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【ネタバレあり】「それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン」感想

 「それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン」は、劇場版のアンパンマン映画だ。それを、いい年したおじさん2人で見に行った。内容としては最高だったので、ぜひ紹介したい。毎度のことながら、ネタバレを含むのでまずは見に行ってほしい。

あらすじ

 悪事を働くも、いつものようにアンパンマンにやられたばいきんまん。吹き飛ばされた先で、自分が主人公になっている絵本に出会う。絵本の内容は、「森の生命力を吸い取り枯れさせる“すいとるゾウ”に故郷を追われた妖精ルルンが伝説の勇者ばいきんまんに助けを求めるため砂漠を彷徨っている……」そこまで読み進めたとき、絵本が光に包まれ、ばいきんまんは絵本の中に吸い込まれてしまった。果たして、“伝説の勇者”ばいきんまんが取る行動とは……。

まず言いたい

 「子供向け映画が面白いとかオタクのノリだろ」「Twitter特有の誇張表現」と思われるかもしれない。いや、この映画、本当に面白い。子供向け映画であり、時間も約60分と短い関係で、大人向け映画に比べれば多少ご都合主義な部分もないとは言えない。だが、この映画の本質はそこではない。多少のご都合主義がどうでもよくなるくらい、ばいきんまんがかっこいいのだ。順を追って説明していきたいと思う。

アンパンマンとばいきんまんについて

 正義の味方であるアンパンマンが徒手空拳で戦うのに対し、悪のばいきんまんはメカを含めた道具を使用して戦う。悪いことをしたばいきんまんを正義のアンパンマンが懲らしめて一件落着。正義と悪を対比した、勧善懲悪というのが通常の「アンパンマン」のストーリーだ。映画においては、ばいきんまんにフォーカスするわけだが、ばいきんまんを「何度アンパンマンにやられても諦めない」という切り口で表現する。

何がそんなに面白いのか

装備を全て奪われた状態でのスタート

 絵本の中に吸い込まれ、実質的に異世界転生のような状態に置かれたばいきんまん。助けを求める妖精ルルンに連れられて森へと足を運ぶ。アンパンマンのいない世界で天下を取れれば世界征服も夢ではないと企んでいた。森で初めて対峙したすいとるゾウは、ばいきんまんの何倍もの体躯に加え、圧倒的なパワーを持っていた。「最強の俺様にかかればすいとるゾウなんて楽勝」と安請け合いをしたばいきんまんであったが、そこで初めて自分が何の装備も持っていないことに気付く。引くに引けず素手で立ち向かうも一撃でやられてしまう。
 やっていられない、と帰ろうとするばいきんまんであったが助けを求めて泣くルルンに負けて再戦を決意。次は絶対勝てると豪語するばいきんまんであったが、ルルンに一言付け加える。

「だが、勝つにはメカが要る」

 このセリフがかっこよすぎる。絶対に勝てる、と一見根拠のない自信をひけらかしているかのように見えて、その実しっかりと自分の能力をわきまえて勝つために必要な条件を割り出していたのだ。しかしここは森の世界。あたりを見渡しても木があるのみであった。「お城にならもしかしたら」というルルンの提案で遥か高所にある朽ちた城に向かうことになる。

ばいきんまんの圧倒的技術力

 朽ちた城にたどり着いたばいきんまん一行。かつては華やかであったであろう城は、すいとるゾウに退去を余儀なくされ、人気がなくなってからかなりの年月が経ったのであろう、床も壁もボロボロであった。ばいきんまんの頭上から朽ちて支えを失ったシャンデリアが落下してくる。間一髪で避けたばいきんまんはそれを見て言った。

「鉄だ!」

 まさかの具体的な素材。確かにメカを作る際は金属がいるだろうとはなんとなく思っていたが。

 やったー!金属があったのでメカが作れるぞー!となると思っただろうか。甘い。鉄を入手したばいきんまんがまず行ったことは、空気を送り高温を発生させ鉄を溶かす道具の作成、そして溶かした鉄を利用したのこぎり、のみなどの道具の作成だ。その道具を活用して木を効率的に切り出し、さらに鉋(かんな)などの道具も充実させていく。木で型を作り、鋳造により必要な金属部品を次々に制作していく。木は鉄の使用を最小限にするためか、日本の伝統技法である木組み(釘を使わずパズルのように木を組み合わせて接合する技法)を用いて組み立てていく。圧倒的な技術力。この過程を見てテンションが上がらない者はいるのだろうか。

