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堕天使に熱いバトルを #パルプアドベントカレンダー2022

「ただいまー」

 返事がこない。ダイニングルームのテーブルの上、出かける前に息子に用意した朝食プレートが空になっている。僕はため息ついてそれを片付け、ほか弁の袋と、先日発売したベイブレードのバリケードルシファーの箱をテーブルに置いた。

 固く閉まっている息子部屋のドアをノックし、彼が不快させない程度の音量で呼びかける。

「ツムジ、いる?お昼ごはん買ってきたよ。テーブルに置いてとくね?」

 7秒経過、中から「んおー」とだるそうな声が返ってきた。再度ため息。

 皿洗いしている間にぎーっとドアが開ける音が聞こえた。息子が弁当を取りに部屋を出ただろう。「使った食器は自分で洗いなさい」と言ってやりたいところだが、我慢。

 皿洗いが終わってダイニングに戻るると弁当がひとつ減った。バリケードルシファーの箱を触れた様子はない。だめか。3度目のため息。僕はテレビをつけて弁当を開けた。

 息子は変わった。去年は新しいベイブレードが出る度に媚びたり強請っだりして買ってもらうために努力を見せていたが、中学に入ってから急にオンライ対戦のFPSにドはまりして、ベイブレードに見向きもしなくなった。好きだった物が思春期に入ると急にダサく見えてしまうあれか?家に帰ったら「バトルしようぜお父さん!」と玄関まで走ってくる息子が遠い昔のように感じる。

 実質的にシングルファザー家庭になってもうすぐ一周年、初めて父子だけで年明けを迎えるが、親子関係は氷点までに冷めている。最近は話しかけても無視されるか挑発的な言葉で返されて本当にへこむ。彼の祖父が僕にやったようにげんこつで屈服させることが容易いが、やってしまったらもっと大事なものが失う気がする。

 考えてもしょうがない、僕は僕なりに休日を楽しく過ごそう。食べ終わった弁当を片付け、バリケードルシファーの箱を開け、組み上げる。

バリケードルシファーレイヤー。かっこいい
アーマーは10、ディスクはイリーガル、ドライバーはベアリングメビウス。レイヤーはともかくディスクとドライバーはかなり強力な部類

 バリアンドルシファー、ルシファージエンドに続いて三代目となるバリケードルシファーはまさかのバリア機能が復活。強力シュートの遠心力によって4枚のラバー材質バリア刃が展開して相手の攻撃を寄せ付けない!という売り文句だが一代目のバリアンドルシファーは悲惨なものだった。逆回転のベイにそこそこ勝てるけど同回転だとあっという間にスタミナが削られて負けてしまう。今回のバリケードは果たしてその弱点を克服できただろうか?

 それを知るにはバトルあるのみ。マットを敷いて、その上にベイスタジアムを置く。ベイブレードはひとりでも楽しい。まずは相性のいいはずの左回転アタックタイプ代表格であるギルティロンギヌス。

 ふむ、意外と接戦だったね。ルシファーが弱いというよりロンギヌスが強すぎるって感じ。バリアが突破されてアタックがまかり通ることもある。にしてもルシファーがシュート直後にセンター辺りに留まって理想なディフェンスタイプの動きをしてくれることに驚くばかりだよ。先代と先々代はただでさえスタミナがないのにドライバーが暴走しまくって自滅オーバーも多かった。ベアリング内蔵しただけでこんなにも違う。だからベイブレードは奥深い。

 続いてゼストアキレスとのバトル。ゼストソード付き左回転、ドライバーはバランスモード。

 おお、なかなかいいバトルだったじゃないか?ゼストアキレスが回るところがキレイだし強いしやはりいいベイだ、極めていきたい。

 さていよいよ本番、右回転同士のバトルだ。相手は偏重心アタック重点のジフォイドエクスカリバー。三代目ルシファーは初代みたく無様にスタミナロスして負けるのか?

