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映像クリエイターが制作業務の契約を結ぶ時の勘所

 こんにちは。ネコテガシです。
 お仕事は、港区のCMやWeb動画を作る制作プロダクションのバックオフィスを担当していました。おもに得意分野は経理財務ですが、実際の仕事のボリュームは大量の契約書を作ったり、相手方文書のレビューをしたり、条件面の交渉などもしています。
 趣味の分野では、自主制作映画を作っており、独学だけでなく、デジタルハリウッド大学大学院といった専門性の高いところから、映画「カメラを止めるな」で話題になったENBUゼミナールの映像監督コースで学んだりしました。仕事でもデジタルコンテンツを販売している会社、スマホのネイティブゲームの会社、ゲームでないスマホアプリの会社で働いてきたので、企業の法務担当としては、エンタメ業界には詳しい方と自負しています。

 ところで、みなさん仕事を請け負う時、契約書を結んでますか?

 吉本興業の芸人さんの闇営業の件で、「契約書を結んでないってどういうこと?」ということがありましたが、映像業界もわりと、明確な契約書を結んでいないケースが散見されます。特に、現場だけで働くスタッフに対してはその傾向が強い気がします。逆に、映像の納品物を収めるクリエイターに対しては、権利関係の都合もあり、契約書をきちんと結ぶことが多いと思います。

 今回は、とあるコミュニティで、主に映像のクリエイター向けに、契約書を結ぶ時の勘所のお話をしようと思っていたのですが、都合により難しくなったので、noteに書きたいと思います。なお、この記事は請負契約を前提に記事を書きます。

基本契約書と個別契約書

 継続的に取引が行われるとき、取引全体に共通する事項を定めた「基本契約書」を作成し、個別の案件ごとに「個別契約書」または、「発注書」「注文書」などのようなものを発行するケースがあります。これは、特定の企業の間で継続的に受委託が行われる場合、その都度個別に契約書を作成すると双方の当事者にとって契約管理の手間がかかります。そこで、基本契約書を作成し、代金の支払い時期や方法、商品の引き渡しの方法など基本的な事項を合意しておき、個別の取引は簡便な契約書を作成することによって行うこととするためです。基本的な項目は基本契約で決め、個別の案件は個別契約によることを定める条項です。例1-1、例1-2のように各個に定める場合と、例2のように一つの条文に纏める場合とあります。

例1-1)
第x条(基本契約)
この契約は、甲が乙に対して委託する業務について適用する。ただし、甲の乙に対する個別の業務委託契約(以下「個別契約」という)は本契約の内容を構成するものとし、個別契約において、この契約と異なる定めをした場合は、個別契約の取り決めが優先して適用されるものとする。

例1-2)
第x条(個別契約)
1.個別契約は、個別契約書の締結した時点、若しくは甲が適宜定める書式の発注書を乙に交付し、乙が受領することによって、成立するものとする。尚、電子メールによる交付も可能なものとする。
2.次の事項については、個別契約でその内容を定める。なお、成果物とは、個別契約に基づき作成され、乙が甲に納入するものの全てをいい、別途作成する成果物一覧表に記載されたものをいう。
(1)
(2)
(3)
(4)
3.本契約が解除、解約または期間満了により効力を失った時点でまだ有効な個別契約がある場合には、本契約の規定は当該個別契約に有効に適用される。

例2)
第x条(基本契約と個別契約)
1.本契約は、委託業務に関する甲と乙間のすべての契約(以下「個別契約」といいます。)に適用されるものとします。
2.委託業務の個々の内容、仕様、納入物、納期、業務委託料、引渡し場所、検査を行う場合の検査期日等の事項(以下「発注条件」といいます。)は、本契約に定めるものを除き、個別契約にて定めるものとします。
3.個別契約は、以下の各号のいずれかを満たすときに成立するものとします。
(1)発注条件を記載した個別業務委託契約書に甲および乙双方が記名捺印したとき
(2)甲が発注条件を記載した書面または電磁的方法(電子メール、データファイル、FAX等を含み、以下同様。)により乙に対し申し込みを行い、それに対して、乙が書面または電磁的方法により甲に対し受諾の意思を表示したとき
4.甲は、甲が必要と認めた場合、乙に対して書面にて個別契約の解約または変更を要求することができるものとします。当該解約または変更によって乙に生じた損害または諸費用の増減等については、甲および乙で協議の上、処理するものとします。
5.基本契約の内容と個別契約の内容とに矛盾が生じる場合は、個別契約を優先するものとします。
6.本契約が終了したときに、本契約に基づき締結された個別契約が存在する場合には、甲の別段の意思表示がない限り、当該個別契約はその効力を有するものとし、当該個別契約に定めのない事項は、本契約に準ずるものとします。