ルルンとの交流

 ばいきんまんに助けを求めた妖精ルルン。仲間たちの中では最も非力で、他の仲間が可能な飛翔や森の力を借りたツタ攻撃などもできず、すいとるゾウの襲来に対してもただ逃げることしかできなかった。
 ばいきんまんがメカを作る過程を手伝うよう言われるも失敗ばかり。仕舞にはばいきんまんに「あっちへ行ってろ」といわれる始末。「やっぱりルルンには無理なんだ」と涙を流すルルンにそっぽを向きながら「俺様もアンパンマンにやられてばかりだ」と寄り添いを見せるばいきんまん。
 正義の味方であるアンパンマンのような底抜けの優しさは見せないものの、見捨てることなく時に寄り添うばいきんまんのまさしく職人のような優しさ。ここから、失敗を繰り返しつつもルルンは本格的にばいきんまんのメカ作りの手伝いをするようになり、良き助手としてしっかりと力になっていく。
 メカの完成目前、あとはこの釘を打ち込めば完成というところで、ばいきんまんはルルンをまっすぐに見据え、ハンマーを渡す。意図するところを察したルルンは笑顔でそれを受け取り、最後の一打を加えた。主原料に豊富な木材を使用し、鉄資源の使用を最小限に抑えた「ウッドだだんだん」の完成である。 

ばいきんまんの自信

 勝つためのメカが完成した。これですいとるゾウを倒すことができる。「頑張ってきてね」とばいきんまんを見送ろうとするルルンに「お前も行くんだよ!」とばいきんまん。怖くて仕方ない、と涙するルルンに

「俺様もちょっと怖い。だが俺様は最強だ。アンパンマンには何度も何度も負けたが、それでも俺様は最強だ。」

 どれだけ名言を生めば気が済むのだこの男は。あまりにもかっこよすぎる。ばいきんまんとは、努力の人なのだ。自分を信じ、その身に力が足りなければそれを補う技術も身に着け、何度失敗しても決して諦めない。この熱さが、心の震えが、果たして子供たちだけのものと言えようか。
 ばいきんまんの勇気に背中を押されたルルンはウッドだだんだんに乗り込むことを決意する。ウッドだだんだんにはルルンの席も用意されていた。はじめはあっちに行ってろと突き放していたばいきんまんが用意していたのだ。決戦の時が迫る。

目的を達成するために必要な選択とは……

 すいとるゾウと2度目の対峙。すいとるゾウとばいきんまん達の乗るウッドだだんだんは互角に立ち回る。この戦闘シーンも熱い。単純な殴り合いに留まらず、鎖で相手の動きを制限したり、はるか先まで吹っ飛ばされたり、すいとるゾウの牙を折ったりなどかなり激しい戦闘描写がなされる。努力の甲斐あってハッピーエンドかと思ったのも束の間、すいとるゾウの一撃によってウッドだだんだんは無残にも破壊され、コックピットである頭と胴体が乖離してしまう。
 コックピットだけとなり戦闘不能となったウッドだだんだん、そしてそれに乗るばいきんまんとルルンにすいとるゾウの攻撃の手が迫る。考えを巡らせ、一瞬ためらいを見せたばいきんまん。ルルンの手を取り、大空へ放り投げながら叫んだ。

「アンパンマンを、呼んで来い!!!!!」

 あなたが大人だとして、この選択をできるだろうか。現状を判断し、プライドよりもルルンと森を守ることを優先し、あの宿敵であればこの状況を打破できると信じ、助けを求める。それをこの男は、普段は自分勝手でわがままに描かれるこの男は、瞬時にやってみせたのだ。
 時空の扉が開き、ルルンはばいきんまんの元居た世界へ飛ばされる。

かっこいいのはばいきんまんだけではない

 絵本の外の世界に飛ばされたルルン。かなりの上空に召喚されてしまい、地面に向かって落下していってしまう。ばいきんまんがいない今、助けをくれる存在は一人しか知らない。
 「アンパンマーーーン!!!」
 その刹那、現れる優し気な顔のヒーロー。ルルンは抱きかかえられ安堵する。「ありがとう、あなたはだぁれ?」

