持っておいた方がいい!殺殺可汗!3

しばらく後、ムジンが自分の車を運転して郊外の道路を走っていた。

車内はクーラーが効いているにもかかわらず、ムジンは顔が汗で濡れ、体がこわばって運転姿勢が猫背になっている。後ろ席に殺殺可汗Kill Kill Khanが座しているからだ。

漆黒のモンゴル鎧を身に纏った男は腕を組み、目を閉じてリラックスしているのなおただならぬ存在感を放っている。ムジンからすれば今の状況はトラやイリエワニなどの肉食獣と同じケージに入れた居心地だ。

(一体どうなってしまうんだ……)

音楽の好みが分からないので迂闊にラジオもつけられない。ムジンは法定速度を保ちながら、ただただ早く目的地に着くと願うばかりであった。

自らプレゼンテーションすると言い出した殺殺可汗、ムジンの車で営業先へ向かうことになった。ムジンは従うしかなかった。危機感ない=人権ない、大危機時代の鉄則である。

「顔色が悪いぞ、どうした?」
「え、あ、いえっ」

突如に話しかけたられ、ムジンはびっくりした。バックミラーに映っている殺殺可汗もまたミラー越しで自分を見ていた。

「適度な緊張感を持つのはいいことだ。しかしそんなにおどおどしていては舐められてしまい良い仕事が出来ぬぞ」
「は、はい。そうですよね……」
(別に僕が仕事しに行くわけじゃないしストレスの原因はあなたなんですけどと……)
とムジンは内心につぶやいた。
「路程がまた遥かで丁度いい、貴様の緊張を解すついでに親交を深めようではないか。私に聞きたいことがあればなんでも申してみたまえ」
「えぁ」

読者諸兄は学生時代、授業中に先生が「何か質問ありますか?」と聞いた際、本当に挙手して質問した生徒は果たしてクラスに何人居たのだろうか?ムジンは挙手したことが一度もなかった。授業の内容に疑問がなかったり、完全に理解したりしたわけではなく、余計に注目が集まることを避けたいだけだった。

「どうした?せっかくのチャンスなんだぞ」
「え、えっと……」

殺殺可汗の目つきがだんだん険しくなり、ムジンはストレスが高まった。学校だと黙っていれば先生が「質問がなければ次に行きますねー」と自動に進んでくれるが、社会ではそうはいかない。目上の人間に「聞きたいことがありますか?」と尋ねられた際なにも聞かないと逆に機嫌を損なわれ、延々と説教を聞かせたり、マイナスの印象を与えてのちキャリアに影響が出たりする。適切な問題をなげて気持ちよく喋らせる、これもまた社会人必須なスキル。しかし危機感のないムジンは当然そういうのに疎い。

(やばい!何かにひねり出さないとやばい気がする!考えろ……考えるんだっ……!)

ムジンは大学院の受験以来難しいこと考えていなかった脳をフル回転させ、単語を並べる。頭の中に浮かび上がるセンテンスそのまま口にした。

「き、殺殺可汗さんは、ウッチャンナンチャンの番組が好きなんですか!?」

と言い終わった途端、ムジンは己の思慮のなさに悔いて、頭に殺殺可汗が後ろからチョークホールドで自分を絞め殺すヴィジョンが浮かんだ。しかしミラー越しで見た殺殺可汗は表情が穏やかだった。

「ウッチャンナンチャンの番組、あれはテレビの全盛期、黄金の時代だった」

殺殺可汗なにやら偲んでいるように語り出した。

「毎週毎週、100万円を追い求めて数え知れない男々女々が死力を尽くして理不尽なゲームに挑んだ。その姿は私からとても輝いているに見えた。欲望、躍動、悔恨……人間のすべてがそこにあった。私が特に剣道でヒャクマンと勝負する回が好きだった。ヒャクマンの喉を突いて一本を取ったチャレンジャーの腕前は見事だったものよ」
「あっ、その回は見たことあります。相当の達人にヒャクマンを担当させただけあって強かったすけど、やはりそれを上回る達人がいて感心しましたね」
「ヒャクマンを担当?何を言うか、ヒャクマンは水上スキーからスカイダイビングまで何でもこなす万能選手であろうか」
(あっ、この人はなんでもこなせるヒャクマンがすべて同一人物だと思っているんだ。意外とピュアだね)

ヒャクマンは実際テレビ局がその競技に合わせた選手を雇ってスーツを被せていたことという事実を明かすこともなく、ムジンは殺殺可汗とウッチャンナンチャンの番組で話しが盛りあがって気まずい空気を一掃して楽しいドライブを過ごした。そして車がいよいよ殺殺可汗が指定した目的、すなわちムジンが少し前に訪れた危機感扱い店に到着した。

(続く)


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