 注意点は、基本契約と個別契約とで矛盾が生じた場合、どちらの定めを優先させるか、優先条項を必ずいれるべきです。

個別契約において、この契約と異なる定めをした場合は、個別契約の取り決めが優先して適用されるものとする。

 個別契約を優先させるメリットは、現場の実情に応じて柔軟に内容を変更できる点ですが、個別契約を優先させると、契約関係のガバナンスが効かなくなるというデメリットがありますため、ガバナンスや統制を優先する会社では基本契約を優先させる場合があります。クリエイターにとって、どちらが有利かはケースバイケースですので、よく検討してください。

業務委託料と支払

基本的には、業務委託料は、個別契約に依拠するのが通常です。

第x条(業務委託料と支払い)
甲は、業務の履行の対価として、個別契約にて別途定める金額(以下「業務委託料」という)を、乙に支払うものとする。

また、委託料の支払サイトは基本契約に定める場合もあるかと思います。

甲から乙に対する業務委託料の支払期限は、毎月末日締めの翌月払い(当該日が銀行の休業日に該当する場合は、その後の最初の営業日)とする。

工期が長期にわたる場合、キャッシュフローに懸念がある場合は、一部、前金をもらうなどの記載も考えられます。また、これは個別契約書に記載することも考えられます。

甲は、乙に対し、業務委託料を以下のとおり分割し、乙の指定する金融機関の預金口座に振込送金して支払うものとする。
(1)個別契約にて別途定める案件制作開始日まで業務委託料の50%
(2)成果物の検査合格後30日以内業務委託料の50%

検収

納品後の検収について、検収期間と不具合の修正などのリテイク期間についてさだめます。検収は、一般的ににトラブルの発生が多いです。

第x条(検収)
1.乙は、成果物を個別契約にて別途定める期日までに、別途甲乙協議のうえ定める方法により甲に納入する。

上記のように、納品日については個別契約にて決めることが一般的です。なお、納期に間に合わなかったケースも考慮して以下のような文言を入れておくことも考えられます。

納入遅延のおそれがある場合、委託者に対しその旨を遅延理由とともに直ちに通知し、新たな納入予定日等について指示を受ける。

 次に、成果物を納品したのに、チェックしてもらえず報酬を請求できない事態を避けるため、検収の期限も設定しておくべきです。

2.甲は、前項所定の成果物の納入後2週間以内に、個別契約書の仕様に一致するか否かの検査を行い、その結果を乙に通知するものとする。

委託側の検査に合格しなかった場合の取り決めも行うべきです。再納入の期間を確保る必要があります。

3.前項所定の検査に合格しなかった場合、乙は、直ちに無償にて成果物を修補し、再度前項の規定に従って甲による検査を受けるものとする。なお、甲の検査は、再納入後2週間以内とし、その結果を乙に通知し、合格しなかった場合、これを繰り返すものとする。

ただし、上記のように、検査に合格しないとリテイクを繰り返す契約だと際限がなくなる可能性があります。回数や工数などの制限を入れることも検討すべきです。

4.乙が本条第2項及び第3項に定める期間内に成果物の検査結果の通知を甲から受領しなかった場合、当該期間の満了をもって、成果物は、甲による検査に合格したものとみなす。ただし、乙の責に帰すべき事由による場合にはこの限りではない。

最後に、検収期間がすぎたにも関わらず何も連絡がない場合に備え、自動的に報酬を請求できる契約とすると安全です。

瑕疵担保責任

 検収を終了したあとで、成果物に瑕疵(欠陥やミスのこと)が見つかる場合があります。その瑕疵に対応する期間をこの項目で定めます。 受託側にとっては瑕疵担保期間は短ければ短いほど良いです。なお、民法では、瑕疵を理由とする損害賠償請求等の権利行使は、買主が事実を知ってから1年以内にしなければならないとされています。

第x条 (瑕疵担保)
検収後に成果物に瑕疵が発見された場合には、当該瑕疵が委託者の責に帰すべきものである場合を除き、受託者が無償で補修を行うものとする。
但し、受託者の無償補修は、当該瑕疵のかかる成果物の検収完了日より○ヶ月以内とし、委託側から瑕疵補修の請求が受託者になされた場合に限られるものとする。