「ふふふ、君が呼んでくれたじゃないか」
「じゃあ、あなたがアンパンマンなのね!」

 お洒落過ぎません?アンパンマン、粋な返しすぎる。ばいきんまんと別ベクトルのかっこよさを持つ男がここに。
 「ばいきんまんを助けてほしい」そう訴えるルルンにアンパンマンは面食らう。常に悪事を働く困り者であるばいきんまん、それを助けてほしいというのは珍しい願いであっただろう。しかしアンパンマンは驚きはすれどそれを否定することなく受け入れた。
 ひとまずルルンとともにパン工場に向かうとドキンちゃんをはじめとしたばいきんまん一味が「ばいきんまんがいなくなり、そしてこんな絵本が落ちていた」と騒ぎやってきた。それは最初にばいきんまんが吸い込まれた絵本であったが、絵柄が変化し、内容も追加されているようだった。
 バタコさんがそれを読んで聞かせる。ここで絵本の読み聞かせという形で物語の最初から現在までのおさらいをしてくれるのが、子供向け映画として非常に優れていると感じた。話が長いと何が起こっているかわからなくもなるだろう、それを野暮な形で説明するのではなく、自然な形で復習させてくれるのだ。
 絵本の内容は途中で途切れていた。それはまさしく現在進行形で起こっていることであり、森を、ばいきんまんを助けてほしいとルルンは改めてアンパンマンに頼み、二人は絵本の世界へと飛び込む。

絶望

 ルルンが戻った絵本の世界は、ほぼ砂漠と化していた。すいとるゾウが森という森の生命力を吸い取り、枯れさせたのだ。探せど探せどばいきんまんも、妖精の仲間たちも見つからない。あまりの不安に涙するルルン。

「このままみんな見つからなかったらどうしよう」
「大丈夫、きっと見つかるよ」
「私一人になっちゃったらどうしよう」
「僕がいるよ」
「アンパンマンもいなくなっちゃったら?」
「それでも、君の心の中に僕も、仲間たちもいるよ」

 もうこれを、なんと言葉にしていいのかわからない。正義の味方として絶対に共にあり続けるという決意、絶対に助けるという決意なのか。ばいきんまんとはまた違った自信なのだろうか。これを伝えるアンパンマンの口調は、不思議なくらい穏やかなのだ。
 そんな時、遠くで土煙が上がる。

対立と信頼

 土煙の出所で、アンパンマンがすいとるゾウと相見える。さすがは歴戦のヒーロー、順調にすいとるゾウにダメージを与えるが、そこですいとるゾウの毛皮が剥がれ落ちる。すいとるゾウは金属の体を持つメカだったのだ。そしてその胸にはばいきんまんが捕らえられていた。ばいきんまんを気にしてアンパンチを撃つことを躊躇うアンパンマンに「俺様ごとやれ!やられ慣れてる!」と言い放つばいきんまん。ドラゴンボールのラディッツ戦じゃないか。アンパンマンはばいきんまんが捕らえられている部分に向かい、ばいきんまんを捕らえる鉄格子を破壊すると「ルルンをよろしく」と言い残し、すいとるゾウのビームを浴びて子ゾウへと姿を変えられ無力化されてしまった。
 アンパンマンもまた、ばいきんまんを信頼している。普段から人ではなく、罪を憎んでいるのだ。ばいきんまんそのものを嫌いなのではない。互いに対立構造を描かれるも、一方で互いを信頼もするこの関係性、非常に熱いと思わないだろうか。

二の矢

 救出されたばいきんまんは無残にも頭だけになったウッドだだんだんに乗り込み操作するとその頭部は変形し、普段から愛用している、鼻先にドリルのついたモグラ型のロボ「もぐりん」へと変貌を遂げた。「俺様は最強だ」と自負しつつも、こうなることも可能性として考慮していたのだ。
 もぐりんに乗り込んだばいきんまんはすいとるゾウの足元に潜り込み、足場を崩す。ウッドだだんだんによる正面からの殴り合いに勝てなかった場合の二の矢は絡め手を使った戦略だった。あまりに用意周到、計算されている。隙を突きすいとるゾウの額にドリルの一撃を加えるも、もぐりんも破壊され、ばいきんまんも更なるダメージを負ってしまう。

パーティバランス

 そんな時、カレーパンマン、しょくぱんまん、メロンパンナちゃん、クリームパンダちゃん、そしてアンパンマン号に乗ったジャムおじさん一行が時空を超えて加勢に現れる。
 アンパンマン一行はアンパンしょくぱんカレーパン+クリームパンの4人が打撃型(カレーパンマンは遠距離攻撃+デバフ持ち)で、メロンパンナちゃんがかなりデバッファー寄り、パン工場の面々がヒーラーの役割をしていると戦いを見て思った。しょくぱんまんとカレーパンマンが率先して打撃ダメージを与え、メロンパンナちゃんがメロメロパンチで相手をメロメロにする。バランスのいい戦い方だ。しかし善戦虚しく全員がビームを食らい、子ゾウにされてしまう。残るは、ルルンだけ。

