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藤川球児の火の玉ストレートをもう一度

3月11日、春の選抜高校野球大会の中止が発表された。その2日前にはプロ野球の開幕戦の延期が発表された。予定されていた春の甲子園が中止になるのは初めてであり、プロ野球の開幕戦が延期になるのは東日本大震災以来の出来事である。

影響は野球だけではない。Jリーグの中断やラグビーのトップ・リーグの中止、アメリカではNBAのシーズンが途中で終了した。むしろ、自分と同年代の人々はこちらを嘆いている人のほうが多いかもしれない。それくらい、野球好きの20代は少ない。

なぜ自分が野球が好きなのか。その理由を考えても、あまり納得する答えが浮かんでこない。
例えば、サッカーやラグビーやバスケは、絶え間なく試合が動き、2時間ほどで勝敗が決まる。いまの時代に適したスマートでスピーディなスポーツだ。
それに比べて「アウトを3つ取ったら攻守交代」というルールのもと、攻守交代を18回繰り返す。逆に言えばアウトを取ることができなければ、ダラダラと試合は伸びていく。試合時間は最短でも3時間弱。あらゆることの効率化が図られコンテンツにすら短い時間で多くの情報量が求められる時代に、野球というスポーツはそぐわないのかもしれない。

ただ、一対一の勝負による緊張感が味わえるチームスポーツは野球だけだ。サッカーのPK、バスケのフリースローとはわけが違う。単純化してしまえば、ピッチャーとバッターによる勝負に、誰かが介在することはないのだから。
だからこそ、素晴らしいピッチャーと素晴らしいバッターの対戦は誰もが注目し、誰もが手に汗握る。打つか打ち取られるか。食うか食われるか。そうした緊張感とワクワク感があるからこそ、僕は野球を観るのかもしれない。

ここまで、自分なりに野球の醍醐味を定義してみた。
それでは、野球の醍醐味を最も体現していた選手は誰か?
全盛期の藤川球児しかいないだろう。

※※※

藤川球児は、2005年から2012年にかけて阪神タイガースのストッパーを務めた。タイガースがリードしている9回に彼が登場すると、ファンは勝利を確信し、対戦チームのファンは諦めた。藤川のストレートは誰も打てないからだ。

これは2006年のオールスター・ゲームの動画だ。

藤川は、西武ライオンズのアレックス・カブレラと日本ハムファイターズの小笠原道大に対して、ストレートを投げることを予告した。カブレラも小笠原も当時の日本球界を代表するホームランバッターであり、ストレートを捉えるのが上手いバッターであった。

それでも藤川は臆することなく、全球ストレートを投げた。カブレラはホームランを狙いにいったものの、彼の150km/hのストレートを当てることができなかった。それどころか、カブレラのスイングはまったく振り遅れていたのである。
続く小笠原も、藤川のストレートにフルスイングで答える。そして2度、彼のストレートを捉えるも、まったく前に飛ばすことができない。ホームラン王争いの常連ですら、球威に押されてしまうのである。まさに藤川のストレートは「火の玉」であった。

しかし藤川の球速は最速155km/hである。
日本人最速は大谷翔平の165km/h、歴代10位の選手たち(則本昂大、五十嵐亮太、菊池雄星、ほか3名)ですら158km/hの球を投げるため、彼の球速はめちゃくちゃ速いというわけではない。やや速い、といったところだろうか。

それでも、藤川のストレートは明らかに速い。その秘密はボールの回転数にあった。
手元から放たれたボールは重力に押され、まっすぐ投げてもやや失速しながら下へ落ちる(だいたい30度ほど傾くのだとか)。しかし、藤川のストレートは他のピッチャーより回転数が多いため、空気の抵抗を受けにくい(平均回転数が1秒あたり37回転であるのに対して、藤川は45回転)。そうすることで、失速することなくキャッチャーミットまで届くのである。さらには調査によると藤川のストレートは5度しか傾かないのだという。他のピッチャーのストレートとまったく異なる軌道で失速することなく投げ込まれるからこそ、彼のストレートは誰にも打たれなかったのである。

藤川がなぜそのような球を投げられるかは様々な説はあるが、彼自身の真上から振り下ろすような投球フォームや足の踏み込む歩幅の大きさ、そしてそれを支える手首と足腰の強靭さが理由であろう。

藤川は2000年代末から2010年代の初頭にかけて幾多の名勝負を繰り広げた。

前年に日本一に輝いた西武ライオンズから三者連続三振を奪った2009年。この年の藤川が取ったアウトは約170個。その半分は三振によるアウトだった。

ストレートだけでジャイアンツ打線をねじ伏せた2010年。ここでは、小笠原と再戦し再び三振に打ち取った。

藤川球児のすごいところは、敵であろうと味方であろうと彼の投球に魅入ってしまうことだ。藤川が投げる1球1球に感嘆し、熱狂することができるのである。そんなピッチャーは、いまのプロ野球にはほとんどいない。

そして藤川球児のストレートも、2010年頃から陰りが見え始めた。藤川の投球フォームは肩と肘、そして足に負担がかかりやすいフォームだったのである。

彼は2013年にメジャーリーグの球団シカゴ・カブスに移籍するも、怪我に悩まされ2015年春に自由契約。一時は高知の独立リーグでプレーした。
翌年には阪神タイガースに復帰するも、以前のような活躍はできないと思われていた。

しかし、昨年から藤川は復活した。

かつての火の玉ストレートはなりを潜めたものの全盛期に比べてストレートのコントロールと変化球の精度が上がり、再び三振を取れるピッチャーになったのである。キャッチャーが構えたところに150km/hのストレートを投げ込む藤川の姿は痛快だ。

ともかく、敵も味方も緊張と熱狂に巻き込んでしまうピッチャーが帰ってきたのである。その事実だけで、プロ野球を観るための十分な理由になる。

藤川球児は今年で40歳、22年目のシーズンを迎える。再びプロ野球が日本で開催できるようになったとき、彼はどんな投球を見せてくれるのか。楽しみで仕方がない。

(ボブ)

【第49週目のテーマは『まっすぐ』でした。】

〈今週の一曲〉
「愛のままを」カネコアヤノ

喋りと歌の間のような声で、サビの言葉をまっすぐ歌うカネコアヤノ。彼女はお守りみたいな言葉や胸の奥の熱い想いを、わかりやすく、リスナーに返して、届けようとしている。そんな曲たちを収録した『燦々』がCDショップ大賞を受賞。音楽が鳴らしにくいいまだからこそ、勇気がもらえる出来事だった。

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