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余命3ヶ月の親友のグローリーロード 第2話 炸裂!ダイビングスピア!

虫闘場の上空、ゾウカブト属最大級のアクティオンゾウカブト飛んでいる。獲物を探すタカのように回旋すながら高度を上げていく。それは逃走のためや電気の光に蠱惑されて本能的な飛び方ではなく、確実な戦術的思考を感じさせる行動だ。

さっきまで怒声を上げていた観客たちは息をのんで、その神秘的な光景を仰いだ。BBCが制作するドキュメンタリーなら、ここで『そして今、彼は翔け上がる......!』とデイビット・アッテンボローによるナレーションが入って、壮大なBGMが流れるだろう。心が躍る。戦っているの芥田君に心が重なった気がした。

十分な行動に達した芥田君は空中で体を翻し、角を下に向ける。前羽はビタっと閉じた。アクティオンゾウカブトの巨体が落下する。

「いっけぇーッ!ダイビングスピアァァッ!!」

と誰かが叫んだ。一瞬後それが僕の声だったと気付いた。かーっ恥ずかしいッ!気持ちが昂ってついっ!ウオオオオオオ!と背後の男どもが騒ぎ立った。誰も僕のこと気にしていないようで幸いだった。

空対地ミサイルのように墜落する芥田君の角が真田丸に突き刺した。カァッと乾いた音が響いた。2匹の甲虫が弾け飛ぶ。

地下室が再び静かになった。皆の視線が虫闘場に集中している。芥田君は場外に落ちてしまった。衝撃を受けて動きが少し覚束ないが、とりあえず欠損はしていないようだ。一方オオクワガタの真田丸はまた虫闘場に残っているものの、頭部の甲殻はつぶれて、体液が溢れている。

「ジャッジタイム!」

とレフェリーが宣告した。昆虫はしぶとい。頭が凹んだり足が抜けたりなど、ほかの動物にとって致命的な怪我を負っても平気なケースは多い。もし真田丸は戦闘続行可能だと判定されたらすなわち芥田君のリングアウトで負となるが。

レフェリーはポケットから細いブラシを取り出し、真田丸をつついた。足は痙攣を打つが、それ以上に動く様子はなかった。レフェリーは頷き、芥田君に手を向けた。

「真田丸、致命的損傷により戦闘継続不能!芥田の勝利!」

「真田丸ぅぅーっ!!うわあああああ!!!」

伊達は虫闘場に飛びついて、真田丸を手に抱えて泣き崩れた。さぞ心を込めて育てたでしょう。でも芥田君が相手する時点で勝負が決まっていたようなものだ。ご愁傷様です。

「対ありです」

伊達と死んだ真田丸に礼をして、僕は芥田君を拾って飼育ケースに入れた。目的は果たした以上、ここにはもう用はない。いや、もう居たくないと言った方が正しい。

「こいつは期待の新星だぜ!あんな空中戦法みたことねえ!」
「けっ、なにが優勝候補だクソ虫野郎……ルーキー相手に負けやがって」
「なぁボウズ!あんな技どうやって覚えさせたんだ?おじさんにコッソリを教えてよ!」
「子供のくせに生意気だな。気にいらねー」
「おかげで儲けだぜルーキー!今度もこの調子で頼むわ!」
「うちのアクティオンメスに種付けしてもらえないか?金は弾む!」
「きみかわいいね、おじさんの家に来ない?」
「あはは、どうも、どうも......すみません......」

左右から祝いと罵声を謙虚な笑顔で対応し、許可もなくボディタッチしてくる男どもを搔い潜って、会場を後にした。

🐞

帰りの車の中、僕はスマホを見つめていた。ただいま今夜のファイトマネーが振り込まれ、僕の仮想貨幣口座にビードルコイン60ユニットが入った。換算すればおよそ16万日本円が増えたわけ!中学生にとってとんでもない大金だ!先ほど知らないおじさんたちに触られて嫌になった気持ちもどこかに吹っ飛んだ。笑いが込み上げてくる。んふ、んふふっふ。

『ニヤニヤしてキモチわりぃな。てめえ、ちょっと楽しすぎてないか?目的を忘れてないだろうな?』

脳の中に少年の声が響いた。隣に置いてある飼育ケースの中からアニマルコミュニケーションチャンネル(ACC)を通して、芥田君の意思が僕の脳に流れてきた。

「忘れてなんかしてないよ。約束通り、ファイトマネーの70%、ちゃんと芥田君のワケマエとっておく。それまでに僕がちゃんと管理するから」
『金があってもこんな体じゃ使えねぇ……歯がゆいぜ』
「あと2勝すれば元の姿に戻れるでしょう?この調子でいけば楽勝だって!アクティオンゾウカブトの力に15歳少年の知性を合わせればどんな虫も敵じゃないって」
『やはり楽しんでないか?あとダイビングスピアってなんなんだ?わざ名?ダッサ』
「うーんアレね。正直ハズかった。反省はーー」

ふと目をあげると、バックミラーをと通してUberドライバーが訝しそうな目で後部座席を見ていることに気づいた。小金持ちになってついテンションが上がって忘れてしまった。ACCが出来ない人間から見れば、僕はさっきからずっと楽しそうに独り言していたにしか見えないのだった。

コホン、僕はわざとらしく咳払いして、Bluetoothイヤホンをつけていると思わせるように耳に指を当てた。

「いーなんでもない。もう切るよ。運転手さんにめっちゃ睨まれている。それじゃ」

電話を切るふりしてスマホをタップする。

『たくさん飛んで疲れた……寝る』

芥田君がマットに頭を埋めて眠りに入った。僕は流れていく高速道路の照明を仰いで、この数週間のことを思い出す。

それは夏休みが始まる頃だった。

(続く)

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