【剣闘小説】クラウン・バタリング・ラム
「ヌゥ……!」
足元を払いに来る棒を、ブライトは咄嗟に身をかがめ、四角の盾を地面に打ちつけて防御!タァン!衝撃が盾から左腕に伝わり、骨に響いた。反撃を取るべく右手の剣を構えなおすが、相手はすでに剣が届ける範囲外にいた。軽やかなステップを踏んで、モールエーは余裕綽々に鋲を打ち込んだ6フィート棒をビュンビュンと回した。
「どうした?ご自慢のアーマーがアダとなったのかい?」
モールエーは嘲笑的に言った。その指摘が正しい。「夢幻の冠」工房が出産するアーマーは安定と堅牢さが最大な特徴。生半可な刃が通れない防御力は正規軍にも採用され、混迷な戦場でゼロ距離の接敵では無類の強さを誇る。ブライトが今着用しているのはスノーイリュージョンの上下ワンピール式アーマー、さながら重歩兵めいた格好である。それがアリーナの一対一戦闘の場合はどうなる?厚重な装甲が機動力を殺し、軽装で長物持ちの相手に翻弄される。
「いるよね、同じ工房の装備を揃ってないと意味がないと思う連中が」
棒を後ろてに、モールエーはサイトステップしながら攻撃の機会を伺う。彼女は上、中、下、それぞれ違う工房の装備を着ている。軽装である。
「でも私には運がなかった。合作購買部でいいもん当たったことないし、ただで装備をくれるいい人もいなくてさ。だから地道で鍛えるしかないの、よッ!」
踏み込む!ブライト頭部にめかけて棒を突き出す!ブライトは盾を掲げるが予想していた衝撃が来なかった。
(フェイントか!)
悟ったものの、すでに遅かった。モールエーは空いた下半身に本命の第二撃を突き出した。「ゲォホッ」脇腹に直撃!衝撃がアーマーを貫いて内臓を揺さぶった。ブライトはバランスが崩れ、方膝ついてしまった。
「勝機!ROARRRRR!!」
モールエーは棒の尾端を握り、大上段に持ち上げて、振り下ろす!剣闘筋士力×リーチ×回転速度、即ち破壊力!
「ヌンンーッ!」ブライトは流星のごとく叩きつけてくる棒を盾で防ぐ!「ROARRRRR!」「ヌンンーッ!」再び防ぐ!「いい加減にくたばれや!!」モールエーは今度垂直に跳躍し、前転して地獄の脱穀めいて棒を振り下ろす!剣闘士筋力×リーチ×2倍回転速度×2倍高度、つまり破壊力は100倍!
「イィィヤァァァァーー!!!」
観衆の誰もが脳内にブライトが割れたメロンにような撲殺死体になる画面がよぎった。伝説チャンピオンストラウベリーを継ぐ新星、スターライトスクールのブライト・カエラムの若き命はここで散り、その血液はアリーナの砂に滲み、次世代のグラディエーターを育むというのか!?
BOOOOM!!隕石衝突に匹敵する棒撃がアリーナの砂を巻き起こし、砂嵐のごとく観客席を襲った。
「ウオッ!やべえこれ!」「ゴミが目に入って……コッホ、ケッホ!」「ブライトちゃんは!?生きているの!?」「流石にあの一撃を食らったら生きれねえわ、コッホ」「でも」「シー、静かにせい」
騒ぎ立てている観衆を、長身の中年男が注意した。
「結果を待つんだ。どんなことであろうと受け入れる覚悟をしておけ」
言われた観衆たちはツバを飲み、視線をアリーナの中央に戻した。砂塵は叙々に沈んでゆく……見え始める2つのシルエット。そして……おお、なんと!
「コポーッ!」
口と鼻から大量の鮮血を吐き出すのはモールエー!その右胸にバーバリアンソードの剣先が埋め込んでいる。
「おま……どろく演技して……結構速く動けるんじゃ……ないか」
「もう喋らないで」
ほぼ広いバーバリアンソードの剣先はモールエーの肋骨を通り、肺まで達した。素人から見ても明白な致命傷である。
二人のそばに、鋲付き棒と、破損した盾の破片が散らばっている。一体何が起きていたのか?時を遡って見てみよう。
『イィィヤアアアアーー!!!』
隕石の勢いで迫ってくる棒!ブライトは盾を斜めに押し出して棒の軌道上に置いた。CRAAAASH!オーク材質、しかも金属で縁を強化した四角形盾が爆砕!左手が痺れて感覚を失った、骨が折れたか、砕かれたかもしれない。しかし壊滅的打撃を逸らすことに成功した。BOOOOM!!鋲を打ち込んだ棒の先端が足元の土を抉った。迷うことなく、また動ける右手でソードを握りしめ、斜め上に突き出した。手応えあり。
『う”っ』
砂塵で視線が遮られている中、ブライトは勝利を確信した。
「持っててくれるか?」「……」
ブライトに促され、モールエーは剣の柄を握った。穴が開いた肺に「栓」が外さないためだ。今剣を抜いたら、忽ち血が湧き出て、彼女は自分の血で窒息死であろう。でもどうせ瀕死の剣闘士にそうさせる必要はどこにある?現代的価値観をもつ読者諸君はそう思うだろう。それは剣闘の本質は殺し合いである以前に、ショーであり、見世物であるからだ。
(さあ、最高のショーを仕上げてくれ。私の肉と骨がおまえの礎に……)
それに気づいたモールエーはおのれを強いて意識を保っている。最後の栄誉、壮烈の死を迎えるために。
一方、ブライトは最初からアリーナの地面に置いてあった直径45㎝、長さ5mの丸太を抱き上げた。いや、ただの丸太ではない、荒縄によって編まれた輪っかが30cmごとに設置されている。これが戦争の際に、重量と一点加圧でゲートを破壊するための道具ーー破城槌である!「夢幻の冠」を装備した者のみが使用が許されるアピールウェポン!誰が考えて剣闘士一人に数人で扱うべきの道具を持たせたのか!?
