愛犬との出会いからはじまった、17兆円市場に潜む不条理への挑戦
「ペットは大切な家族」という概念は、すっかり耳馴染みがあるものとなりました。
人間が健やかに生きるために医療が欠かせないように、家族であるペットも同様......のはずが、実は獣医療業界には課題が山積しています。
医療の質の向上、獣医師不足、デジタル化への遅れ、グローバル化への対応……。
これらの課題に真正面から向き合い、「ペットと人の幸せな未来」を実現するために立ち上がったのが、A’ALDA Pte. Ltd,. (以下、A'ALDA。読み、アルダ)創業者の奥田昌道です。
A'ALDAは、インドを皮切りにグローバル展開を進め、現在はアジア各国を中心に動物病院運営をはじめとするヘルスケア事業を展開。日本国内では、A'alda Japanとして事業を展開し、45の動物病院を経営しています(2024年4月1日時点)。
また、獣医師が治療に専念するための電子カルテなどのデジタル支援、ペットサロンやペットホテルといったライフスタイル事業にも進出。将来的には、ペットの「ゆりかごから墓場まで」、全てに関わることを目指しています。A'ALDAは日本のみならず、世界中のペットと飼い主の幸せを追求します。
デジタル化、グループ化、グローバル化。
この3つの要素を軸に、獣医療業界に新たな風を吹き込もうと邁進し続けるA'ALDA。ペットと人が共に幸せに暮らせる社会の実現に向けた挑戦、A'ALDAが目指す未来像とその実現に向けた戦略について、奥田が語ります。
プロ注目のサウスポーが見つけた、新しい夢
大学時代のある出来事をきっかけに、ペットが私のかけがえのないパートナーになりました。
私は幼少期から野球一筋で、140km後半の速球を武器とするサウスポーでした。プロのスカウトからも目をかけていただき、高校卒業後は数多のプロ野球選手を輩出している、慶應義塾大学の野球部に進学しました。そう、プロ野球のマウンドに上がることが、夢だったのです。
ところが入学早々、左膝の靭帯を断裂。プロのショーケースとなる大学野球は4年しかありません。つまりプロへの道を諦めざるをえなかったのです。
夢を断念せざるを得なくなり、落ち込む私を心配した母が、黒いラブラドールの「でん」を家に迎えてくれました。でんと過ごす日々は、私に幸福感をもたらしてくれました。いくらギブしても素直に返してくれない、そんな関係が心地よかったのかもしれません。
ペットと関わるようになってから、それまで気づかなかった動物と人間を取り巻く問題にも気付かされました。
その一つが、殺処分の問題です。実家の近くには大規模な保護犬のシェルターがあり、そこでボランティアとして働いたのですが、引き取り手が現れる一方で、保護される犬もどんどんやってくる。このサイクルでは殺処分の課題を解決できないのだと知りました。
課題解決の鍵はビジネスにあると考え、大学3年時に、創業したばかりの「PECO」というスタートアップで働くことにしました。後に国内最大級となるペット専門メディアや、現在は動物病院経営など、ペット関連のビジネスを手掛けています。
大学卒業後は野村證券に入社しましたが、3ヶ月後にはPECOの岡崎純社長から声をかけてもらい、PECOに出戻り。本格的にペット業界へ進むことに決めました。
当時のPECOは、メディアを運営して影響力を持とうとしている段階。私も動画メディアの立ち上げに関わり、広告マネタイズなどの責任者を務めることになりました。ビジネスは拡大していき、数字が積み上がっていくことには面白さや喜びも感じる一方で、自分の中である違和感が大きくなっていくことにも気づきました。「動物のため」という本来の目的が、どこか薄れているように思ってしまったからです。
「ユーザー数が500万人、1000万人と拡大していくことよりも、1頭、10頭、100頭のリアルな動物の命を助けたい」
そう願うようになったとき、PECOの海外事業を任されることになりました。「自由に海外で事業を作って構わない」というオーダーで、PECOの子会社として動物病院事業をはじめることにしました。
それがA'ALDAのはじまりでもあるのですが、何よりも一人の経営者として意思決定をする経験を積むことで、自分でも驚くほど、自分自身が鼓舞されるような体感がありました。
「PECOの子会社ではなく、私が自分の意志で経営する会社として、この事業に取り組みたい」。そう考えて、結果的にはMBO(マネジメント・バイアウト)によってPECOから独立したのです。私の決定を後押ししてくれた岡崎社長やPECOの関係者の方々には、今でも感謝しています。
A'ALDAという社名の由来は、世界で長寿の陸上生物と言われる「アルダブラゾウガメ」です。私たちが関わる動物医療産業自体も、そして関わるペットの生命も、さらに伸ばしていきたいという想いを込めました。
ユーザー数が1,000万に増えた──それで目の前の1頭は救えるのか?
