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チャーハン神炒漢:ノー・モア・ヌベッチャーハン⑦

目次

 蛋炒飯、それが最も簡単で、最も難しいチャーハンだと言われる。材料は米と鶏卵、あと最低限の野菜と調味料。素人が作った米とスクランブルエッグをかき混ぜただけの物と、プロが工夫を凝らして卵が熟していない内に米を混ぜ合わせて、米粒の一つずつが卵に覆われたアヒルの羽毛みたいな色に仕上げる物、それ全部が蛋炒飯の枠に入っている。幅が広いだからこそ、奥が深い。

『蛋炒飯だ。賞味せよ』

 最初に動いたのは店長だった。盛りつけの段階で堪らなくなっていた彼はは調理台に並んでいるチャーハンを左で取り、右手でスプーンを持とうとしたか、痛みがよぎった。「チッ」舌を打つ、彼の右腕が炒漢に折られたことを思い出した。

「あっ、食べさせますよ!」「いらんわ!男同士でアーンとか気色がわるい!」

 バイトの提案を拒んで、店長は左手で気ごちなくスプーンを操り、チャーハンを掬って口に運んだ。

 ぱく……むしゃ……

 咀嚼、味わう、嚥下。また掬う。一心不乱にでチャーハンを食べる店長。彼を見た他の三人もスプーンで各自のチャーハンにありつけた。スプーンを差し込んで、掬って、口に運んで、咀嚼。

「これって、覇味庵のチャーハンやないか!」
「本当だ。覚えている味とそっくり」
「スライムが来る前に、店長がまかないで作ったやつと全く同じです!」

 カリッ、すでにチャーハンを完食した店長はスプーンを皿に叩きつけた。三人は驚いて、しばらく経ってからチャーハンを咀嚼し続けた。店長は口をもごもご動かし、口内の残っている米粒を舐めとって嚥下した。そして炒漢に向かって噛みしめるように言った。

「驚かせやがって……あんな大技を使ってどんなものができると思ったら、結局ただのチャーハンじゃねえか!まあまあ旨かった、ただのチャーハンじゃねえか!」

炒飯奔流(チャーストリーム)は一度大量のチャーハンを作るための技。旨さに直接関係しない。あむ』炒漢もまたチャーハンを頬張った。『私の記憶からできる限り覇味庵チャーハンを再現した。お前の言う通り、まあまあのチャーハンだった。しかし現在、まあまあのチャーハンすらも食べられない現実に、私は憤慨している。お前はどうなんだ?』

 喋っている間も、炒漢はチャーハンを食べ続けていた。店長は空になった皿を見て、地面を見て、スライムたちを見て、最後に炒漢を見た。炒漢の顎はせわしく動いてチャーハンを咀嚼している。

「俺だって……俺はよぉ!客に、こんなチャーハンを、食わせたかったんだ!ずっとよ……!」

 嗚咽。店長の頬に涙が滑り落ちた。

「店長……」

 自分のチャーハンをフィニッシュしたバイドが店長の背中をさすった。

(なんか雰囲気がね)(ウカツに動けん)

 空気を読んだセンチ美とトマトンは皿を持ったまま直立していた。炒漢は残り3皿のチャーハンをスライムの前に置いた。

『お前たちも、お食べなさい』

「ぼしゅー」「びょーじゅ」「ぐしゅぐしゅぐしゅ」粘着質な音を立てながら、スライムはチャーハンの誘惑に耐えきれず調理台と床の隙間から這いずり出て、チャーハンの上に覆い被さった。半透明の身体に通して米が体内に取り込まれるのが見える。炒漢はヒトデの摂食を思い浮かんだ。

⦅おお……人間らしい食事、もういつぶりか⦆

 炒漢の脳裏に声が響いた。スライムたちの思考がチャーネットを通して炒漢に届いたのだ!

⦅旨い、旨いなぁ。昔のことを思い出すよ⦆
『やはり。お前たちは知能を持っているな』
⦅料理はできるけど失礼な奴ね。私たちをだたのぼよぼよの単細胞生物だと思っだ?⦆
⦅よしなさい。こちら壮士、わしらはあの妖女に姿と声を奪われて、ずっと働かされてきた⦆
『妖女とは、祭暮娘々のことか』
⦅そうだ。奴が別の現実と繋がる秘法を……⦆
『詳しく教えてくれ』

「お嬢さん、兄ちゃんは何をやっとるん?」
「あれはチャーネットとかに通じて、スライムたちと意思疎通しているだと思いますよ」
「そないなことできんか!?」
「さあ……」

 トマトンに聞かれて、センチ美は意識した。テツローが、炒漢が自分にとって遠い存在になりつつあること。なんとも言えない感情が腹から沸き上がり、彼女は下のくちびるを噛みしめた。

『大体わかった。感謝する』と言い、炒漢は立ち上がった。トマトンが詰める。

「なあ兄ちゃん、何がわかったんか?」
『この件関して私以外が知らない方がいいという判断だ』
「そんな殺生な!ほんまだめなん?」
『だめだ』
「ヌゥ」

 炒漢が店長とバイトに顔を向けた。

『邪魔した。しかし材料代払わんぞ。クレーム処理だと思え』
「ケッ、てめえみたいなクレーマー、こっちがお願え下げだぜ。お前と、女子、あとおっさんも」店長は炒漢、センチ美、トマトンの順に指さした。「おまえら終身出禁だ!もう二度と面を見せるな!」

「まあ、そうなりますね……」
「心配いらん。わては一年一度しか覇味庵で食わへん。よってダメ―ジほぼ0や」
「やかましいわ!監視カメラのHDを壊しやがって!」
「まあまあ落ち付いてください店長。怪我が悪くなります」

『怪我と言えば』尊大に腕を組む炒漢は顎で店長の右手を指した。『もう大丈夫そうか?』

「はあ?何言ってんの?骨折がそんなに早く治るわけが……え?」店長は目を見開いた。右手を目の前にかざして、拳を握って、放った。「治ってる……なんで?」

『秘訣は魚骨粉だ。カルシウム豊富の魚骨粉をチャーハンに混ぜておいた』

 炒漢はそう言い、厨房を出た。センチ美は顔の横に小さくチョップして炒漢を追って退出、その後ろにトマトンが続いた。厨房が一気に静まった。

「クソが(食事を作る場で排泄物のこと言うな)……粋な真似しやがって……チャーハン神炒漢……」
『アリガトウゴザイマシター』

 店長の独り言に、自動ドアの音声が一言を足した。

(続く)


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