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ライムのゆくえ:2

前回

「ふわ〜ん」

 コンビニのイートインスペースでクソでかい欠伸をし、首をカラカラと声立てながら首を左右に振った。もう一時間以上居座ったからだ。二本レッドブルはとっくに空である。

 バーから出て、コロナのじいさんに会いたい一心だった僕はカプセルホテルで仮眠をとり、午前三次チェックアウトして、バー店長が言っていたじいさんのコロナ回収経路上のコンビニで待機していた。

 スマホゲームにも飽きて、ぼんやりと外を眺めると、ちょうと道路の向うに、ネズミが排水溝から這いずり出るのを見た。

「うおっ」

 僕は控えめに声を上げた。ネズミそのものに対してはペットショップでエサ用の子ネズミを見かけるとちょっと可哀想と思うぐらいだが、まるで都市の汚れがその身体に凝縮した、不潔と疫病の化身である溝ネズミに対しては険悪感しかない。同じ動物なのに、環境と外見だけでこんなに印象が違うんだね。

 ネズミは人気のない歩道を闊歩し、落ちていたドリンク缶を探り、残っている甘い汁を舐めているところ、猫が突然に現れ、襲いかかった。

「うおっ」

 捕食者が口を大きく開いている。ガラス越しでなければ叫び声も聞こえただろう。猫は激しく何回も身を翻し、前足を獲物に叩きつけた。まるでDiscoveryのドキュメンタリーだ。ネズミを口に咥えた猫が去っていく姿を目で追った先に、道の角から台車を引いている人影が目に入った。僕は目を凝らせ、台車に乗せている物を観察した。何重も重なったプラスチックケース、その隙に透明なガラス瓶が覗かせる。それを引いている人間は長身で線が細く、山羊みたいな顎ひげをぶら下がって、店長が言ったコロナのお爺さんの特徴と一致だ。俺は慌ててレッドブルの空き缶をゴミ箱にぶち込んでコンビニを出た。

「あの、すいません、ちょっと止まってもらっても……あれ?」

 自動ドアをくぐって、呼び止めようとしたが、爺さんはすでにブロックの端まで歩き、角で曲がった。台車引いているのに早いね。小走りで追い、角を曲がったが、爺さんの姿は見当たらなかった。見失ったか。仕方ない。僕は目を閉じて、意識を集中した。

 再び目を開けると、歩道に光の帯が見えてきた。これはイーグルアイという、むかし大学の部活で身につけたスキル。音、匂い、足跡など情報を脳が処理し、視覚化する。昔の探偵やハンターがターゲットを追跡する際使う技だか、情報が秒単位に上書きされていく現代、ましてや都市地帯では精度がひどく落ちてしまうが、静まり返った深夜の街なら十分その性能を発揮できる。

 早歩きくらいの速度でお爺さんの"残り香"を沿って進み、隣のブロックの路地に入った。路地を通った先に、ビルに囲まれた空間に、角が丸い長方形の建物があった。

「ワーオ……」

 思わず声が出た。もう完全にCSIなどで見たダイナーだ。ネオン看板に電源が入ってないが、辛うじて「JUAN'S DINER」だと認識できる。いつからこんな渋い店があったっけ?もう一度イーグルアイで見ると、光の帯は店内に伸びている。店の奥にライトが漏れている。キッチンなのだろうか。僕はドアノブを握って、回した。鍵がかかっていない。不用心な、でも助かる。

「おじゃましまーす……」

 僕は抜き足差し足で店の奥に向かい、覗き込んだ。

(続く)

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