起業するからには、いったい何を実現させたいのか。私は改めて向き合いました。
PECOに在籍していた当時、率直に感じていたのは、デジタル上の数字が伸びていくことへの違和感だったことは前述の通りです。100万人、1,000万人とユーザー数が増えていくことに対して、投資家は喜ぶでしょう。でもそれに、結局、何か意味はあるのか?
ある意味では「ゲーム」として捉えれば面白かったのですが、ペットオーナーの目線になったとき、本当に意味があるのかと冷静に考えてしまったのです。見た目上の数値を伸ばすことで世の中へインパクトを与えているのかと、強く疑問を持ちました。
リアルな命を助け、伸ばしていくこと。これこそ私にとって最も必要な取り組みなのではないかと。
個人的な考えですが、今のスタートアップの世界は、VCからの投資を意識しすぎたソフトウェア領域に偏重しているように見えています。
戦後、日本を代表する企業といえば、ソニーやトヨタ自動車などが挙げられるでしょう。彼らの創業時には「シリーズA」などといった資金調達ラウンドの概念さえなかったはずです。きっと、気合いと根性、卓越した技術力、何よりも凄まじい情熱で勝負をしていた。
そんな彼らに魅了されて、持ち合いなども活用しながら、長期的な視点で株を保有する方々がいました。たとえば、今でも京都銀行は任天堂の株を保有し続けていますよね。
確かにシード段階を踏まえて、きれいにビジネスを作り上げていくのも一つの選択肢の一つだとは思います。それでも私自身、やりたいことをやり尽くすために、あえて違う道を選びました。その信念は、今でも繋がりとなって残っているのかもしれません。
インドにおけるペットビジネスの圧倒的なポテンシャル
A'ALDAでは、短期的な数字に追われることなく、じっくりとビジネスを作っていくために、初期には個人の富裕層を中心に投資していただいていました。とはいえ、企業としても、経営者としても実績がない。投資家の方々に「ペット業界への思い」を熱く語るのはもちろん、ビジネスプランとして「インドでの展開」をアピールしていたのです。
創業してすぐに加わってもらったCOOのOhhun Kwonと共に、インドを視察した結果、ペット市場の中でも「動物病院」の領域に、私たちは注目しました。
2019年のデータでは、インドは国内で約2,300万頭の犬猫が飼われており、日本の1,600万頭をすでに上回っています。さらに、2030年には約8,100万頭に増えるとも予測されている。ところが、動物病院は圧倒的に少ないのです。
日本には動物病院が約18,000ほどありますが、インドはたったの3000ほど。さらに獣医師も足りません。2018年時点のデータですが、日本では獣医師1人当たり約1,000頭を診る計算ですが、インドでは1人あたり約4,000頭です。インドではよく新聞広告に「獣医大学を作る人はいませんか?」という募集を目にするほど、慢性的な獣医師不足に悩まされるのは見えています。
ペットはお金があれば誰でも買えますが、獣医師は国家資格です。ペット数が急速に伸びたとしても、獣医師の数は徐々にしか伸びません。このままでは一部のペットしか治療を受けられなくなります。
インドでの動物病院事業の立ち上げにあたっては、Kwonが奔走してくれた部分が大きいので、彼にその苦労は別の機会に振り返ってもらえたらと思います(※後日、Ohhun Kwonがインドでのゼロイチの日々を振り返るnoteをアップします)。
ペットと人の幸せな未来を描く「Pet to Partner」の役割
ここでは、私からA'ALDAという会社の未来と、実現しようとしているビジョンについて、さらにお話しさせてください。
A'ALDAでは、獣医師向けの電子カルテシステムなど、テクノロジー領域の事業も手掛けています。しかし、私たちが目指しているのは、SaaS(Software as a Service)のようなシンプルなビジネスモデルとは異なります。