 いいバトルだった。惨敗する予想のルシファーが防ぎきってスピンフィニッシュ取れて、エクスカリバーもバリアを突破してオーバーフィニッシュ出来て熱かったぜ。

 そしていよいよアタックタイプトの代表格、アルティメットヴァルキリーとの対戦だ。金星をあげるチャンスだぞルシファー。

 さすが覚醒済みのヴァリアブルドライバー、暴れてくれるぜ。当たりさえすればオーバーフィニッシュも狙えるけど、外周に行って回ってしまったらスピンフィニッシュで負けてしまう。面白いバトルだった。

 バリケードルシファー、結構面白いベイだった。正直に言ってこいつは弱い。だからこそ強いベイを相手に最後まで粘り勝った時の気持ちよさもも端ない、ジャイアントキリング成し遂げたって喜びがある。バリアという最大な個性(弱点)を残しつつ、他の強パーツをぶち込んでなんとか勝てるようしたいという開発者の執念を感じる。さて、次はどのベイとバトルしようか……

「あのね、うるさいよ」
「うん?」

 顔を上げると、息子が不機嫌そうに僕を見下ろしていた。

「昼間からバチバチうるさいんだよ!ボイチャに雑音が入るしプレイに集中できねぇじゃん!それでルームからキックされたぞ!どうしてくれる!?」
「どうって、と言っても」
「しゃらくせんだよ!いい歳のおっさんがコマ遊びなんかしてさァ!」

 パッ、息子がベイスタジアムを蹴り飛ばす。また中に残っていたルシファーとヴァルキリーが洗濯機に入った衣類みたいに激しく転がる末に飛び出て、鈍い音を立てて床に落ちた。

 これはさすが頭に来た。衝動に任せて大人の体重と腕力で息子をねじ伏せてわからせようと思った。でもしなかった。僕は大人で、自制心があるからだ。 大人的対応、大人的対応……!と心の中で念じながら飛び散ったベイを回収する。頭の中でことばを練る。

「うるさいだなんて、お父さんはツムジがゲームに熱くなってなって画面に向かってFワード連発したときは何も言わなかったのに、お父さんがベイを回したら文句を言う。ずいぶん偉くなったじゃないか」
「あぁ?」
「きみがゲームに使っているPCとWi-Fi、部屋と寝床、この家も、お父さんが働いて金を稼いで買ったじゃないか。ツムジが自力で手に入れた物がひとつでもあった?」
「げ、ゲームソフトはオレの金で……!」
「それは僕とお母さんがあげたお小遣いかお年玉でしょう?」
「ぐっ……」
「きみはまた中坊だしアルバイドもできない。それじゃ親に縋って養ってもらうしかないよね?恩恵をもらっている側の人間なのにその態度は?」
「な、なんだよさっきから正論ばかり言いやがって……子供相手に大人げないぞ!」
「今さら子供ぶるか?あっ、実際子供だった。いいだろう。僕はいい大人だ。きみのチャンスを与えよう」

 僕はベイスタジアムをセットし、ルシファーを手に持ってツムジに突き出す。

「僕とバトルしろ!ベイブレードで勝負だ!もし負けたら僕は今後きみがゲームするときは一切の邪魔せず静かにする。逆に僕が勝ったらきみは今日一日ベイブレードに付き合ってもらうぞ!」
「なんだよそれ?いまさらベイブレードなんか……」

と息子が不貞腐れに言った。けど僕は食い下がらない。

「なんかじゃない!ベイブレードは物理学と機械工学と運動力学が詰まった科学の結晶だぞ!」
「はぁ……わかったよ!やりゃいいんだろ!」
「よしッ!ではまずルールを決めよう。使用するベイは各自1機のみ、スピンフィニッシュとオーバーフィニッシュは1ポイント、バーストフィニッシュは2ポイントを獲得する。先に2ポイントを取ったブレーダーの勝利とする。いいな?」
「わかりきったこと何度も説明する必要はねぇ。さっさとやろうぜ。こいつでぶっちきってやるよ」

