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お肉仮面VS菜食者

「ふふ~ん、ふっふんふ~~ん♪ に~くにっくにっくにっくかーめら~♪」

 フィールドに放たれたポニーのように、歌を口ずさんで、小踊りながら道を往くお肉仮面。今日は買い出しの日、人道的に屠畜され、衛生管理がちゃんとした工場で解体され、低温物流で運ばれ、店の冷蔵庫でズラーッと並んでいる鮮肉を想像するだけで、心がウキウキして止まらない!今日は何のお肉にしようかな?やはり王道に往くサーロインステーキ?冬だし脂が摂りたいからカルビ?時期なんで丸焼きチキンかターキーもありかも?もう、お肉が待ちきれないよ!

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 にっくカメラ秋葉原店、かつては肉とカメラを扱う店であったが、近年は営業項目が増えて、家電、文房具、生活用品、おもちゃ、ゲーム、漫画など、色んなものを取り扱っているが、一番の強みと言えばやはり精肉部門だ。

 1、2階を占めている肉売り場。国内外から取り寄せた良質な肉を適正な価額で販売している。毎日の午前十時に行われるヤギ解体ショーも大人気。9階はレストランフロアになっていて、肉をメインにした料理を提供するほか、精肉部で買った肉を店側に頼んで、好みに調理してもらえるサービスもある。まさに肉食者の天国と言えよう。

 その天国はいま、炎上している。

 ポタッ、マイバッグを取り落として、お肉仮面は燃え盛っているビルを見上げた。窓から火と煙が溢れて、プラスチックが焦げた臭いと肉が焼けた匂いが混じっている。

「これは一体……どういうことだ……?」
「こほっ、お肉屋さん、いらしたんですね」
「店長!」

 向こうのビルに背を持だれて憔悴している中年男性、にっくカメラ秋葉原店の店長だ。

「何があったんですか!?なんで店が燃えているんです!?」
「菜食者(エルフ)に襲われたんです……」
「菜食者ァ!?」
「はい、急に大勢で入ってきて、客、従業員を見境なしに殺してから放火……私は店長専用脱出ルート一命取りとめたが」
「そんなことより、肉だ!」お肉仮面は振り返り、燃えている入り口を見た。「また食える肉があるんじゃないか!?」
「お待ちください!」今にも店に突っ込んで行きそうなお肉仮面を、店長が呼び止めた。「菜食者が放火する際は店にオーガニック大豆オイルをばら撒きました。たとえまた焦げていない肉が残ったとしても、Lv.4肉食者のお肉仮面にとって、もう……」
「なん……だと?」

 Lv.4肉食者、それは日常の飲食が植物由来の栄養源完全に排除した、極めてストイックな肉食者のことだ。牛丼に使う玉ねぎやステーキに添えるガーリックチップはもちろん。調味に使う胡椒などの香辛料。パン、米などの澱粉。味噌、醤油、酒などの醸造物も一切口にしない。喉を通るのは動物プロテインと鉱物と水分のみ。いくら肉好きな人間でも、このような食生活を維持するのが至難。しかしお肉仮面は食の自主権に目覚めて以来、Lv.4肉食者を轍してきた。もはや植物成分が口の粘膜に触れた途端に吐いてしまうほど、彼は純粋な肉食者になった。オーガニック大豆オイルに汚染された肉はお肉仮面にとって、毒だ。

「お、おのれぇ……やってくれたなァ!菜食者めッッ!」

 お肉仮面は激怒した。肉を台無しにした野菜食い虫どもを殲滅しなければならないと決意した。お肉仮面の体温が異常なまで上昇し、顔に貼りついたステーキの裏面が焼かれて、ジュージューと音立てた。お肉仮面は肉食のカリスマであり、Instagramのフォロワーがたくさんいる。お肉仮面は炎上してたにっくカメラの写真を撮り、『肉の聖殿は焼かれ落ちた。兄弟姉妹よ立ち上がれ。血肉の報復だ』と入力して、Instagramにアップした。

