転職すべき?学校教師は本当にブラックなのか

 昨今、学校教師の労働環境に関するニュースが目立ってきており、「長時間労働を強いられている」「学校はまるではブラック企業だ」といった教職員に対する認識が定着しつつある。

 「メンタル不調による休職者が増えている」「退職者が増えている」など断片的な情報は得られるものの、本当に教師の労働環境が劣悪なのか、について自分で分析してみようと思い、本記事を書いた。


本分析(学校労働環境)のアプローチ

 本調査では学校教師の労働環境について大まかに知るために、以下の4つの観点で分析を試みた。

  • 業務負荷(メイン業務である生徒指導について)

  • 離職率

  • 労働時間

  • やりがい

1. 生徒指導の負荷について

 教師一人が担当する生徒の数が多ければ、その分業務負荷は増えると考えられる。そこで、教師一人当たりの生徒数を各年次ごとに計算してその推移を調べてみた。幼稚園、小学校、中学校、高等学校それぞれの結果をグラフにまとめたものを図1に示す。
 このグラフを見ると、教師一人当たりの生徒数が年々減少していることが分かる。例えば小学校の一人当たりの生徒数は、1958年には36.9人だったのが2022年には14.5人まで減っており、およそ60年で6割ほど減少したことになる。これは教師の生徒指導に関する負担が軽減していることを示唆している。もちろん昔に比べて生徒一人ひとりに対してきめ細かな指導が必要になっている、などの現場事情はあるかもしれないが、それでも生徒数の観点では間違いなく負荷は減っているはずだ。

図1. 教師一人当たりの生徒数 推移
(「文部科学統計要覧」のデータを基に作成)

 ちなみにこの教師一人当たりの生徒数の推移について、その内訳を教員および生徒数の推移として図2に示す。全体の傾向を紐解くのは難しいが、ここ30年程の傾向は共通しており、生徒数は減少している一方で教員数はほぼ横ばいとなっている。生徒が減っているのは少子化の影響と考えられるが、教員の数はそれに合わせて減らすことはせず一定となるように募集・採用していることが伺える。「教員志望の人が減っている」「教育現場は人不足である」といった声も聞かれるが、このグラフの傾向からはそのようには読み取れず、仮に教員数を増やしても(今までも相対的には教員数は増えているおり、それでも「教師が働きやすくなった」といった声は聞かれないことを考えると)労働環境の大きな改善は見込めないだろう。

図2. 教師および生徒数 推移
(「文部科学統計要覧」のデータを基に作成)

2. 教師の離職率について

 次に、下記のような「教師の退職者が増えている」といったニュースも多く、実態を正しく把握するために離職率の観点から検証した。過去の離職者数および離職率についてまとめた表1やその結果に基づく考察を行っている。離職率の計算方法についての説明も追加し、具体的な数字とともに解説している。 

 尚、今回の離職率の計算では次年度の教員数を使用しており「分母は年度の初めの数字を使う」という一般的な離職率の定義とは異なるが、同ソース内で対応する数字がなかったこと、さらにこちらの値を使っても結果は大きくは変わらないことを考慮して、本計算値を検証に用いた

表1. 教師の離職者数および離職率
(「令和4年度学校教員統計中間報告」を基に作成)

 その結果、幼稚園教員の離職率は5%程度とやや高いものの、小学生以上では1%台と非常に低い値で推移していた。平成24年から令和3年の約10年間でほんのわずかに上昇しているが、民間では「離職率5%を切るとホワイト企業」と言われている中で離職率2%以下を維持している小中高の教職は「退職が少なく人材が定着している」と結論付けても良いだろう。
 むしろあまり話題にならない幼稚園の方が近年5%を上回ってきており、問題視されるべきである。図1の教師一人当たりの生徒数も特段多くなく、児童対応の負荷も年々軽減しており、かつ中高のような部活動もない幼稚園教員がなぜ離職率が高いのか、その対策と併せて検討していく必要があると考える。

表2. 教師の精神疾患による離職者数および離職率
(「令和4年度学校教員統計中間報告」を基に作成)

 また、精神疾患による離職についても表2にまとめた。確かにここ10年で離職者数、離職率ともに上昇傾向にあり、対処すべき問題ではある。しかし、全体の離職者数および離職率に与える影響としては限定的であり、この数字だけを読み取って「学校現場はブラック企業のようだ」と結論付けるのはあまりにも安直である。実際に「メンタル壊して辞めていく先生が非常に増えている」といったような報道も多く、教師に対する認識が実態と少しずれてきている。
 もちろん、この精神疾患による離職数が増えていることは大きな問題である。どういった背景で疾患しているのか、どうすれば防げたのか、などきちんと分析し、すべての教職員が働きやすい環境づくりを、現場任せでなく然るべき機関や権力者が主導して行う必要がある。

3. 労働時間について

 最後に教師の労働時間について調査した。小中学校に在籍する教員の一日あたり在校等時間(民間企業での勤務時間に相当)および持ち帰り時間(いわゆる「持ち帰り残業」)をまとめたものを表3を作成し、その結果を解説する。