諦めることと、誰かの力を借りること

 窮地に立たされたルルンは怯えていた。だがしかし、もうかつてのルルンではなかった。ばいきんまんの姿を、アンパンマンの姿を思い出し、勇気を振り絞ると、胸のペンダントが輝きだす。「森よ、力を貸して!」かつて逃げることしかできなかった宿敵すいとるゾウを相手に、立ち向かうルルン。かつての弱く自信のない妖精はもうそこにはいなかった。
 本作品では、「諦めること」と「誰かを頼り、力を借りること」がそれぞれ描かれている。すいとるゾウに対抗することも、うまくばいきんまんを手伝うこともできず、どうせ自分にはできないと諦めるかつてのルルンに対し、絶対に諦めないばいきんまんが描かれている。ただしそれは自分で全てを賄うという意味ではなく、頑張った上でできないことは誰かの力を借りてもいいと、そういったメッセージなのだ。先述の通り、ばいきんまんはアンパンマンの力を借りてルルンを救おうとしている。そしてばいきんまんの背中を見てきたルルンが、今度は森の力を”借りて”、戦うまでに至った。大きな一歩を踏み出したのだ。自分にはできないと諦めることと、自分にできないことについて誰かの力を借りることは、似ているようでこんなにも異なるのだ。

 普通ならこの後ハッピーエンドなのだろうが、まだ終わらない。これまで吸い取った生命力で自らを強化したすいとるゾウに、ルルンは敵わなかった。異常な強さを持つこのすいとるゾウ、ばいきんまんはずっと既視感を覚えていたが、かつて自分が設計したが作り上げられなかった最強メカであると思い至る。なんの因果か、絵本の世界で具現化していたのだ。ここまでのばいきんまんの技術力を目の当たりにしてきたことで、すいとるゾウの強さにも納得がいく。ばいきんまんが絵本に吸い込まれるシーンで、その設計図が写っているのだ。子供向けでやる伏線回収じゃないだろ。
 
 ここで反撃の狼煙が上がる。子ゾウにされていたジャムおじさん一行が、衛生管理に配慮して前足にビニールを装着しパンをこねていたのだ。焼きあがった新しい顔をアンパンマンに投げる。顔を換装することで、元気が100倍になることは有名だが、状態異常も解除されるらしい。子ゾウからいつもの姿に戻ったアンパンマンは再びすいとるゾウとの闘いに挑む。その姿を見て、ボロボロだったばいきんまんも負けていられないと、破壊されたもぐりんに手を加え、いつもの見慣れたUFO型へと変形させ、アンパンマンとともにすいとるゾウに挑む。この男、まだ弾を隠していた。最終的にいつもの武器に落ち着くのも非常に熱い。これに背中を押され、ルルンも再び立ち上がる。

 ばいきんまんが目くらましで敵の隙を作り、ルルンがすいとるゾウの弱点、最初にばいきんまんがもぐりんでつけた傷までの道を作る。そしてアンパンマンが渾身のアンパンチを叩き込む。通った。ついに、すいとるゾウが陥落した。
 この共闘である。しかもばいきんまんがおいしいところを持っていこうとせずちゃんとサポートに回っているのがまた良い。

 すいとるゾウがこれまで吸い取った生命力が噴出し森が蘇り、平和になった世界でばいきんまんはそそくさと元の世界に帰ろうとしていた。「お願い、ずっとここにいて」と言うルルンに、正義のヒーロー扱いはごめんだとばかりに背を向けるが、「まぁ、たまにはこういうのもいいか」とルルン達の別れの挨拶を受け入れながら元の世界へと帰っていく。宿敵アンパンマンも戻るであろう、元の世界へ。敵のいない絵本の世界を自分のものにするという当初の目論見を覚えているかどうかは、彼のみぞ知るのだろう。

おわりに

 60分という、映画にしては短い時間の中に、良い要素があまりにもたくさん詰まっていたためストーリーを全部説明するような形になってしまった。だが、これくらい面白かったのだ。そこはわかってほしい。そしてぜひ映画館に行ってほしい。上映がなくなる前に。分かち合おう、この感動を。


これも人助けと思って。