見出し画像

KARAKURI ROYALE 1888

絡繰三十年、西暦にして一八八八年。孤島の片隅で二人の男が相見あいまみえる。

細身の青年が握るは筆のごとき棒。その先端からは、絹糸が如く引き絞られた青き焔が竹竿ほどに伸びていた。陽炎が揺らぎ、大太刀を錯覚させる。

対する男が持つは小舟の櫂ほどの巨きな木刀。発条や歯車、鋼線が随所から垣間見え、男の腕を屋久杉の様に隆起させていた。

ひときわ大きな潮騒が岩を打ち、彼らの間にひとつぶの水玉が落ちた。

男が砂を蹴り上げて青年の視界を封じる。青い焔が振り払われ、砂塵を蒸発させる。だがそこに男はいない。右か、左か。真上である。男は剣を高跳び棒として用い、跳んだのだ。木刀を振り回して遠心の力を込め振り下ろす。青年は剣を軽く撫で上げ、木刀の先端に焔を当てる。木材が焦げる臭いが漂う間もなく、豆腐のように木刀が切断された。凄まじいことに、内の絡繰ごと断っていた。

すると、木刀は己が身を裂きつつ、芯を伸ばした。男はその場で宙を回り、頭を潰さんと木刀を振るう。されど相手は四代目燕返し。返す刀で再び木刀を断ち、そのまま男の腹を突く。

「その程度の焔では殺せんぞ」

青年は確かにそう聞いた。焔が腹を貫いたが、男は構わず木刀の柄で青年の頭を砕く。青年が二度と立つことは無かった。

最初に蹴り上げられた砂が、ざぁと浜に落ちた。

血が波に溶けゆくのを眺めた後、男は空に書かれた文字を見上げる。『百』の字が、溶けるように『九十九』へ変わる。

それを皮切りに、島中へ音が広がる。怒号、剣戟、矢音……そして、銃声。

林の奥から、硝煙を靡かせて大甲冑が現れた。五十丁ほど火縄を束ねた大筒を男へ向け、名乗りを上げる。
 
「遠からん者は銃声おとに聞け!我こそは雑賀十二丁が末席、朝流十あさるとなり!」

男は伸びた木刀を捨て、素手で構えて名乗り返す。
 
「姓は宮本、名は武蔵。二天一流、推して参る」

宮本武蔵の両拳が、エレキの太刀を纏う。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?