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婦人科医のシズ先生 2

 河童の身体は人間以上に水分が含まれており、毛が一切生えない皮膚が薄い粘液に覆われてしっとりとした感触と言われる。水の抵抗に鍛えられた肢体はしなやかでかつ官能的、シンプルに言うと、エロいのだ。

「一度河童と交わればもう人間を抱けない」という言葉があるほど、人間から見ればそれほどの魅力は河童が持っている。河童自身もそれに気付いたらしく、人間が一人で水辺に入る時を狙って、伝説に伝わるセイレーンのごとく水面に浮かび、その蠱惑てきな身体で人を誘惑し、水の中に引きずり込んでファックする。夏休みを田舎の実家に過ごし、新学期になると尻子玉を抱えて婦人科に訪れる少年少女は数え切れない。

 ほとんどの人間は河童の子を懐妊するのがいやなので中絶する。ごく少数の人は河童を産むことを選ぶが、そのなかでも男性の割合が1%以下、つまり少年はその1%以下である。

「ナルミと約束したんです……この子を無事に産んで、来年の夏にまた会うって、そして……」

 シズはこめかみに指を当てた。困ったものだ。

 河童は人に似た形をしていても身体の構造は異なっている。彼らは人間のような性交を行わず、泄殖膣(うんこの出る場所でもある)から卵を産み、それから雄が陰茎で卵に精液をかける、いわば卵生だ。人間の言葉と仕草を倣うのもより人間を騙しやすいためと思われている。

 少年は河童との擬似性交で恋愛に似た感情を芽生えたかもしれないし、本当に河童と恋愛した最後に尻子玉をぶち込ませることを受諾したかもしれない。

 参ったね。自分は中絶専門で相談役じゃないのに。とシズは思った。とりあえずやれることはやろう。

「久朔さん、腹の中にある河童の子、あなたの遺伝子を受けついていないとご存知ですね?」
「……知ってます。ナルミが教えてくれました。精液を提供した奴は里の有権者で、女をものみたいに扱うクズでした」
「うーんんん……」

 シズは唸った。それが果たして真実なのか?河童の戦略の一環ではないのか?わからない。人間は彼らについて知ることは少なすぎる。

「それで、河童が生まれた際に、宿主の産道、あっ、男の場合は直腸ね。這いずり出る仔河童の爪によって大怪我を追うことも、もちろん知っていますね?」
「えっ」

 今度は少年が驚いた顔を見せた。

(そうだよな、都合の悪い情報を教えるわけないか)

「こちらをご覧ください」

 シズはマウスを操作し、何重ものドキュメントをクリックして深く埋まったファイルを開いた。

「これが河童を産んだ女性の産道です。かなり出血しましたね」
「うっ」
「これがとある男性の写真です。彼はそれ以来、人口肛門での生活を容儀無くされました」
「ぐぇ……」
「これは……ああ、これはすごいですよ。産道ではなく直接腹を破ってしまったのです。ほんとうに力強い生き物ね。産婦はそのまま死亡……」
「おるるるっるっるーッ!」
「大丈夫ですか!」

 刺激の強い写真を見せつられた少年は思わず嘔吐!シズは素早く用意しておいたバケットを射線上に置き、汚物の広がりを防げた。

「はぁ……はぁ……」
「ティッシュをどうぞ」
「ありがとう……ございあ……」

 口周りに汚物、鼻から洟、目から涙。シズは少年が顔を拭き、平静を取り戻したまでに待ち、そして再び口を開いた。

「お辛いでしょうけど、この件はご両親とよく相談してください」テーブルから自分の名刺を取り、少年に差しだした。「もし尻子玉を抜く決めたら、私に連絡をください。その時は両親が手術同意書にサインしてもらう必要がありますので」

「……わかりました。ありがとうございます」

 少年は弱々しく返事して名刺を受け取った。目はもう完全に死んでいる。

「失礼しました……あと、先生はひどい人ですね」

 と言い残し、少年は診察室から出て行った。

「……」

 シズは腕を組んでチェアにもたげた。さっきからずっと横で控えていた屈強な男ナースはモップを持って少年が吐き出した汚物を掃除し始めた。

「ねえ、さっきのは私が悪かったかしら?」
「当たり前じゃないですか?いきなり警告もなしにあんな写真をみせるなんて、あまりですよ」

 呆れた口調での返事に対し、シズはさらに眉根を寄せた。

「文科省に認定された教科書にも載せた写真だから大丈夫だと思ったのに」

 翌日、シズは院長室にいた。

「シズさん、なぜ朝早く呼ばれたか心当たりがありますか?」
「はい、多分昨日河童によって尻子玉を埋められた久朔さんの両親がクレームを入れたと考えられます。私はそれらの写真が文科省認定教材なので未成年の彼に見せてもいいと思いました。申し訳ありません」
「その通りです……はぁー」

 院長はため息し、湯気立つコーヒーを一口啜った。

「貴女の才能はこの病院において必要不可欠です。でももうちょっと、その……一般的な常識とか、倫理観と身につけてほしいです」
「はい、わかりました。これからは個性を殺して、常人なみの言動を徹します」
「……その言い方、まるで私が貴女の個性を扼殺する悪者みたいじゃないか……うぅ……」

 院長は腹を抑え、胃袋から湧き上がるコーヒーを食道筋で押し戻した。

「コッホ!それで、彼は一晩の家族会議を経て、貴女に中絶手術を執り行ってもらうと決めました。今は入院手続きの最中でしょう。準備しなさい」
「ハイ!」

 シズはピンと背筋を伸ばし、45度のお辞儀をした。その両目には闘志に燃えている。

「婦人科医の誇りにかけて、必ず尻子玉をぶっこ抜いて、中絶を成功してみせます!」

(尻子玉編 完)

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