表3. 教師の一日当たり在校等時間および持ち帰り時間
(令和4年度教員勤務実態調査 速報値より引用)

 表3を見ると、令和4年度の平日における労働時間(在校等時間+持ち帰り時間)は約11時間30分であり、標準労働時間を8時間とすると毎日3.5時間残業していることが分かる。また、土日の休日出勤(小学校で約1時間、中学校で3時間ほど)も考慮すると、小中学校の教員が日常的に行っている時間外労働が過労死ラインを超える水準(月80~90時間の時間外労働)であることが浮かび上がる。巷で言われている「学校は長時間労働が蔓延している」というのは数字上でも明らかな事実であった。
 また、同表には平成28年の結果もあるが、平日/土日ともに在校等時間および持ち帰り時間の両方とも、わずかではあるが改善傾向にあることが分かる。

図3. 教諭の1日当たりの在校等時間の内訳
(令和4年度教員勤務実態調査 速報値より引用)

 ではなぜ教師はこれだけの時間外労働に追われてしまうのだろうか。1日当たりの残業時間(在校等時間)の内訳を図3に示す。平日で最も時間を要しているのは小中学校ともに「授業(主担当)」であるが、全体に占める割合はそれぞれ約40%、30%と半分以下であり、特定の業務に追われているというより様々な業務に少しずつ時間をとられている様子が窺える。すなわち、授業の負荷を減らすとか会議や学校行事を減らすなどしても、この多岐に渡る業務をバッサリ整理しない限り、劇的な労働環境改善は見込めないと考えられる。

 このように教師が授業や生徒指導以外の業務に忙殺されているのは、日本民間企業の総合職社員と似ている。海外のように役割や業務内容を詳細に定義した職務記述書はなく、雑用から本業まで幅広く対応しなければならない彼らと同様に、学校の先生は授業とは関係ない事務作業や学校行事に時間を取られ、責任元が曖昧であるが故に開催される「とりあえず全員出席」の会議に参加しなければならない。

図4. イングランドの学校労働人口の内訳
(Teach For JAPANサイト(https://teachforjapan.org/journal/13311/)より引用)

 日本と同様に学校教師の長時間労働問題を抱えて、一足先に国レベルで改善へと動いているイギリスの例を挙げる。図4に示す通り、イングランドの学校現場では教員とほぼ同数の教員以外の教職員が在籍している。補助教員の他にも事務職員や技術者も一定数在籍しており、業務分担を進めて教員の負荷を減らそうとしているのが分かる。また、韓国やフィンランドでも生徒指導以外の業務を減らして、本業である「教育」業務に集中できる環境が整備されており、日本も見習うべきポイントは多いように思える。

4. やりがいについて

 過労死ラインの長時間労働に追われながらも、離職率はホワイト企業並みの2%以下に留まっている。その理由については、教師への意識調査結果を基に考察した。
 仕事や生活に関する満足度のアンケート結果を図5.に示す。「やりがい」に対する肯定的な回答が多かったことから、教師としての仕事に対する満足感が離職を抑制している可能性がある。
 具体的には、「仕事と仕事以外の生活とのバランス」については否定的な回答が優位だったのに対して、「教師としての仕事そのもの」や「仕事(様々な面から総合的に判断して)」といった仕事に関する項目では半数以上が「満足」側に回答している。すなわち、長時間労働で生活は犠牲になってしまうが、教師という仕事に対しては満足している人が多いことが分かる。「雇用の安定性」も非常に満足度が高く、「年収」についても比較的ポジティブな回答が多いが、他の公務員や民間企業でも替えは効くものであり、教師ならではの仕事に魅力を感じている人が多く、辞めずに続けている人が多いと考えられる。

図5. 教師への意識調査結果
(令和4年度教員勤務実態調査 速報値より引用)

まとめ

  • 過労死ラインの長時間労働に追われており、業務負荷の観点だけで言うと小中学校の教師は「ブラック企業」レベルである。

  • 少子化によって教師一人当たりの生徒数は減少しており、生徒指導の負荷は一見減っているように見えるが、労働環境は改善されていない。

  • そのような環境にもかかわらず、教師という仕事にやりがいを持っている人は多く、離職率は現在も非常に低い。

提言

 以上の分析より、小中学校の現場にいる先生方はニュースで話題になるほど崩壊しているわけではないことが分かった。とは言っても教師の生活や家庭を犠牲にしていることには変わりなく、今後も「やりがい」だけで人材を定着させるのは人道的に問題がある。私立学校や民間の学習塾などの労働環境動向次第では、そちらに人材が流出してしまうことも考えられる。
 このような懸念を払しょくするために、教職員の方々の「働き方改革」を進めることが急務である。

  • 事務員やその他スタッフを増やして教師の事務負荷を軽減させる

  • 学校行事を減らしたり簡素化する(あるいは外注する)

  • 学校単位の部活動を廃止して、地域コミュニティ等で代用する

など生徒指導以外の業務負荷を根本から減らす努力をしない限り、いつまでも教師の「やりがい」に甘え続けなくてはならなくなる。学校現場や自治体での改革には限界があるので、権限やリソースのある文部科学省や政府が本腰を入れて取り組むべきであると考える。

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