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聖戦士、リーの誕生

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 アダムとイブはイールを食べすぎたせいで神の怒りに触れ、聖地エデンから放逐された。カプリエルが残した『ゴージャス旅PREMIUM:イタリア編(先史~一世紀)』だけを頼りに、長男のカイン、そして生まれてから一年の次男アベル四人でイタリアに向かって旅立った。一家は無事にイタリアにたどり着き、現在のウーディネに当たる位置に農園を建てた。新生活が始まった。

 そして時が過ぎ、失楽園から20年が経った。カインとアベルの両兄弟はともに立派に成長し、後の世の宗教絵に描かれた通りのムキムキマッチョに育った。カインは両親から果樹園を受け継ぎ、アベルは水産会社を立ち上げた。

 コトコト、カインは台車を引いて帰路につく。玄武石の壁のような勇壮な背筋はいつもより躍動感が欠けている。眉間の皺が深くて、グレートキャニオンじみた様相だ。台車には今シーズン最後に収穫されたエデンの果実、つまりリンゴが載っている。その数はバケツ4個分だけ。つまりクソ少ない。

 エデンを出た際、イブは密かにリンゴの種を飲み込んで、税関天使による荷物検査を通り抜けて持ち出すことに成功した。新しい農場の名産品としてエデンの知恵のみを売り出すつもりだったが、予想外のことが起きた。気候か、土壌の差か、最初の5年は果実が実らなった。翌年はようやく果実ができたが、果実を齧っても新しい知識が頭に浮かばなった。エデンの外で育ったリンゴはただの果物でしかなかった。

 リンゴの価値が大きく損なったと見たアダムとイブはぶどうやオレンジ、ナツメヤシなど環境に合った果物の栽培に方向転換して収入を確保できた。リンゴ木を全部掘り起こしほかの木に植え直そうと計画を立てたが、カインによる極力反対でキャンセルした。カインにとってリンゴとは、たったの一回しか見たことない神(モーガン・フリーマン)と唯一の繋がり、自分が神の孫である証拠である。神を目にしたあの日から、カインはその存在の大きさ、神聖さ、そしてすべてを自分の意のままにできる強大さに魅入られ、憧れていた。

 コトコト、台車を引いているカインは家の前で、ちょうどイール養殖池の検点を終えて帰宅するアベルに出くわしてしまった。カインは父のアダムと似た角張った男らしい顔で、アベルは母のイブと似た丸みを帯びる親しみのある顔つきであった。体毛もカインと比べてたいぶい少ない。

「あっ、お兄ちゃんお帰りィ!リンゴの収穫はどうだった?」
「……ああ、見ての通りだ」
「オウフ、楽観的ではないようだね……でも大丈夫だよ!今日はなんとスパルタンからイール3000匹の注文が入ったよ!うちのイールはタンパク質がとくに優れて、腹筋を割らすには最適だって!」
「そうか、それは良かった」
「でしょう!?納品できたら来年の春までお金の困ることないよ!」
「頼もしいな」
「でしょう!?オレもっと頑張ってこの家を支えるから!」
「うん、あぁ、アベルならきっとできる」
「へへっ、そういってくれるとうれしいぜ!あっ、そろそろ晩ご飯にしよう!今日は景気付けによく肥えたイールを焼いてさ……」
「いや、俺はいい。先に食べといてくれ。俺は……少し散歩してくる」
「そっか!日没まで帰って来てね!」

 両兄弟は家の前で分かれた。ちなみにアダムとイブは結婚記念のお祝いにポンペイに行っているため不在。カインは家の前に広がる碁盤状に分けている養殖プールを忌々しげに眺めながら、リンゴに嚙りついた。カリッ、シャリ。驚くほどの無味。しかも繊維も粗く、コルクでも食ってるような感覚だ。量が少ないだけでなく、品質も年々落ちている。 

(オレがこの家を支えるよ!)

 アベルが言った言葉が魚の小骨のようにカインの心に引っかかっている。実際、現在農場の収入の90%はアベルの養殖イールが占めている。

「クソッ……!」

 長男としてのプライド、悔しさ、無力感。様々な感情が胸の中に行き来した。カインはやけくそ気味で乱暴にリンゴを頬張った。カリッ!カリッ!ジャリッ!繰りの周りからリンゴのカスと果汁がこぼれた。

「クソッ!クソクソクソッ!俺はだめ!何やってもだめ!アホ!無価値!」

 リンゴ2個目に突入!カリッ!ガジョ!カリカリッ!ムシャア!

「もうなんでなんだよぉ……俺はあの方の、神の孫なのに!エデンから出なければいつかあのようになれたなのに!んっふ、んっふ、んっふ!」

 カインは両手両膝が地につき、口にリンゴが詰まったままで嗚咽した。

「そもそも、んっふ、そもそも父さんと母さんがいけないんだァ!イールなんかに、んっふ、手を出したせいで俺まで追い出されて……あのままエデンに居れば、今頃俺はんっふ、リンゴを大量生産して知識を手の物にして人間の王にも成れたんっふ……なのに今はこの僻地で、まずいリンゴしか、んっふ、作れない土地でぇ!弟がイール養殖で大儲けだと!?あのクルルーの眷族どもだぞふざけんな!認めない。俺は認めないぞ!お父さんとお母さんは失楽園の件からなにも学んでいない!アベルは神のこと何も知らないからイール養殖に躊躇ないんだ!だったら神に代わって思い知らせてやる!ハァーッ、ハァーッ……!」

 キレ散らかして、ストレスを発散できたカインはゆっくり立ち上がった。彼の両目は毅然と養殖プールを見つめている。

 カインはベルトについているボーチから粘土の小瓶を取り出した。中身は半年の時間をかけて精製したキョウチクトウの濃縮エキスだ。

 瓶を握りしめ、カインは養殖プールに向かって歩き出した。

(続く)



 


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