私たちはリアルな領域との掛け合わせで、動物を軸とした、マルチプロダクトやサービスを提供していく企業です。そのため、私たちには常に資金的な需要があります。スタートアップの意識が強い人からすれば、少し不思議な会社に見えるかもしれませんが、私たちの事業の特性上、このような体制が必要なのです。
私たちがコミットしているのは「Pet to Partner」という概念です。これは、ペットと人がともに幸せに暮らせる社会の実現を目指すもの。そのためには、ソフトウェアやハードウェアなど、あらゆる領域でイノベーションを起こしていく必要があります。
「Pet to Partner」を説明する上で重要なのが、ペットと一緒に過ごす時の幸福度です。ペットを迎えた当初は幸せですが、一緒に暮らすなかで様々な困難に出くわします。病気はもちろん、「自由に旅行へ出られない」「賃貸物件を探すのが大変」など、オーナーによって事情は異なりますが、徐々に幸福度が下がってしまう。そして、ペットの健康状態の悪化や死によって、幸福度は大きく低下します。
私たちは「Pet to Partner」として、ペットとの幸せな時間を最大化することを目指しています。そのためのアプローチは2つあります。
一つは、医療の発達などでペットと過ごせる時間、いわば平均寿命を30年まで伸ばすこと。もう一つは、現状、長くて15年生きるという現実的な時間の中で、ペットとペットオーナーが過ごす時間をより充実したものへとアップデートすることです。
そのためにA'ALDAが注力しているのが、ヘルスケアデータの活用です。ペットの健康状態を常にモニタリングし、病気の早期発見・早期治療を可能にする。そうすることで、ペットの健康寿命を延ばし、オーナーとの幸せな時間を増やすことができるのです。
私たちがこの会社を営み、仕事をしているのは、ペットとその飼い主のためです。飼い主は私たちにとってのお客様ですが、まずは何よりも、ペットの健康と幸せな暮らしを実現することが、私たちの最大のミッションです。
揺り籠から墓場まで、ペットに関わるあらゆるデータを集約し、ペットの健康と幸せな暮らしに役立てていく。それがA'ALDAの根本的な思想です。ヘルスケアデータをプライマリーな情報源として活用していくことが、私たちの戦略の根幹をなしています。
動物病院を持続的に発展させる、3つのテーマ
当たり前ですが、ペットにとって動物病院の存在は必要です。では日本の動物病院業界が、持続的に発展するためには?次の3つのテーマが不可欠だと考えています。「デジタル化」「グループ化」「グローバル化」です。
デジタル化のメリットは、医療の質の向上だけではありません。今やスマートフォンが当たり前になり、あらゆるサービスがデジタル化しています。動物医療だけが取り残されるわけにはいきません。飼い主さんの利便性を高めることも、私たちの重要な使命です。私たちは2024年内にも、オーナー向けのアプリをリリースする予定です。
では、なぜ今までデジタル化が進まなかったのか。その理由の一つは、時代のタイミングです。スマートフォンが普及し、デジタル化が加速したのはここ10年ほどのことです。獣医療業界も、そのタイミングを捉えて変革を進める必要があるのです。動物病院の運営支援ツールもさらに拡充していきます。
グループ化については、断片化した動物病院業界の中で、A'ALDAが不足していた機能を補完していくことを意味します。グローバル化については、私たちがインドやベトナムで事業を展開していることからもお分かりいただけると思います。
ただし、大前提として、すべてに時代の変遷があります。デジタル化といっても、いきなりAIが使えるようになるわけではありません。