著作権・知的財産権

 クリエーターがよく検討しなければならない規定に、著作権の帰属の規定があります。発注者側は、お金を出して委託する以上発注者側にあらゆる権利が帰属すると規定したいと考えます。しかし、クリエーター側は、成果物の一部やノウハウを再利用したいといった要請や、もともと持っていたノウハウやライブラリなどを使っている部分について再利用できなくなってしまうことを考えて自身に留保したいと考えることもありえます。
 発注者有利な条文としては以下のような一般の業務委託契約のテンプレートが考えられます。

第x条(成果物の著作権)
成果物に関する日本国内及び外国の著作権(著作権法27条及び28条の権利並びにそれらに関連する外国の権利を含む。以下同じ)は、当該著作権の発生と同時に乙から甲に譲渡されるものとする。
2前項の著作権が従業員等に帰属する場合、乙は、当該著作権を乙の責任と費用負担により譲り受けるとともに、甲に譲渡しなければならず、甲が要求したときには従業員等から当該著作物を譲り受けたことを証明する書類を甲に提出するものとする。
3乙は、甲又は甲から正当に許諾を受けた第三者に対して成果物にかかる著作者人格権を自ら行使せず、かつ、従業員等にも行使させないものとする。
4乙は、甲に譲渡された著作権にかかる成果物を本業務を遂行する目的以外に利用してはならない。但し、別途甲乙間で利用の許諾にかかる契約を締結したときはこの限りではない。
5乙は、甲からの求めがあった場合、甲の費用負担により、甲に著作権が譲渡された成果物に関する著作権移転登録及び著作物の制作年月日その他の登録に関し、十分に協力するものとする。

 受託側のクリエイターが自身のノウハウを守る方法としては、上記3項(太字)の著作者人格権の行使禁止の項目を入れないという事が考えられます。
 また、ノウハウを守る別の方法として、個別契約書の話になりますが、納品物について、レンダリング済みの映像のみを納品物と明確に定義し、ワークファイルを含めないように定義することも考えられます。

 とはいえ、制作された映像の著作権は、たとえ発注者が製作費のすべてを出したとしても、その創作的行為に「発意と責任を有する者」に帰属していると考える著作権法の原則に沿うと、以下のような、利用権だけを渡すことも考えられます。

第x条 (成果物に関する権利)
1乙から甲に納品された制作物についての著作権は乙に帰属する。
2乙は甲に対し、納品された本件制作物について、以下の権利を許諾する。(1)制作物を使用・複製する権利、およびインターネットを通じてアップロード、ダウンロード、送信などする権利。
(2)必要に応じて制作物を改変し又は、他の著作権と合体する権利。
(3)制作物の複製・改変物を独占的に販売する権利。

損賠賠償

 損害賠償について、発注側は、万が一に備えて広範囲に賠償がなされれるように条文を設定しがちです。

第x条(損害賠償義務)
甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。

 多くの場合、受託側は、責任範囲を限定的にさせる修正を要求すべきです。例えば、故意または過失の場合に限る場合は。

甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、故意又は重過失の場合に限って、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。

あるいは、金額に上限を設けることも考えられます。

甲又は乙は、本契約に違反して相手方に損害を与えた場合には、相手方に対し、その損害を賠償しなければならない。ただし、甲が乙に対して負う損害賠償の金額は、〇〇〇円を超えないものとする。

また、災害などの場合には免責になる条項をいれることも一般的です。

甲および乙は、本契約に基づく自己の義務の不履行又は履行遅滞が暴動、戦争、天災、疫病の蔓延又は政府若しくは政府機関による行為などの不可抗力により生じた場合、その不履行又は遅滞につき相手方に対し責任を負わない。

打合せ

第x条 (打合せ)
乙は、甲からの要請に応じて、本件制作業務に必要な打合せを行うものとする。

 上記のように、打合せへの参加義務が記載されるケースがあるが、これも頻度や時間により際限なく行われると大変なので、上限の回数や時間を設定する事や、電話、インターネット会議も可能なように設定することも考えられます。

原版保管

状態の良い場所の確保や、数が多いと場所もとることから、過度な義務とならないよう検討が必要です。期限以降は自動的に破棄できる条文とすることも考えられます。

第x条(原版の保管)
乙は、本映像の原版を、原則として、本映像完成後○年間、責任を持って保管するものとする。保管期間を経過した後の原版の保管については甲乙別途協議により決定するものとする。

期限以降は自動的に破棄できる条文とすることも考えられます。

保管期間を経過したものは、甲は破棄できるものとする。

ちょっとしたメディア(保存媒体)でも、数が多くなると保管場所や保管方法で手間も場所もお金もかかる場合があるので、意外と良く考えておく必要がある項目になります。

記事は以上です。ありがとうございます。
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