 息子はジフォイドエクスカリバーのソードダッシュの外し、ホールドダッシュを取りつけた。フリー回転する大きな円盤状の軸先で偏重心によるスタミナロスを補ういいカスタムだ。

「で、父さんはそんなでいいの?」

 ツムジは僕がランチャーにセットしているバリケードルシファーを見てそう言った。

「ああ、元々はきみへのクリスマスプレゼントのつもりで買ったけど、きみに見放されてたせいでルシファーが怒り狂って、仕返しに飢えているよ」
「なにその設定……いいや、バリアなんて、所詮ネタ枠だろ?これでオレの勝ち確だぜ!」

 正直僕もそう思う。さきほどのバトルで見た通り、右回転同士のバトルにおいてルシファーは圧倒的不利だ。息子の圧勝で終わるだろう。でもいいんだ。こんな形だけど、もう一度息子とベイブレードで遊べてうれしくてしょうがない自分がいる。

「レディ、セット!3、2、1、GOシューーッ!」

「えっ、ウソだろ?」
「勝っちゃった」

エクスカリバーが停止したあとも周りをくるっと一周して煽りかけるルシファー、余裕のスピンフィニッシュである。

「ちょっとルシファーの挙動、昔と違いすぎない?」
「だろ?僕は驚いた。まさかこんなに大人しくセンターに居てくれるとは」
「くっ、もっと攻撃を当たれば勝てたのに……もうっ回!」
「いいぞ」

「2対0、バリケードルシファーの完全勝利だね」
「なんでだよ……バリアってネタ枠のはずじゃなかったのかよ!」
「きみがオンラインに耽っているあいだに、タカラトミーさんバリアの汚名返上のために頑張ってことさ。エクスカリバーにホールドを履かせるのは悪くないけれど、それせいで接地面積が増えてスタミナロスを加速させたといったところか」
「講釈はいいよ」
「はい。でも約束は守ってもらうよ」
「ああ……こうなりゃ絶ッ対ッに、バーストさせないと気が済まねぇ!」
「その意気だ」

「一回勝ったぞ!やっぱバリアって雑魚じゃん!」
「それじゃ雑魚に5回負けたきみは雑魚・オブ・雑魚になるね」
「言ったな?今度はエクスカリバーにデストラクションを付けてガチカスタムで吹っ飛ばすッ!」
「受けて立とう」

その時、ひとつのアイデアが頭に浮かんだ。

「なぁツミジ、せっかく今年のクリスマスは休日だからさ、HOOTERSに行かね?」
「ふーたーず……?えっ、あの!?」

どうやら息子はHOOTERSについて知っているようだ。その頭の中はいまチアガール姿の店員さんを想像しているだろうか?

「……あれって、未成年が行っていい店なの?」
「何を言っている。HOOTERSはウェイトレスの服装が肌率こそ高いけど、由緒正しい飲食店だぞ。特にチキンウィングが旨いんだ。バンクーバーにいるお母さんが今年は大学の友達とスキーに行くって言って帰らないし、だから僕らは野郎だけで楽しもうぜ!きみはそこそこショタだし、ウェイトレスさんとたくさんセルフィ撮ってもらって友達にに自慢してけ」
「お、おう、そうか」

 ツムジは下唇を嚙み、しばらくしてから口を開いた。

「別に構わねぇよ……」
「じゃ決まりだな」

 息子との距離が少し縮まった気がした。ありがとうタカラトミーさん、おたくのベイブレードがそのきっかけを作ってくれた。2023年にベイブレードが続くかどうかまたかわからないが、僕はベイを回し続けよう。熱く、激しく、人を惹きつける。ベイブレードバーストは素晴らしいコンテンツであった。

 にしてもHOOTERSが楽しみすぎる。

(終わり)

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以上はパルプアドベントカレンダー2022の参加作品です。


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