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Nothing is expensive more than free eels

 カウンターの向こう、職員のおばさんが改名の申し込む用紙と俺の顔を交合に見合わせて、呆れた
「あんたもアレか?寿司屋のイベントのやつで?」
「はい」
 そいうでないとわざわざ理由の欄に「無料でウナギ食べたいから」と書く人がいないでしょう。
「だめなんでしょうか」
「だめではないけど、こんなフリガナは本当にいいのかね?」
「はい」
 はぁー。とおばさんはクソデカイ溜息した。
「まったく今時の若者は何を考えてるやら……」
 そう言い、おばさんはトントンと用紙にハンコを押した。
「おめでとう。IDIDカードが出来上がるまでちょっとかかるから待っててね。鰻汁詰め(まんじるずめ)さん」
「わかりました。ありがとうございます」

~~~

 改めまして、今日から鰻汁詰め(まんじるずめ)さんになりました。下ネタ?なんのことかな?
 イール殲滅聖戦士なのに名前に鰻が入れてとは何事だ。と思っている方もいるでしょう。事情があるんです。先日、大手の回転寿司チェーンSushi Lawがこんなイベントを始めた。

Sushi Law春のイール祭り!名前に”鰻”の字が入ったお客様とお連れ様(四名まで)がウナギ、オナゴなどイール類を食べ放題!

 これは事案だ。区役所で数千円と待ち時間を代価にする代わりにウナギを無料で食べる。クルセイドが大きな一歩を進める、願ってもないチャンスだ。一匹でも多くのイールを消費するためならこの世に最も憎い魚を名前入れることに躊躇しないし、矛盾が発生しない。

 新しいIDカードを財布に収め、いざ戦場へ。

「いらっしゃいませ~お一人様ですか?」
「はい。それと、自分は鰻汁(まんじる)詰めと言います」
「はぇ?」店員の怪訝そうな表情になった。「セクハラですか?もう一度言っていただけますか?スマホで録音して後に起訴した時証拠として使いますんで」
「いや、”まん”は養鰻のまんです。これを見てください」俺はIDカードを店員に見せた。
「あぁ、なるほど。失礼しました。確認させていただきます……はい、お客様は春のイール祭りの無料招待の条件に満たしています。食事時間は二時間、無料で召し上がれる対象はイール類のみとなります。おわかりですか?」
「はい大丈夫です」
「では41番のカウンター席へどうぞ。一名様ご案内ィー!!」
「「「ぇらっしゃっせいー!!!」」」

 店員の後について、店の奥、キッチンと着色ガラス一枚で隔てたカウンター席へ。引いてくれ椅子にケツを落とした。

「注文の仕方はご存知ですか?」
「はい」
「ではごゆっくりどうぞ」

 クソが紛らわしい名前してんじゃねえよこのハゲ……と呟きながら去っていく店員。普段なら呼び止めて食事の場で排泄物を口に出すんじゃねえよと教育したところだが、そんな暇はない。戦いはもう始まっている。俺はレーンの上から湯吞みをだけを取って、緑茶パウダーを入れて湯を注いだ。醤油とワサビとガリに用はない。俺はイールを楽しむために来たんじゃないのだ。すかさずタブレットを操作。蒲焼きの握り5貫注文、一斉送信!ギャバァーン!

 頼んだものが来るまでの間に周囲に目を配った。イール類ばかり食べて、テーブルに皿の山を積み上げたグループが他にも居る。エデンの蛇はイールだったこと、東方の三博士は誕生直後のジーザスに鰻重を献上したこと、突然変異で生まれた8つ頭のハイドライールをスサノオが知略で討ちとったこと。歴史の陰にイールが潜んでいることを彼らは知らない。ただイールを食べて楽しんでいるだけ。それでいい。誰でも
イール殲滅のノボリの背負えるわけではない。俺はイール真実に目覚めた当初も同士を求めて、イールの恐ろしさをSNSで発信したが、誰もがただのネタだと捉えて本気にしてくれなかった。俺は聖戦はLONESOME ROAD、孤独の道であると悟った。俺は戦い続ける、イールが絶滅するか、己が力尽きるかまで。

『ご注文が到着します。注意してお取りください』

 電子音声と共に上段レーンからうなぎ寿司が流れてきた。皿を全部取ってカウンターに並び、俺はまず一番左の皿に手を伸ばした。掴んで、口に入れて、咀嚼して、嚥下し、次の寿司を掴む。その間に右手でタブレットを操作し同じ内容をもう一度注文した。掴み、放り込み、咀嚼、嚥下。一貫を食べるには12秒ぐらい掛かる。今の俺の最大速だ。味わう暇はない。満腹中枢が反応すまでにできるだけのイールを胃に詰め込む。もちろんシャリも食う。炭水化物云々シャリを残すアホはイールの次に嫌いだ。

 掴み、放り込み、咀嚼、嚥下。掴み、放り込み、咀嚼、嚥下、お茶。掴み、放り込み、咀嚼、嚥下、皿を取る。ひたすらイールをかっこむ。28貫目のところで満腹感が伝わってきた。積極的に味わわないでいたがさすがにたれの味とふわっとした食感にも飽きがくる。さっぱりしたもの、ブリとかが欲しくなってきた。消化が始まって血液が胃に集中しまったか、眠くなってきた。あれ?周りを見ると皆テーブルにうつ伏せたり、頭を垂れたりしてるじゃないか。食べすげて疲れたかな?あっやべ、眠すぎて思考もできないや。こういう場合は素直に目を閉じて仮眠を取るのが一番。10分だけ眠っても体力の回復に大きな効果が……あぐ……すぅ……ご……

〜〜〜

「熟睡したな」
「もうぐっすりすよ」
「よし、奥に運ぼう」

(つづく)

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