「お願いしますよ、お肉仮面さん」と店長が嚙みしめるように言った。「菜食者共懲らしめてやってください」

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 クロモリパラダイム。

 かつては全国最大のグリーンビルディングだったこの建物は運営会社が退出してから、役所も管理が面倒くさいので、KEEP OUTのテープを張って、放置した。植えた植物は管理されずに枝を伸ばし、根をめぐり、空間を侵食していく。今や壁のほとんどが蔦に覆われ、樹木は窓とカラスの天井を突き破って生え茂ている。植物が虫を呼び込み、さらに虫を食べるねずみ、トカゲなどの動物を呼んで、生態系を築いた。

 どうせホームレスの棲み家になるだろうと誰もが思ったが、やってきたのはそんなかわいいものではなかった。

「イェーイ!肉食者どもに一泡吹かせたぜ!」「ナイフを突き立てた肉食者の恐慌の表情、自分屠殺される立場をまったく想像していなかったようだ」「苦しんで死んだ動物の悲鳴に耳を貸さず、肉だけを貪る肉食者らしい傲慢だ」「だから我々が万物有情の代弁者になり、肉食者を地上から一掃するぞ!狩人たちよ、今はよく飲んで、よく食え。母なるマザー・ネイチャーの恩恵を身体に取り込め。明日の狩りの順調を祈って、グッドハンティング!」

「「「グッドハンティング!」」」

 中央ホールに焚いたキャンプファイアを囲んで、20人ほどの男女は自家醸造エールで乾杯し、豆腐ステーキで舌鼓を打った。彼らこそがにっくカメラを襲撃した狩猟団、過激菜食ギャング『アースハイム』のメンバーである。北欧神話においてエルフたちが住んだ国から取った名前だ。彼らは本当のエルフではなく、エルフの格好して、エルフっぽく体を鍛えて、弓の腕を磨いて、雰囲気を楽しむだけ。しかしどの界隈も、極端に走った者らがいる。彼らメンバー全員もまた、オーガニックかつご近所から取り寄せた食材しか口にしないうえ、服もオーガニック綿かオーガニック麻か、無印良品しか着ないという徹底ぶりだ。

 狩猟団が宴で盛り上がっている中、一人の菜食者が息切れしながら走ってきた。

「ハァーッ!ハァーッ!おい、おいお前らちょっとォ!」
「何事だブラックペッパー!宴は狩猟者オンリーだと言ったはずだぞ!」

 狩猟団のリーダー、ワイルドホッグが咎めた。

「違うんだ!肉食者が、襲ってきやがっばっ」

 後頭部にステーキナイフが刺さり、脳漿をこぼしながらブラックペッパーが俯いて倒れた。狩猟団全員に緊張が走った、そして見た。廊下の向こう、放り投げた姿勢、顔に生肉が貼りついた男と、その背後にいる殺気立った集団を。

 お肉仮面は頭を傾けた。いつもの可愛らしい仕草ではなく、相手を完全に軽蔑する意志を表しているのだ。お肉仮面は宣告した。

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「ALL KILL」

「ぶちかませェーッ!」「菜食野郎を根絶やしにしろッ!」「皆殺しじゃァアア!」

 包丁、ミートハンマー、挽肉グラインダー。得物を掲げた肉食者は菜食者に向かって突進!

「矢を射れ!奴らを止めろッ!」ワイルドホッグの指示のもとで、菜食者たちが弓矢を構え、矢を放った。

「がは!」「ウッ」「ウォ!?」「ギェッ」

 先頭に走っていた肉食者は矢を受けて次々にダウン!

「いいぞ!このまま返り討ちにして」
「「アバーッ!」」
「なにィ!?」

 肉食者側の戦線から銛が飛来して、二名の菜食者をまとめて貫通!戦線の後方、ゾウアザラシじみた豪壮な女が次の銛を持ち上げ、肩に担いた。Lv.3肉食者(肉の調味に使われた香辛料やハーフの摂取が許される。それ以外は不可)、捕鯨船を襲撃する環境テロリストオーシャンクラフトの船を沈めて、さらに捕鯨船も沈めて鯨肉を強奪する「パプアニューギニアのキラーホエール」と呼ばれる海賊、エルザインだ!

