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余命3ヶ月の親友のグローリーロード 第3話 少年の変身


『うち来てくれ』

あれは8月3日の午後1時頃、芥田君からメッセージが届いた。意味がわからなかった。僕はオカズを求めてアダルトサイトを探るのに忙しいため既読して放置した。そしたらまたスマホが鳴った。

『無視すな』
『今来い』
『大変』
『🥷🥷🥷』

しつこい。なんで忍者なんだ?こっちだって股間がうずいて大変なんだよ。それにこのクソ暑い時期に外出したくないんだ。なにがあったか直接言ってくれ。

と音声通話をかけてみたけど5秒で切られた。

『今話せない』
『とにかくこい』
『🥷🥷🥷🥷🥷🥷』

うわっ、忍者は増えた!なんなんだよ!話せないってどういうこと?本当なにがあった?ちょっと心配になってきた。

『わかったよ今行く』

とメッセージを送った。僕は未解消の性欲を持ったままエアコンが効いた極楽の自室を出て、炎天下でチャリを漕ぎだした。

芥田君は僕から見て漫画の登場人物みたいな人だ。両親は仕事で海外に滞在して年に一度しか帰国しないので一人暮らし。身長が高いし性格は明るく、運動神経もいい。顔は飯島寛騎と似たイケメンで入学一週間で彼女ができた。ナード気質の僕とは全く別種の生き物だ。

そんな彼は当然日頃に友達に囲まれてわいわい騒いで楽しそうに過ごしている。いわゆる陽キャだ。助けを求めるならほかに相手がいくらでもいるはずだ。わざわざ僕を呼ぶ理由は一体なんだろ?ゲームが詰んだか?

20分走って芥田宅に到着。中学生一人が住むには贅沢すぎる一戸建て。両親と3人でアパートに詰まっていてプライベートを保つもギリギリの僕からからしては羨ましくてしょうがない。ガレージの前にチャリを停める。着ているTシャツは背中が汗でびっしょりだ。来る途中にコンビニで買った2本のマウンテンデューはボトルに大量の結露がついてぬるくなりかけている。ここ最近の気温は熱帯よりも高い。温帯国家はどこ行った?

ドアベルを押すとしばらくしてドアが開いた。しかし玄関に立っているのは芥田君ではなく、知らない女の人だった。

僕はビックリした。肩に膨らみのあるクラシックなドレスを着た白人の女性だったからだ。もしかして家政婦さん?これまでに何度も芥田君んちにお邪魔したけど一度も見たことがないし、彼からも一度もそんな話を聞いたことがない。息子の放蕩生活を懸念する彼の両親が新しく雇ったとか?

「あっ、こ、こんにちは……?」
「……」

女の人は挨拶に応じず、僕の顔をじっと見つめるだけ。やばっ、緊張しちゃう。もしかして日本語が通じない?えっと、えっと……くそっ!適切な英語が思い浮かばない!

「オマエが天童てんどうか?」

と女の人が言った、はっきり聞き取れる日本語で。

「はい、そうなんですが」
「待ってたわ。入って」
「あっ、はい」

玄関に入って、僕が靴を脱いでいるところ、女の人は土足でタタミ張りの床に上がった。日本における重大なマナー違反に僕はむすっとした。

「あら、気が利くね」

僕がわざと時間をかけて靴先を外に向かうよう置いて奥ゆかしく振舞う間、女の人が勝手にレジ袋を探って、マウンテンデューを開けて飲み始めた。

「ぬるいわね」
「……すいません」

勝手に飲んだうえで文句言ってんじゃねえぞ!と言ってやりたいところだが思わず謝ってしまった。僕でば奥ゆかしいんだから。

「あの、すいません。芥田君はどこで?」
「こっちよ」

彼女の後についてリビングルームに入ったけど、芥田君の姿が見当たらない。電源を入れっぱなしのテレビは人気の大戦型オンラインゲーム’’PARADOX”の画面が映っている。

「あれがオマエのお友達よ」

女はローテーブルに指さした。そこに芥田君のスマホが置いてあって、なんかの黒い物体がスマホの上に動いている。

一匹のカブトムシであった。それも普通のカブトムシではなく、頭に三本角が生えて、腹部が太くて強そうな外来種だ。たしかに名前は……

「これ、コーカサスですか?」
「違うわ。よく見なさい。角の長さと体型が全然違うでしょう?アクティオンゾウカブトよ」
「そうでしたか。それに僕の友達ってどういうことですか?」
「そのままの意味だよ」

いや意味がわわりませんけど。戸惑う僕。そしたらまた自分のスマホにメッセージが着信した。芥田君からだ。

『むしは俺』
「は?」

おいおいおい、どういうことだ?僕はからかってんのか?ドッキリ?芥田君は今家のどこかで僕の様子を見て笑っているのではないか?そう思うとむかついてきた。

僕は『おもしろくないよ』と返信を送った。するとローテーブルに置かれたスマホは着信音が鳴った。あれ?

スマホの上に、アクティオンゾウカブトは忙しく動いていた。まるで……まるで……

『『俺だおれおれおれ』
『おれおれおれおれ』
『Ooooooooo』
『🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷🥷』

この写真はアクティオンゾウカブトのフィギュアを用いて撮影したものです。当作品は作成中に動物を傷つけたことがありません。

スマホフィルムで足を滑らせながら、アクティオンゾウカブトは必死に頭をキーボードに打ち付けて文字入力している!こ、これは一体っ!?

「どういう、ことだよ……?」
「さっきから同じ言葉ばかりだね。いいわ、説明してあげる」

混乱に陥りかけている僕に対して、女の人は冷淡に言った。

「そこにいるアクティオンゾウカブトは友達の芥田タクル君だわ。ワタシの魔法で姿を変えたの」

へぇー、そういうことか……いま魔法って?

(続く)

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