明るい話が怖い。 「なるたる」の感想

・kindleで全巻購入した「なるたる」を読んでいる。新装版も持っているが、物理的に重い(持ち運べない)ので2,3周くらいしかできなかった。kindleを考えた人は天才です。

・なるたる、これでもかってくらい人が死ぬ。別に不条理じゃなく、理路整然と人が死ぬ。ちゃんと理由があって、張り巡らされた伏線の中で人が死んでる。突然使命を持たされた4人にとってはクソ不条理かもしれないけど。

・この漫画は基本的に説明してくれない。エグハマりしてる理由はそこにあると思う。日常の些細なセリフやコマに仕込まれた伏線を探すのは宝探しに近い。あと映画鑑賞にも近い。映画ってそうだから。

・最近「エクス・マキナ」って映画を見たんだけど、やたら2分割された構図が多くて、なんかの暗喩かと思ってたらやっぱりそうだった。なるたるでも同じことが起きている。漫画という媒体をフルに活かしている。変態テク。

・説明されるのは嫌い。説明すんなし、って思う。でも説明しないと今は売れないらしい。最悪か。そういう意味でもなるたるの発表時期はちょうどよかったな。

・鶴丸とシイナが結ばれる理由がずっと分からなかったけど、ちゃんと描いてあった。

・これは昨日気付いたんだけど、4巻p.201で鶴丸の読んでる雑誌が「なかよし」なんだよね。鶴丸の個人的趣味だったら笑うけど、普通に違うと思う。

・鶴丸は「シイナに恋愛をさせる。思い人と結ばれたうえで、子どもを作らせる」という目的で動いてるんだけど、その傾向と対策が「なかよし」なのは草。なかよしは小6女児の赤本。

・でもシイナは恋愛したくないから。水嶋に女の子っぽい服を褒められそうになったシイナは「今、僕は冷静さを欠こうとしています」みたいな顔してる。シイナは母親ってモンになりたくないからね。初期微動でもうバチギレよ。

・一方で、入学式の帰り鶴丸に制服を褒められたシイナは満更でもない顔してる。鶴丸、なかよしを読んだ甲斐あったな。

・で色々あってvsアマポーラの回。バチボコにされたシイナは友達には強がってみせるけど、鶴丸にだけ「怖かった」と泣く。堕ちたな(確信)

・シイナが初潮を迎えるタイミングもメタ的に仕組まれてる。鶴丸と再会した直後、シイナは子どもを産める身体になる。こんな緻密に作られた話なのに、このタイミングに意味ないわけがない。

・自分の竜とチャネリングしたとき、シイナには知り得ない情報の回想があった。おそらくあれが星の記憶なんだと思う。星の記憶には当然、いままでの鶴丸の頑張りも記されている。どういう想いでシイナを守ってきたか、っていう。

・母の愛を受け入れ、「秕」を受け入れ、鶴丸が好きだと自覚したシイナはもう母になれるので、鶴丸とセックスするわけですね。

・ここが分かんなかったんだけどね。シイナが鶴丸に抱かれたいのは分かったけど、鶴丸がシイナを抱くのはなんでだよ。と思ってた。鶴丸は被曝してるから、他の女からの誘いを一回断ってるのに、なんで? みたいな。

・シイナ→鶴丸は分かりやすい。でも鶴丸→シイナはガッツリ読まないと分からない気がする。鶴丸、生殖と恋愛は同じなどという言説で読者を煙に撒こうとすな。

・早い話が、面倒を見てるうちに女として好きになったってことだと思う。面倒を見るっつかもうシイナに命かけてんだから。なんで命かけると好きになるんだよっていうのは「星の王子さま」のキツネが解説してくれている。外部委託です。なるたるは説明をしない。

・あとホシ丸(というか竜の子)の仕様かな。シイナがエン・ソフを抱っこしてるとき、アキラちゃんは母親に抱かれてるみたいな気持ちになるらしい。あと発情する。でもそれはアキラちゃんがニンフォマニアだっただけで、鶴丸とはそこまで関係がない。

・鶴丸も相当なヤリチンだけど、彼には須藤が減らしたぶんを増やす使命があるんで……これ、おしゃかしゃまの歌詞みたいだな。

・まあ、母親みたいに抱いてくれる女がいたら惚れるだろう。シイナは結構な頻度でホシ丸を抱っこしている。鶴丸からしたら「ママーーーーーーーッ」て感じだろうよ。

・この漫画、男の娘に加えてロリママもいたか。新しいな。ちなみにサブカルチャーにおけるロリママの先駆けはファーストガンダムのララァ・スンだと言われている。ララァがママだとは思えないけど、シャアがそう言うならそうなんだろう。