「どうだ?貧弱の菜食者じゃあできない芸当だろう。フーンッッ!」

 エルザインが次弾を投擲!銛が空気を切り裂いて、矢をつがえている菜食者の頭を貫通し、菜食者の防衛ラインに穴をあけた。

「接近戦に持ち込め!」ワイルドホッグが叫んだ。「乱戦になれば迂闊に銛を投げれないッ!筈だァ!」
「「「ウォオオ!」」」

 弓を捨てた菜食者たちがトマホーク、ダガー、バトルサイズなどに持ち替えた。両方が入り乱れる乱戦がはじまった。お肉仮面が動きだした。予備のステーキを取り出し、歩きながら無造作に進路上の菜食者突き刺す。

「そこの肉かぶり!てめえがリーダーだな!」

 ダガー二本持ちの菜食者がお肉仮面を襲う!「シッ!」そこにお肉タレントの寺戸Z門(彼はLv.2肉食者。米、小麦、トウモロコシなどの澱粉植物の食用が許される)がインターラプト!ミートテンダーライザー二丁をブラスナックルのように持ち、菜食者に右ストレートを見舞った。「グヒッ」テンダーライザーの無数の細い刃が菜食者を苛む!

「お肉仮面さん、先進んでください。こいつらは俺らが……ちょうど噛みきれるロース肉しておくんでぇ!」
「ありがとうZ門。良き肉を」

 再び歩き出すお肉仮面。一歩、また一歩ワイルドホッグに迫る。

「おのれぇ、こうなったら……!」

 ワイルドホッグは切り札のソードオフショットガンを持ち出し、弾を込めた。お肉仮面は初めて警戒した。いくら彼でも、散弾を喰らって無事で済むわけにはいかないのだ。

「死んどけや!肉被りィ!」

 狙い定め、トリガー!BRAAACKA!銃声はフロア全体に響いた。全ての者が一旦戦闘を中止し、銃声の源を見た。

 散弾は一発もお肉仮面に当たらなかった。一本の木が銃口を持ち上げ、射線を逸らしたのだ。

 いや、よく見たらそれは樹木ではなく、全身にイグドラシルのタトゥーを刻まれた、身長230㎝超えの細長い男であった。

「ハッ」ワイルドホッグは瞠目して、男を見上げた。「ま、マスター……」

「うー……ん、騒がし……い、ぞ」男は緩慢の口調で言った。まるで植物が喋り出したようだ。「なに……ごと、だ……」
「す、すみません!不肖の肉食者どもが攻めてきてっ」
「そ……かい」マスターと呼ばれた男が周囲を見渡した。「なる、ほど……な」
「マスター、お助けください……我らの聖域から奴らを……」
「なにが、われら、だ」
「あっ」
「この世、誰のもの……でもない」
「あぁ」
「それに、火薬、使うなと、言ったな」
「あっ!」
「おまえくびだ」

 マスターは腕を振り下ろした。皆さんは台風の際に、倒木に潰された自動車の写真を見たことがあるだろう。ワイルドホッグそのような感じで死んだ。

「さ……て」マスターはお肉仮面に向き直った。「あとは、おまえら、だ」
「ふわぁ~ん、茶番がやっと終わったかね?」お肉仮面は口の位置に手を当てて欠伸の仕草をした。「あれは何だ?仲間を殺してラスボス感マシマシってやつ?」
「仲間、か。く……っくっく」マスターは笑った。「仲間にした、覚えが……ない。ここに流れ着いて、修行して、奴ら……勝手……集まって……呼ばれた、マスターと」
「へぇー。そうか。ていうかお喋りマジ長いわ!」お肉仮面はステーキナイフを握りしめて、構えた。「つまりここのボスはお前さんだろ!そろそろ刻んでやってもいいかなぁ!?」
「哀れ……肉食に溺れた子犬みたいに……」マスターも戦闘態勢に入って、ムエタイの構えを取った。「改心せよ……さもなくば、引導をわたしてやろう」
「お前さんこそ、来世はヤギに転生して食わせろよッ!」

 お肉仮面はステーキナイフを突き出し、鉄砲玉特攻を仕掛けた!マスターはタイミングを計らい、前蹴りを繰り出す!BOOOM!野太刀めいた細長い脛が空気を切り裂く!

 二つの人影が交錯して5秒後、マスターの蹴り足に一筋の血が流れ落ちた。

「うーん。人間の味だな。勝てるぜこんな」

 お肉仮面は口をもごもご動かしている。さっきの交錯でマスターの腿肉を切り落とすことに成功し、口に入れて、咀嚼しているのだ! 

