんに織り込まれています。
二つ目のソシャゲ編などは「体のパーツを課金やガチャで入手し、様々な体のパーツの寄せ集めとしてグチャグチャの肉塊と成り果てたプレイヤー同士が対決する」といった筆舌に尽くしがたい光景を叩きつけられます。このソシャゲ編が個人的に一番お気に入りです。
これは個人的な感情ですが「SFって脳が疲れるんだよね~~~~」という人にこれを読んでいただき脳を破壊され疲れを感じることもできなくなってほしいという思いがあります。
人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル
ひょんなことから出会ったうだつの上がらない技術者とヤクザくずれが銀行強盗などのIT犯罪に挑む、クライムコメディです。
これはめちゃくちゃ面白いです、おススメです!
お話としては上記のようにクライムコメディで、某オーシャンズ〇〇(任意の数字)に近いノリでIT技術を武器に困難な状況に挑むものですが、テンポよく軽妙な文体と魅力的なキャラクター、そして技術描写の"らしさ"が素晴らしく、圧倒的にエンタメとして完成度が高く、読んでてとにかく楽しいです。
クライムコメディとは書きましたが、スパイアクションよろしく身体能力で無茶を利かせるのではなく、あくまで「技術」を主体に問題を解決していきます。その「技術の話をしている」ということに拘っているのが大変好印象です。
お話の核の一つに、主人公がもつ人工知能へのある思い(感情といってもよいでしょう)があるのですが、その思想が端的に言って”孤独”でよいなあとも思いました。ぜひ、その思いに触れてみていただきたいです。
ここから先は余談ですが、本作は元々別のタイトルがついていたところ、書籍化するにあたって編集者との協議の末改題となったという経緯があります。
これについては著者の方がちょっと面白い記事をnoteに投稿されていたので、引用しつつリンクを貼っておきたいと思います。本作読後にぜひ。
ですが、提示されたのは『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』でした。もちろん、出版にあたって改題というのはよくある話ですし、意識はしていました。
しかし、まさかゲットとは。10億ゲットとは。そもそも良いのか、ハヤカワで10億ゲットは。閻魔様が気難しい人だったら、10億ゲット出版罪で地獄にゲットされたりしないか。そんな思いが頭を過ります。
10億ゲット出版罪で裁かれるまでにこの方の作品がもっと読めますように。
関連事項
「ユートロニカのこちら側」で本賞を受賞された小川哲さんですが、本作もさることながら私は「ゲームの王国」を推します。
(本作はコンテストの作品ではありません)
「ゲームの王国」は、ポル・ポト政権下に生まれた二人の少年少女の数奇な運命とその行末を描くというお話です。
上下二巻編成ですが、上巻においては、同政権下におけるカンプチアの滅茶苦茶な様子の描写が非常に読みどころで、それだけでもお勧めですし、後編では我々の時代を越えて未来につながっていくお話ですのでしっかりSFしています。
本作はある種のディストピアものとしても読めるというのは前述の通りです。ちょっとした行動が命取りとなる社会ですので、みんな日々自分の命を守るためにシリアスに生きているのですが、そのシリアスさと余りにも理不尽なディストピア風景が相俟って、シリアスなのになぜか引き攣った笑いが沸いてくるという「シリアスな笑い」が多量に含まれる作品で、そういったものをエンタメとして摂取できる人には大変お薦めです(最悪な薦め方)
なお推しは泥(人名)です。
余談
ハヤカワSFコンテストは次が第9回です。
応募はもう終わっているので、ちょうど今は第二次選考の真っ最中でしょうか。
ここしばらく大賞受賞作が出ていませんが、今年はどうなるでしょうか……どんなものが出るか楽しみですね……!
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