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ゾンビ・ニューヨーカー・インターネット

脇に草木が生い茂る荒廃したハイウェイは、むせ返る腐敗臭と血潮の匂いで満ちていた。打ち捨てられたクルマには近寄りたくない。

「なあジョッシュ、人間は死んだらゾンビになるのにロボットはゾンビにならないんだ?」

日本刀を振り回してゾンビを蹴散らす大きなバックパックを背負った長身の黒人が、憂鬱な顔で俺に問いかけた。

「ボブ!俺が悪かったって何度も言ってるだろ⁉︎こんなちっこい弓もどきに鉄の塊を吹き飛ばす力があるなんて想像できるか⁉︎」

バックパックの口から腕の形をした鉄の塊がはみ出ている。そのバックパックには、壊れたロボットが詰まっている。

「だからってミドリチャンに向けることないじゃないか……イケそうだったのに……」

無機物性愛者め、と心の中で愚痴りつつ元凶たる手元の手のひら大の“弓もどき”を睨みつける。真っ黒な塊で、手に馴染む持ち手に、短い筒とその根元に平行に食い込むレンコンのように穴が空いた円柱があり、指で押せる小さいレバーのようなものが2つ付いている。

コレを拾ったのはつい昨日のことだ。ひさびさのコンクリート・ジャングル区画にて、大量の缶詰と金に満ちた宝部屋を発見して興奮していたところ、部屋の隅にちょこんと置かれているのを見つけたのだ。

その足で酒場へ行ったのが良くなかった。腐っても(ゾンビ世界ジョーク)男な俺たちはオモチャで遊ばずにいられない。

べろんべろんに酔っ払いながらいじっていると、唐突に轟音が響き、何かが発射されたらしかった。慌てて見回しても誰も倒れておらず、そこは良かったのだが……。

「よりによってあそこの壁の裏にいるなんて分からないだろうが!」

矢玉は壁を貫通し、向こう側にいた酒場のメイドロボットのミドリチャンの頭をぶち抜いたのだ。壁裏を覗いたボブが泣き叫んだせいであっという間に気づかれてしまい、ロボット殺しだと俺たちは町を追われ、今もこうして逃げている。

……こうして整理すると、ボブが多少不憫に思えたので、少し励ますように声をかける。

「だから俺たちは罪滅ぼしのためにこうして『インターネット』を探してるんだろ?」

そうだったな、と頷きゾンビの頭を縦に両断したボブの陰鬱な顔が少し明るくなる。俺たちが目的地の方角を見ると、天をつく鉄の巨木が群生している。

俺たちが知る中でもっとも巨大なコンクリート・ジャングル、通称『ニューヨーク』。あれが俺たちの目的地だ。ボブがゾンビの首を切り飛ばしながらぼそりとつぶやく。

「死んだひいおじいちゃんがいつも言ってたんだ。『インターネットにはなんでも載っている。金の作り方も、ゾンビの簡単な殺し方も、裸の女の写真も』」
「白人のチビでも背を伸ばす方法もあるのかな」
「きっとあるさ!何でも書いてるんだから!」

へへっ、と俺の冗談にボブが真面目に励ます。 

「じゃあ、お前はミドリチャンを直す方法を見つける。俺は身長を伸ばす方法を見つける」

何人かのゾンビを蹴散らしたボブは、刀の血のりを拭き取った後、うんうんと頷く。周りを見回しても、ゾンビの影はない。ひとまずのところは大丈夫そうだった。ボブのものよりは小さいバックパックを担ぎ直して、歩みを進める。

「ところでよ、ジョッシュはその弓もどきで戦わないのか?」
「前も言ったろ?コイツは音がデカすぎる。ヤツらがわらわらと集まってくるさ」 
「でも、それなら10匹ぐらい来ても蹴散らせるんじゃないか?」

確かに、と手元の弓もどきを眺める。矢玉となる細かい金は逃げる時に全財産持ち出したため、10発ぐらいはどうってことはない。しかし……視界の端に大きな鉄の巨木がちらつく。

「10匹で済むのか?」
「100匹でもオレがガチればいけるんじゃ……」
「1000匹だったら?」

ボブがぱちくりと目を瞬き、ニューヨークの巨木を指さす。

「あのコンクリート・ジャングルにいるゾンビたちは俺たちの町の人より多いのか?」
「もっと多いかもしれない。だってよ、ニューヨークに行って帰ってきた奴はそこそこいるけど、『インターネット』なんてウワサも聞いたことがない」
「あまりのゾンビの数にみんな途中で諦めたってことか……」