「ヌォォォ……WAAAAAAR!!」
ブライトが波状槌を頭上に掲げて、お雄叫びをあげてアピール!
「「「ウオオオオオーー!」」」
熱狂する観衆!
「ヌゥ……フッ!」
破城槌を提げて、腰ため姿勢になったブライト。破城槌の重量に抗い、三角筋と背広筋が切れる、切れまくる!
「来いよォ!」
モールエーは死力を振り絞って胸に刺さっていた剣を抜き捨て、両手を広げた。死神を迎えるように。
「ンナァアアアウーー!!」
助走!そして勢い乗せた丸太を押し出す!
+SPECIAL APPEAL+
DREAMING HREAT
「グワーーー!!!」
攻城槌のがモールエー肋骨を徹底的に砕き、心臓を潰した。彼女は飛ばされ、そのままアリーナの壁にぶつかりめり込んだ。
「ウオオオオオーー!」「ブライトすげえ!」「流石スターライトの新星!」
プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!プラーイト!
満場のコールの中で、ブライトは役目を果たした攻城槌を放り捨て、笑顔で観衆に手を振りながら退場した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「良い戦いぶりだったなブライト」
控え場でブライトを迎えたのは同じスターライトスクールの剣闘士、燃えよな赤髪のルビ・バスクワだ。
「……そうでもないよ」
ブライトは兜を外し、汗で濡れた茶色の髪と青アザが付いた顔が露わになった。続いてアーマーを外し、ルビーの隣に座った
「はぁ……」「なんだ。生き残れたのに楽しくなさそうね、はい、水」「うん」
茶碗を受け取り、ブライトは水を一気に飲み干した。口内のかすり傷が疼く。
「おいしい。おりがとう」
「ただの水なのにおおげさだね。まあその素直の部分が素敵だけど、あっそうだ。もし私も勝てたら二人にマスターに酒をねだってみようよ!今度上手くいけると思う!」
「うん、そうしよう。でもまずは生きて帰れないとね」
「ハッ!このルビ・バスクワを誰だと思ってる!楽勝さ!」
ルビは立ち上がり、拳を打ち鳴らした。その自信に満ちあふれた佇まいが彼女を着ている「酒紅色薔薇」製の赤いアーマーがより一層輝いているにように見えた。
「おいルビ・バスクワ……なんだ元気そうじゃないか!お前番だ、早く死んで来い!」
衛兵が控え場に入り、ルビの出場を促した。
「呼ばれて、即、参、上!」ルビは踊るように複雑なジェスチャーを取りながら三歩踏み出した、そしてピッと止まってブライトに振り返った。「酒、飲めたらいいな、デスプエス!」
「うん、気をつけてね!」
右手がサムズアップしたまま出て行ったルビの見送りつつ、ブライトはさっきモールエーに突かれた脇腹をさすった。
「イッテ……」
赤く腫れている。これは数日響きそうだ。
(ルビは剣闘を、命のやり取りを楽しんでいる。でも私は、楽しめきれない。たとえ勝利しても、奴隷以上になれない人生……)
心のもやもやと閉塞感、そして疑問。剣闘士たちは厳しい鍛錬とアーマーに秘めた力で常人を遥かに超えた力を手に入れた。強くなれた者は奴隷の身分に甘んじている、強くなれなかった者は文字通り切り捨てられる。自分才能に恵まれてここまで生き延びた。でもそうでない者は?彼らには、幸せまではいかずとも、怯えず、苦しまずに暮らせる権利がないのか?
その答えを、彼女はまた知らない……自分がいずれローマを揺るがす存在になることも。
(終わり)
7/1は紅林珠璃のバースデーだって。俺を剣闘の世界に引きずり込んだ剣闘士だ。おめでどう!
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