まずは第一歩として、動物病院業界の本格的なDXに取り組む必要があります。現状、多くの動物病院では紙カルテが使われています。これでは、データの蓄積も、AIの活用もできません。私たちがデジタル化に取り組むのは、その基盤を作るためです。一見地味な作業かもしれませんが、これこそが未来への第一歩なのです。
私たちの使命は、まず動物病院のクラウド型電子カルテの普及率を100%に近づけること。業界全体のデジタル化を推進することにあります。デジタル化が進めば、国境を越えたデータの共有が可能になります。地域の動物病院であっても、グループ企業のデータベースにアクセスできるようになるのです。これは、地域間の医療格差の解消にもつながるでしょう。
さらに、蓄積されたデータをAIが解析することで、診断の精度も飛躍的に向上します。かつては問診の時代、現在は検査の時代ですが、将来はデータとAIの時代になると考えています。人間の判断に頼る限り、医療の質には限界があります。データとAIを活用することで、より高度な医療を実現できるはずです。
グループ化の意義についても触れておきましょう。獣医師の不足が叫ばれてはいるものの、動物病院の数自体は増えている、つまり競争が激化しています。個人の動物病院が生き残るのは容易ではありません。そこで、経営に特化し、臨床は専門家に任せるという分業化が求められているのです。グループ化のメリットは、スケールメリットにもあります。たとえば、医薬品の仕入れコストを下げることができるのは大きな強みです。何より、医薬品の安定供給を実現できることも重要だと考えています。
現状、日本では医薬品の欠品が頻発しています。これは、バイイングパワーが分散しているためです。グループとしてのまとまりを持つことで、製薬会社や卸に対する交渉力を高め、必要な医薬品を安定的に確保していく。そうすることで、日本市場の存在感を高めていくことができるのです。
スターバックスのように、数も質も担保されたブランドを構築する
素晴らしい思想を持つ会社は、ブランドを確立することができます。一方で、シェアが低い会社はブランドが育ちません。皆さんが「ブランド」というと、Appleやスターバックスを思い浮かべるでしょう。
私たちが一つ参考にするべきは、スターバックスの展開です。日本で約1,900店舗を持っているからこそ、認知度が高まり、今のポジションを築いた。彼らが提唱する、サードプレイスの概念だって、“身近にあるから”こそ成り立つわけです。
私たちも、単にミッションやビジョンを掲げるだけでなく、着実に数字を作り、提携病院を増やしていくことが重要だと考えています。
A'ALDAが今後3年間で一気に成長し、何万人もの獣医師や動物看護師を抱える組織になれば、業界に大きな影響力を持つことができるでしょう。そうなれば、優秀な人材が自然と集まってくる。この好循環を生み出すことが、私たちの勝ち筋の一つです。
ただし、日本市場はすでに成熟しており、大きな成長は見込めません。2050年には、人口減少によって多くの地域が過疎化すると予測されています。一方で、アジア市場は人口増加とともに経済成長が続いています。
日本だけを見ることは、良い戦略とは言えません。我々は常にアジア市場を見据えています。世界のペット市場で言えば、アメリカが最大で約10兆円、次いで中国が3〜4兆円、日本は1.7兆円程度と言われています。上位3カ国の差は歴然としているのです。
デジタル化、グループ化、グローバル化。この3つの要素なくして、業界の発展はないと断言します。これらに取り組むことは容易ではありませんが、だからこそ誇りを持って進んでいきたい。
ペットと人間の未来のために必要なことに、本気で取り組む。その覚悟を持った起業家として、私はA'ALDAを立ち上げました。
A'ALDAのカルチャーがわかる資料はこちら
全方位で、新たな仲間との出会いを心待ちにしています!
(文・構成/長谷川賢人)
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