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炒飯狩り(チャーハント)記録簿 その一 肉絲炒飯

普通の大学生、テツロー。彼の正体は現代に蘇ったチャーハン神ーー炒漢であった。これが彼による無慈悲なチャーハン狩りの、その記録(食レポ)である

「ハイドーゾ」「ありがとうございます」

 トンと皿がテープルに叩きつけ、オカミは背を向いて仕事に戻った。

 熱気が上がっているチャーハンに直ぐスプーンを入れず、テツローはまず出来たての肉絲炒飯を観察した。調味料を吸って茶色に染めた米粒の一つずつが良い具合でパラパラになっている。パラパラ炒飯原理主義者であるテツローはまず仕上げに満足した。この店を訪ねるのはこれで三回目、牛肉麺屋と看板に書いてあるが、チャーハンも中々の物だった。前にここで食べた牛肉チャーハンと塩魚チャーハンは実に素晴らしかった。いい店を見つけた。

 記録用に写真を一枚撮り、ようやくスプーンを手に取り、チャーハンの山を掘ったテツローはこんど、そのボリュームに驚嘆した。多い!目測だが他所より量が1.5倍増している気がする!胸に期待が満ちたテツローは一口目のチャーハンを口に入れて、咀嚼した。

(む、これは)テツローは眉間に皺寄せた。

「急かすなよ。注文が一遍に来て捌ききれねんだ!文句があったらあんたが配達にでもいったら?」
「別にいいよ。場所かどこだ?」

 調理エリアの方から店主の中年男性と白髪のおばさん店員が口論の声。ここのシェフは腕はいいが、怒りっぽい。よく店員に大声出出したり愚痴したりする。今日もご機嫌斜めのようだ。

「わあったよ!料理は全部俺が作る!配達も俺が行く!全部俺がやる!これで満足か?ええ?クソ!もう閉店!終わり!」
「なに言ってんだい?お客の前だぞ?さっさとしなさいよ!喧嘩ならあとでいくらでもしてやるから!」
「グゥ……」

 おばさんの言う通り、さっきからUber eatsの配達員とお持ち帰りを待っている客が二人を見る視線が引き気味だった。流石に感情的になっていたシェフもこらえたか、コンロに向かって黙々と鍋を振った。

 テツローは料理を作った人間を気にしない。人格に問題があろうと、良質の料理提供してくれれば一切問題ない。人品、倫理、道徳など、一介大学生のテツローが介入する義務はないし、その権力もない。

 でも、今日のチャーハンに少々、問題があった。

 米粒は素晴らしくパラパラに仕上げている。でも、が。

 まずは肉絲ーーつまり豚肉の細切れのことだ。炒めすぎている。豚肉の甘みがなく、まるでジャーキーのような固さ。そしてたまごも同じく炒めすぎて、レーンの上を回り過ぎて乾いたお稲荷さん用の油揚げみたいになってる。テツローの脳裏にセンチ美が作ったスクランブルエッグがよぎった。キャベツはまた食える。

 普段以上に力を使って肉絲を千切り、臼齒でたまごをすり潰す。米と一緒に嚥下する。こんなじゃなかったはずだ。シェフの腕は確かな物だ。前回と前々回食べたチャーハン、米のパサパサと具の油たっぷりしっとり
が合わさって最高だった。なのにこれはなんだ?なぜチャーハン神たるこの私がこれを食べている?こんな店に存在資格があるのか?いやまだ早まるな。今日はシェフの調子が悪かっただけかもしれない。まぐれだけで腕が鳴る料理人を消すのは流石に心が忍びない。だからこの私がチャーハン神権力をもって注意しなければならない。彼のためと、チャーネット平和のためだ。

 ボウ!落胆という火種に、使命感という火打石が火花をかけ、テツローの心に火を点けた。服が超自然に分解して極薄の布になり、それがΩの形に曲がって彼の背後に固定して浮遊する。露わになった皮膚が赤銅色に染まり、頭髪がガスコンロから噴き上が炎みたいに逆立ち、橙色に変色した。これこそがテツローの真の姿。全チャーハンを統べる、チャーハン秩序の守護者ーーチャーハン神・炒漢。

 最後の一口をスプーンで掬い口に入れ、咀嚼しながら炒漢は立ち上がって、レジに向かった。

「ご馳走さん」
「まいどあ……あれ?」変貌を遂げた客を見たオカミは驚き、目を見開いた。「お客さん、ちょっと様子が変わった?」
「お代だ」
「アッハイおつりをお返しします」

 おつりを受け取った炒漢はシェフとおばさんの訝しむ視線を気にせず、入口の下で立ちとまった。そして突然真上にジャンプ!指がシャッターに引っかかり、一気に引きずりおろした!ガラガラー……ターン!

「うお!?」
「なんだ!?」

 唐突の奇行を目にしたシェフらが鞭に打たれたのように肩を縮めた。炒漢の燃える目がシェフを見つめる。

「安心しろ、被害を加えるつもりだったがやめることにした。ではチャーハン研修、始めるぞ!」

以上が今日の昼食の感想でした。

炒漢はいったい何者なんですか?これを読めばわかります!


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