ボブはごくりと唾を飲む。しかし、ん?と首を傾げる。

「でも、諦めない奴もたくさんいるだろ?インターネットの端っこぐらい持って帰ってる奴がいてもいいもんだけど、そこはどうなんだ?」
「諦めなかったやつが全員、帰ってこなかったってことだ!」

サァ、とボブの顔が青ざめる。自分たちが今から立ち向かうジャングルの脅威に気付いたようだった。

「……弓もどきは使えないな」
「そうだ。音を消す方法とかあればいいんだけど」

筒の先端に何かすれば音を抑えられるのだろうか?ニューヨークの奥地を探せば取り付ける部品か何かあるのかもしれない。

「なぁボブ、何かこれの先端に取り付ける部品とか見たことないか?」
「無いなァ…。でも金はたくさん持ってるから、切れたら言えよ」

金が矢玉になる。今更だが、偶然にしては出来すぎだ。どんぐりほどの金属の入れ物に燃える砂が入っている最高の資源、金。そんな金を矢玉にするなんて一体誰が思いつく?いや、金が矢玉になったんじゃなくて……。

「……弓もどきが先なのか?」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」

奇妙な道具だ。高度な加工を施された細部をまじまじと見つめる。コンクリートが劣化しているハイウェイは地面が不安定なので、足元には気を付けながら。

そのせいで、いつのまにかクルマの上に立っていたゾンビに気づかなかった。ガサリと音がした時にはすでに、大きな口を開けて、俺へ飛びがかかってきた。

「ジョッシュ!」

前を歩くボブも気付き、俺を突き飛ばそうとするが遠い。間に合わない。目が腐り落ちた窪んだ眼窩が俺を見据える。不衛生な口の中身が見え、赤黒い歯で俺の頭を齧ろうとしている。男か女かも分からない。人の形をした腐った肉塊である。

咄嗟に手に持つ弓もどきをゾンビに向ける。まず後ろ側のレバーを手前に押し込む。鉄レンコンがかちゃりと回る。次に持ち手の近くのレバーを思い切り引く。

轟音。そして肉と骨がひしゃげる音。

ゾンビが吹き飛び、俺の真横に落ちた。返り血を浴びるが、口には入っていない。問題ない。

「大丈夫か⁉︎」
「ああ、それより今すぐ逃げるぞ!」

俺たちは全力でその場から離れる。クルマの影からわらわらとゾンビが現れる。

「1…10…たくさんだ!」
「このままニューヨークへ!」

湧いてきたゾンビにだんだんと囲まれる。ついに、辺り一面どこを見てもゾンビと目が合ってしまう。

「ジョッシュ!囲まれた!爆竹投げて!」

おう、とバックパックから爆竹の束を取り出す。ゾンビは音に敏感で、つまり音に弱い。マッチ棒と一体化した導火線の先端を擦り、火をつけた同時に前と後ろに半分ずつ放り投げる。

小気味良い破裂音とともに、ボブが壊れたミドリチャンを入れたバックパックを盾のように持ち、前方へ突進する。ひるんだゾンビたちでは、屈強なボブと鉄塊のミドリチャンの突進を耐えられない。

「初めての共同作業だ!感謝するぜ!」

変なことを叫びながらボブがゾンビをまとめて吹き飛ばして、俺たちはかろうじてゾンビ群から突破できた。

ゾンビの群れを抜けた途端、コンクリート・ジャングルが広がっていた。空を衝く幾本もの鉄の巨木が、確かにニューヨークであることを告げた。

……そして、その何本もの巨木の窓から、無数のゾンビたちが俺たちを睨んでいる。

「建物には入れないぜ……」
「構う必要はない。俺たちはインターネットだけが目的だ。ボブ、インターネットはどこにある?」
「誰も帰ってこれなかった……つまりニューヨークの中心だ!」

俺たちは遠くにそびえるニューヨークの中心の極大の建物 を見る。誰もが挑み、そして帰ってこなかった地獄の塔だ。

ボブは刀を鞘に納め、俺は弓もどきをポケットにしまう。植物に侵食されてはいるが、コンクリートの道は見晴らしが良い。クルマの残骸や中にある人型の燃え滓もくっきりと見える。

「行こうか」
「おう」

俺たちはうっそうとしたコンクリートと鉄にまみれたゾンビのジャングルの奥地へ、一歩ずつ歩みを進める。

ボブがバックパックからはみ出たミドリチャンの腕を中へと押し込んでいる。不気味な静けさの中、ガチャガチャとした音がわずかに響いている。

窓辺のゾンビたちは、いまだ俺たちを睨んでいる。

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