ようこそ、ユーシャルホテルへ⑤
「はい!ご注文のパンと葡萄とクランベリージュースです!ごゆっくりどうぞォ!」
パーン!クラーン!キッキャン!大きな声を立てて、女侍は皿とカップをテーブルに叩きつけ、さらに腰にベルトで締まっているナイフの鞘を手を添えた。凄みのある表情はこれ以上喧嘩すれば実力行使も厭わぬと語っている。ブロンプスと呼ばれたエルフは先に両手を挙げた。
「わかったわかった、”負け知らず”のザアイ嬢。ここは私が紳士らしく一歩さがるとしょう」そして顔を向けた。「私への侮辱は不問とする。だがご婦人、善良の旅行者として一つ忠告しよう。そっちの野盗とあまりお近づきにならない方がいい。財布が見つからないと気付いたその時には、奴はすでに地平線の外にいる」
「ええ、ご忠告ありがとう」私は負けじとその傲慢な青い目を見つめ返す。「でもあなたの方がよほど危険だと感じたわ」
「賛美として受け取ろう」
エルフは歯を剥きだして獰猛に笑い、自分の席に戻った。
「なんだ?喧嘩しないのか?つまんねー」
エントランスの方に、ホテルの制服である亜麻色チュニックを着崩している男が壁にもだれて立っていた。ボタンは留めておらず、布の間に露出している上半身は骨が浮くほど痩せているが、半ズボンして穿いてない下半身、特に太腿は異様に発達している。男は全身汗でびしょ濡れで、白髪が混じった髪と髭の先端に汗で出来た水滴を垂らしている。
「ティンコット!なんて格好なの!?お客様がいるって!」
「いいって。どうせお見知りだし。なあブロンプスの旦那、マダム・オーボー」
「よお。買い出しお疲れさんティンコ!」
「ティンコ、いい仕入れがあったか?」
オーボーとブロンプスはそれぞれの料理と飲み物を進みながら返事した。
「だからティンコと呼ぶの勘弁して……今日はゲップスのワインを買い付けましたよ、じゃんじゃん注文してくだせえ」
「やった!」オーポーはうれしそうに拳を振り上げた。ブロンプスの視線は私に向けた。
「おや、新規お客様かい?これは見苦しいところ……」
「とにかく、身体を拭け!クリーンになってこい!」
と言い、ザアイは男に毛布を持たせ、廊下へ押してやった。
「なんなんだあの男……」
「ヒクイドリのティンコトーだよ。ここで働いている。食材と備品の調達をやっている」と教えてくれオーポーは椅子に手を差して、座れと促した。もちとん私は立っているつもりはない。
「ニックネーム、わかりやすいのね」
「おうよ。あの足見ただろ?まるでターキーの丸焼きだ!」
「ターキーか、実物は見たことないな」
「なんと」オーポーは驚き、目を見開いた。「大変な人生を歩いてきたようだ。かわいそうに……飲もう!」
「ああ」
私たちは乾杯し、ゴブレットの中身をイッキした。
「で、イルジはなんかのニックネームとか、称号持っていない?あるだろ?金を払ってここに来る以上の身分なら」
「いや、大したことではないので」
と私が言ったが、実際のところ、オーポーに知られたくないのが本音だ。炎蔦のイルジは、深夜に敵国の要塞都市に卑怯な魔法をかけ、兵士と無辜の民間人を千人以上を夢の中で焼き殺し、または窒息させた残虐の魔女であることを。
「そっか。まあ気が向いたら教えてくれよ」
「ええ」
ドワーフは私の表情から察したのか、これ以上のことを聞かなかった。さすがに処世術に長けている。ふと、頭の後ろから視線を感じた。私が振り返るの半拍子遅れて、エルフは視線を逸らした。
「なにを見てる?」
「別に」
エルフは白々しくパンをちぎり、口に入れてジュースで流しこんだ。
「クックック……気をつけろよイルジ。あのエルフ、ベッピンさんに目がないんでね」
目を細めて微笑むオーポーに対して、ブロンプスは抗議するように拳でテーブルに叩いた。
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ユーシャルホテルの北、1ヤード離れた林の中に、革鎧を着た男たちがキャンプ地で剣を磨いたり、矢羽をつけたり、狩ったウサギを捌いたりしていた。
中の一人、頭に深刻な火傷を負い、右の頬、右目、右耳、大半の頭皮が爛れた男はキャンプから少し離れた木の下でズボンを降ろし、尿意を解放した。
「ウーーッッス爽快!。おーい旦那ァ!そっち調子はどうだァ!」
火傷男は気の上に向かって叫んだ。その視線の先に、一人のエルフが枝の上にしゃがんでいる。
「……酒は入った。あとは子豚たちが酔うまで待つだけ」
エルフは呟くように言い、半分しか残っていない右耳を手で掻いた。この男の名前はハッファン、悪名高いヒューマンハンター、人狩りのハッファンだ。
「アァ!?旦那まさかまた一人しか聞こえない声で何か言った!?聞こえないってぇ!」
火傷男は気の上に向かって叫んだ。
(つづく)
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