「てめ……」マスターの顔は怒りに歪んだ。「よくも……絶対……コロスッ!」
「肉のくせに生意気だぞお前」

 仮面の下、お肉仮面は不敵に微笑んだ。

 お肉仮面の親友、電楽サロンはこう語った
「お肉仮面に勝てる動物はまずいません。目が違うんです」
「……ミートヴィジョン、だっけ?彼の目には、動物は全部筋肉繊維剥き出しの人体模型に映るんです」
「筋肉の収縮、膨張、全部見えてるわけ。それさえわかれば相手の動きがもう筒抜けです」
「ええ。言いたいことはわかりますよ。筋肉の動きが見えるからと言って、反応できるかどうかはべつです」
「それがかれの恐ろしいところですよ」
「お肉仮面とてつもないの量の肉を食べました」
「食べれば食べるほど、お肉仮面は強くなります」
「僕が最後に体力測定したとき、100mを5秒で走りきって、垂直ジャンプで10mも届いて、ベンチプレスはなんと600㎏でした。なのに身体はムキムキになってないんですよ」
「もはや生物としてのレベルが違いすぎました」
「彼から見るば、人間を含めたすべての動物が肉でしなかいですよ、きっと」

「グヤァァァンッ!」「ヌォォォ-ッ!」

 激戦の末に、お肉仮面のキャメルクラッチが決まった!身長230cmの巨体を持つマスターが悶える!さらけ出しているマスターの首に、お肉仮面はステーキナイフを当て、引いた。

「こぼ……ごぽろろろろぉ……」

 プッシャァァ……鮮血が盛大に噴き出した。マスターが徐々に力を失い、動かなくなった。

 お肉仮面はナイフで顔の皮を剥き、自分の仮面の上にかぶせて、肉食者の勝利を示した。

 菜食者の中で絶望し、頭を抱え、うずくまって泣き始めた者もいれば、自らホールドアップして降参する者、逃走を図る者。肉食者は誰ひとり逃がさず、嬉々と敗者を殺戮した。

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「これでお肉の未来が保証されましたね、お肉仮面さん」Z門が感慨深げに言った。顔が菜食者の返り血で汚れている。「誰にも邪魔されず、ステーキと刺身を食べる日々が……」
「いや。まただ」
「はい?」
「これは始まり過ぎない、Z門。俺はね、考えたんだ。肉食者が平和に肉を食べれる環境を作るためには、農産物をこの世から根絶しないと」
「なっ」流石お肉が大好きなZ門もお肉仮面の発言に訝しんだ。「本気で言ってるんすか?」
「ああ、本気だ」実際、肉穴のから覗けるお肉仮面の目は極めて真剣であった。
「あくまで俺個人の判断、わがままだ。お前たちはついて来るか来ないか関係なく、一人でやるつもりだ」
「はぁ……」Z門はため息して、顔を拭った。「ついて行かないって、言ってませよ」
「……ならば?」
「やるに決まってるっしょ!あっ、でも家畜のエサになる植物はまた生かしておくようにね、じゃないと肉が食えなくなっちゃう」
「あっ、それは考えてなかった」

 世界を二つに切り裂く戦争の始まりであった。

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 商店街、お肉仮面が率いる過激肉食団体よって荒らされた青果店。野菜と果物が無残に割れれて、店主の夫婦がまたスイカ割りのスイカみたいに無様な死体になり果てた。

 補習で遅く帰った少年は惨状を目撃して、立ちすくんだ。

「お母さん、お父さん……」

 少年の心の中は千ほどの思いが沸き上がった。しかしまた幼い彼はそれが消化できず、とりあえず父がココナッツを割るために使っていた剣鉈を手に取った。佐治武士製のダマスカス刃、その感触は冷たかった。商店街の向こうから声が聞こえた。

「……でさ、ババアをバットで殴ったらさ、じじい方が狂ったみてえにナイフをよ……」
「ウケる」

 少年は剣鉈を握りしめて、息をひそめた。彼は敵を知った。

(おわり)

素晴らしいインスピレーションをくれたお肉仮面さんと電楽サロンさんに感謝申し上げます。

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