墳墓酒、悪霊
白い息を吐いて、1杯では値段もつかない安酒をあおる。とうてい酔えないこれは地下墳墓の探索のお供に相応しい。石造りの不潔で不気味な通路をひとり歩く。ときたま同業者か化け物の物音が彼方から聞こえてくる。骸骨はカチャリ、ゾンビはベチャリ。ただし、レイス……救い難き悪意に満ちた魂の怪物からは、何も聞こえない。寒気だけが奴を感じる唯一の手掛かり。だから安酒で暖まり感覚を研ぎ澄まさなければならない。
長い通路の最後に行き当たり、腐った木の扉を静かに開ける。蝶番の軋む音が響くが、化け物どもの気配は無い。半開きにした扉を慎重にくぐる。
長椅子が並び、最奥に神の像が佇む教会。たびたびこのような礼拝堂もどきの部屋が存在するが、何のために地下にあるのか、知る由もない。躊躇なく祭壇で金目の物を漁っていると、部屋の隅から悲鳴が聞こえた。見ると、怯えた様子の若い男がうずくまっていた。怪物に怯えきっているのだろう。俺は安酒とは違う確かな価値がある液体が入ったビンを背嚢から取り出し、微笑みながら若者へ差し出す。
「聖なる酒だ。レイスはこれを飲んだ人間を襲わない。飲んでみろ」
彼は戸惑ったが、一気に飲み干した。頬が赤く染まる。立ちあがろうとしたがふらついている。俺は彼を素早く抱えて、冷たい石造りの床に寝かせる。彼の口は礼を言いたそうに動いていた。
残念ながら、彼は今飲ませた毒のせいで体に力が入らない。ナイフを取り出して手足の腱を切った。悲鳴が上がる。彼の荷物からめぼしいものを漁って背嚢へ移しながら、礼を言う。
「助かったよ。レイスに追われていたからどうしようかと思ったんだ」
白い息が濃くなる。じゃあ、と若者へ一声かけながら背嚢を担ぎ直し、像の裏にある階段を駆け降りる。ひときわ大きな悲鳴と共に冷気は遠ざかっていく。
しかし、ほどなくして再び息が白くなった。今ので3人目にもなるというのに、まだレイスが追ってくる。
【続く】