・vsアマポーラの後、のりりんに「(シイナに)嫌われるのが怖い?」て言われてるね。「(軽薄な)キミらしくもない」とも言われている。鶴丸の目的の一つは子孫繁栄だから、子どもを産ませることができれば、その過程で女に嫌われてもいいと思っていた。

・つか本人が「ワザと最低に振る舞って…」と発言してるので、男として最低な自覚はあり、つまり嫌われて当然だと思っていた。でもシイナは違う。嫌われたくない。なんでかって、好きだから。

・鶴丸がシイナを抱いた理由はめちゃめちゃシンプルに「好きな女が目の前で脱いだから」だと思う。自分が被曝してることを差し置いてもシイナ(処女)を抱きたいっていう、独占欲みたいなものが働いたんじゃない? 知らんけど。

・鶴丸も、もう地球の寿命はあとわずかだと分かっていて、それまでにシイナが新しい恋愛するの無理だろって思ったんじゃないかな。じゃあ今現在シイナの好きな男であるオレが直々に抱くわ、みたいな。書いててなんか腹立ってきたけど幸せならオッケーです。

・最終回で、性欲だけじゃないと明確に分かる。「自分の命よりシイナが大事」はのりりんの主観ではないと分かる。

・暴徒が鶴丸ハウスに来るじゃん。あいつら壁際に立ってんのよ。壁、暴徒、鶴丸、シイナ、扉の順で並んでる。暴徒は今来たわけじゃなくて、シイナを待ってたんですね。だから、シイナが入ってきた瞬間に撃った。シイナが鶴丸の死を目撃したのは偶然ではない。鶴丸は、シイナを、かばって、死んだ。好きな女以外にできるか? こんなこと。

・そのほうがシイナの絶望も強い。自分のせいで好きな人が死ぬ状況クソ性格悪いと思うけど、私が先生なら絶対そうする。

・改めて銃口を向けられたシイナが、もう動かなくなった鶴丸を抱いて頭を垂れるコマいいですね。ずっと一緒だよみたいな気持ちが込められている気がする。

・クリさんが登場して死ねないんだけどね。なるたるはどこまでも残酷な話だよ。シェオルの謎バリアで鶴丸も守ったれやと思うけど、クリさんとしては早く大掃除がしたいので、シイナには絶望してもらう必要があったんだよね。

・シイナの「つ……」がキツい。シイナにとって、守ってくれる人=鶴丸だったし、生きている可能性を信じたコマ。残念、まみこちゃんでした。

・のり夫についても話したい。9巻p.153で「僕が手を出したらすねるくせに」と言っている。つまり鶴丸は自分だけでシイナの世話を焼きたい、ってことなんだけど、いま話したいのはそこじゃない。のりりんはシイナの世話を焼こうとした(が鶴丸に邪魔された)。

・いや…………のりりん、くっそ可愛いじゃん……………………シイナをブスとか罵りながら気にかけてるって10巻に至らずとも分かる…………シイナっていわば恋敵よ? のりりんは鶴丸が好きだから。しかも今まで鶴丸が種付けしてきた有象無象とシイナは全然違って""ガチ""ライバルだよ。それでいて敵に塩をばら撒くのすごい。関取か。のり夫コイツまじ性癖の過積載だろ……………。

・「家出人、二人」から「日本の子ども」らへんまでの、鶴丸ハウスにおける一連のエピソードは神。

・最終兵器彼女で言うとラーメン屋でバイトするあたりが鶴丸ハウスの話かな。おやすみプンプンだと鹿児島、チェンソーマンだと早川家の旅行。その後は地獄に突き落とされる。のり夫、健気か。

・物語というもの、クライマックスの地獄に向けて必ず幸せな日常シーンがあるの何? 怖いんですけど……

・私はこの現象を「ジェットコースターの上り坂」と勝手に呼んでいる。幸せなシーンは残穢の100倍怖い。クソ怖いので、今後はやめるように心がけてください。

・やめるようにと言いつつ、自分も小説を書く時はそうしている。起承転結の転の直前に、穏やかなシーンをかならず挿入する。だってそのほうがメリハリつくし面白いから。

・結局これなのよ。理(り)。なるたるはクッソ不条理なストーリーに見えて、きちんと理がある。面白さとはなんなのかを完全に熟知して描かれた話。

・鬼頭莫宏先生がなるたるを童話だと言い張っていて「は?」と思ったが、今なら分かる。テンプレがあって、教訓があるとしたら、これは童話です。

・そういうわけなんで、なるたるは読んでください。大掃除といえば「なるたる」なので、大晦日に全巻読破、どうですか。

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