見出し画像

MEXICOは決して無法地帯ではない

 ゴオオオオ……室外機が咆哮する路地を見たおれはこれ以上進むべきか一瞬躊躇した。ひんやりとした快適表通りと違い、壁沿いに室外機がびっしり並んで熱気を絶え間なく吐き出す幅7フィートの狭い道はまさに焦熱地獄。おれは腹を決めて、一歩あゆみだした。左右からの熱風がおれをイカジャーキー生産ライン上のイカみたいに炙る。汗は吹き出しては乾く。

 更に狭い路地裏に曲がり、少し進むと、急に空間が開放的になった。ビルに囲まれた四角い空間に、西部劇のセットみたいな木造建築が佇んでいる。ここがバー『MEXICO』、軽率に登場人物を面白くグロい死に方で死なせ、善良の社会倫理に反する小説書きども、通称「パルプスリンガー」のたまり場だ。おれも今日は完成したばかりの小説「チャーハン神・炒漢」を貼りに来たわけ。

 スイングドアの横、ベンチに座っている長身の老人におれは手を振って挨拶した。老人が笑って頷いた。

「ホホーウ!アクズメさんではないか!さては炒漢の続編ができたかな?」

「こんにちはジィジ。ただいま書き上げたところです」

「こりゃ楽しみだねえ!」

 ジィジはシュナウザー犬を想起させる立派な灰色の口ひげをなでた。年老いてもすごみのある容貌、たけた格子模様のシャツと色褪せったジーンズに相まってアウトロー的雰囲気を出している。彼の事を知らずに街で目が合ったらおれは瞬間に目を逸らすだろ。

「ところでR・Vは来てませんでした?」

「R・Vならさっき出掛けて行ったよ。例の知性マグロ案形の続きがあるらしくて調査しに行ってる、美人の姉さんを連れてな。いいね毎日冒険だねー、アドベンチャータイムだねー」

「羨ましいよほんとう。じゃそろそろ中に入ります」

「ほい、わしはもう少し涼しんでからで読みに行くわ。中は熱くて老骨に響く」

 ジィジに会釈し、おれはスウィングドアを押してバーに入った。「ウオッ」熱気!路地とは違い、湿っぽく、汗と香水、血とホップの匂いが混じったモワァとした空気が温度の塊のようにおれを迎え入れた。これはキツイ。シーライフへの配慮のため、MEXICOにエアコンが付いていないのだ。

 壁に書いてある「メキシコの荒野にエアコンがありますか?ありません。頑張って耐えましょう」のスローガンを一瞥し、店内を見廻る。熱さ故かカス少ない客は皆シャツをはたけたり、上半身を露出したりしている。ビギニしか身に着けていないホットな女もいた。ある者椅子に沈んで怠くスマホを操作し、ある者は水滴がついたコロナ瓶を惜しんでチビチビ舐めている。今日は普段より盗賊のアジトっぽさが増している。

 その中に、自分の固有能力(スーパーパワー)で涼しんでいる者も居た。例えばジュクゴマスターだ。「冷若氷霜」のジュクゴ力で体表が薄い霜に覆われるほど体温を下げている。フィッシャーマン風の男が夏バテ対策に篭から一匹のイールを掴んで頭から食っている。

「こんにちは」「うん」「こんにちは」「ああ」「元気?」「うぇー」

 挨拶しながら、おれは掲示板に向かって、納めていた原稿用紙を取り出し。ピンで固定した。これで今日の用が済んだ、あとは反応を待つだけ。おれは「CORONAは一日六本まで」と貼り紙されている冷蔵庫からコロナを一本いただき、空いている席に座った。にしても暑いな。こんなじゃコロナがすぐぬるくなっちゃう……

「さけけけけーっ!」

 突然何者がスウィングドアを乱暴に押してバーにに入場し、CORONAを冷やしている冷蔵庫へダッシュ!酒精中毒者だ!彼は普段政治と哲学について高知能な発言をしているが、血中アルコール濃度が下がると酒精を求める低知能アルコールホリックゾンビ―に化してしまう!

「さけけけけーっ!」

 酒精中毒者はまず歯でコロナの一本を開封し、その場で呷った。「さけぇぇぇ!」痛快!空になった瓶を捨てて、両手で持てる限りにコロナをかっさらう!その数は8本!

「おいバカ!」「やめろって!」

 他のパルプスリンガーが止めに入るが、時は既に遅し。

 BLAM!

「さけっ」

 銃声とほぼ同時に、酒精中毒者の頭が撃ち抜かれ、脳漿と血液が冷蔵庫とそのあたりを汚した。カラン、コトン、コロナ瓶が木製床にぶつかり、鈍い音が響いた。

 おれも含めて、バーにいたパルプスリンガー達がカウンターの方向に目を向けた。フィッシャーマンは銃声にびっくりしてイールが喉に詰まって窒息した。

 カウンターの中、ジョナ・ヘックスめいたスガーフェイスのガンマンがウィンチェスターライフルのレバーを引き、次弾を渋く充填した。彼はMaster、MEXICOの管理AIである。

前回の「天狗ランペイジ事件」で、MEXICOが全壊し(実際やったのはジュクゴマスターだが)、サーバーに損傷を与えたことでnote運営はパルプスリンガーたちに自粛と改善を求めた。パルプスリンガーたちは三日三晩の会議(その実態は酒を飲んで騒いだだけだった)を経て、絶対的な管理AIを創り出すと決めた。誰からどう見ても真の男であるMasterが誕生し、彼の初命令はコロナ摂取制限であった。酒精は乱れの元、当然と言えば当然だが、それを快く思わず、規制に足して挑戦的な者のいた。命知らずのサイコパス天狗がその一人だ。彼の反抗はどうなったか、壁にトロフィーめいて飾ってある血染めた天狗面がすべてを語っている。

「あ、あれはウィンチェスター社のM1866、通称イエローボーイのレバーアクションライフルだ!真鍮製の機関部が実際渋い!このモデルが後に改良され、アメリカフロンティアのガンマンやカウボーイに愛用されたクラシックな銃で……」

 大小様々な銃を身に着けた重武装ガンマニアが興奮した口調で解説し始めた。そこにMasterは銃口を向け、BLAM!

「ぼぉほっ!」銃弾に左膝を粉砕され、崩れるガンマニア!「ナンデー!?」

「ごちゃごちゃうるせえよナードめ。ジェニファーは人に自分のこと言われるのが嫌いなんだ」

 Masterは吐き捨てるように言いながらレバーを引いて戻し、次弾を渋く充填した。ジェニファーとは彼が持っているM1866モデルのウィンチェスターライフルの名前だ。『どうせなら銃の名前も設定しておきましょう!その方がかっこいいし』とガンマニア自らの提案だ。

「さて」また硝煙が立っているジェニファーを構え、Master店内にいる者に向かって宣告した。「六本以上に飲みたい奴はお構いなく取りに行ってくれ。おれはまたやり足りてねえからよ」殺伐!

「結構です」「今日は休肝日なんで……」「もう腹一杯で……」

 パルプスリンガー達は冷え汗を拭き、Masterを見ないように、各自の飲料や作業に集中する振りをした。

(おわり)

R・Vの深海大冒険。こちらもよろしく!


当アカウントは軽率送金をお勧めします。