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幸せの大輪 二枚目

前回

「えっ、はい?」黄金に輝く女神を見上げて、俺はを恐れながら尋ねた。「すみません、いま何を仰って?」

『ピザを食べたい、と言った』

「そうですか」

 そうきたか。大神官は女神が何かをリクエストしたら、必ず応えなければならないと言ったので俺は生きたまま内臓を抜いて捧げる覚悟まで出来ていた。正直ホッとしたぜ。ピザぐらいで満足してくれるなら、いくらでも食らわせてやる。

「ーー分かりました。ですかここでは材料も厨房もなく、なにより私にはピザを作る技術がありません。ですので一旦地上に戻りたいと思います。ですが私はこの通り、さきほど守護者との戦いで私はほとんどの力を使い果たしましたためこのままだと無事では帰れないでしょう。できれば、テレポートの巻物を授かってくれれば……」

『それなら問題ない。私も同行する』

 そう来たか。俺は両手を前に伸ばして、慌てているふりをした。

「お言葉ですが!貴女様の尊貴なる姿で地上にお降りしたら、大変なことになります!万人がその金色の威光にひれ伏し、感極まりながら手合せして涙を流すでしょう。そうなるとピザを食べるもままなりません。ここは私はテレポートで町へ行き、デリバリーしてきたほうが」

『なにをいっている。ピザとは、出来立てアツアツの方が美味いであろうか』

 正論だ!俺だってできれば出来立てが食べたい!この神わかってらっしゃる!

『姿が問題なら、変えよう』

 そう言い、女神の形はより一層強い輝きを放った。その輪郭がぼやけて、光が数千、数万のホタルとなってに飛び散った。なんとまあ莊嚴な光景よ。ヘンドウィンが生きていたら号泣しそうだ。ホタルたちが去り、祭壇の上に、小柄の女が立っていた。腰に及ぶ金の巻き毛、亜麻色のワンピースドレス、まるでワックスを掛けた石畳みのような膚は艶やかで、官能的だ。ドレスの上から伺える身体の曲線は特出ではないし顔の形もやや丸いが、それはそれで村娘が一年一度の祭りのために努力して身づくろいした感じでいい味を醸してしている。もちろん俺はそれが女神の変身だとすぐわかった。ドラゴンやヴァンパイアはよく変身して人間社会に潜り込んで悪さをするからな。

『存在を調整して人間並みにした。これで目立つまい』

 女神は瞼を閉じたまま念話を飛ばし、ペチ、ペチと裸足で階段を降りた。

「は、これは問題ないかと……」小さくなった女神を見下ろすのは恐れ多い。俺はとりあえず片膝ついた。

『では往くぞ』
「あっ、ちょっと……うおっ!」

 女神は俺の肩に手を添えた。一瞬の浮遊感で俺は前後不覚に陥った。周囲の景色が急速で過ぎ去っていく。俺はオークの呪術医に勧められた乾燥キノコでキメた時に見た幻覚を思い出した。

 再び景色が正常に戻って、俺は瞠目した。バーカウンターの上に梁に飾ったバジリスクの頭、間違いない。ここが俺が女神に教えたピザ話が起こった場所。帝国港都イヴァロインにあるレストラン「バジリスクのたまご」だ。

「なるほど、趣のある店だ。期待できるそう」

 横に女神は念話ではなくが口を開いて尋ねて来た。開いている目は橙黄色で、溶岩めいた光が蠢いている。

「なんだぁ騒がしい……うちぁ休憩中だぞ。引き取り……って勇者さまでしゃないか!?」

 テープルの上に横たわっていた男が俺を見たと途端に跳ねるように起き上がった。こいつが店主、出張ったビール腹とセイウチを想起させる見事な口髭。一度見たら忘れない。名前は憶えていないが。

「やあ親父。休憩時間に邪魔して悪かった」
「何言ってるですか勇者様。あなたならいつだって大歓迎ですよ!そちらの方は?」

 あっ。

「私の名はメイガン。ここのピザが絶品だと勇者から聞いて、是非賞味してみたいと連れて来させた」

 流石と言うべきか。女神は穏やかに返事した。ついでに偽名まで用意してくれとは有り難い。俺は乗りに乗ることにした。

「そういうことだ店主。メイガンさんは大事な客人だ。今からピザを用意してくれるか?」
「勿論ですとも!ここで話すのもなんかなので、お席に着いてくださいさいません?どうぞこちらへ」

 女神と俺はとりあえず店主に従い、中央のテーブル席に座った。

「それで二人とも、ご注文はいかがなさいます?」
「勇者に一任するわ」
「わかりました。とりあえず、ベーコンとブロッコリーのやつをひとつ。後何がお勧めがあるか?」
「今日は新鮮なイカを入荷しましたよ!樽の中を泳いでいるイカの頭の引っこ抜いて、スライスしてピザに乗せましょうか?」
「シーフードか。いかがです?」俺は選択権を女神に譲った。
「頂こう」
「ではそれで。まずはこの二つで」
「かしこまりました!それでは焼き上がるまで少々お待ちください!」

 店主がホッピングしながら厨房の方へ向かった。それなりに広い店内は俺と女神一人一柱となった。

「……」
「ピザが楽しみだ」
「はい、そうですね。あっ、さっき飲み物の注文を伝え忘れました。ちょっと席を外していいでしょうか」
「よしなに」
「アイ、マダム」

 俺は席を立ち、遅すぎず早すぎずに厨房に歩いた。生地をこねている親父は俺を見て、意味ありげに笑った。

「勇者様!またべっぴんさんを釣れましたな!今回はどこの貴族家の娘なんです?見た感じきつそうすね」
「そういうもんじゃない」俺は厨房の中を探り、とりあえず適当にゴブレットにエールを一杯注いで、飲み干した。一か月ぶりのアルコールが緊迫状態でいた神経を癒す。エールがこんなにおいしく感じたことがない。
「今日のお宿はもう決まりましたか?もしまたならうちに泊まっていいですよ。そんときは娘の献上いたしますぁ!」
「あんたとよく似たあの娘さん?は、遠慮しとくよ」

 勇者になって、白骨龍を斬って、某国の王都地下に住まうグールの大群を退治して有名になってから、娘を俺に預けたい親が大量に寄せて来た。まったく困ったもんよ。俺にも好き嫌いってのがあるんだ。

「ていうか今日はお二人だけですか?仲間の皆さんはご一緒じゃないです?」

 生地を広げながら親父が言った。やかましい。俺は死んだ仲間を弔い暇すらなかったのに。

「やかましいぞ。あんたとは関係ない話だ」
「これは失礼しやした!」

 広げた生地に具をのせる親父を傍らに、俺は壺をエールで満タンにした。

「あとは適当にバーにあるワインも貰うぞ」
「どうぞどうぞ!世界を救う勇者様のお役に立てる、光栄至極ですぁ!」

(親父、お前のピザに世界の運命がかかっているかもしれないぜ)などと、言えるはずがなかった。親父の料理の腕は信用できる。だから余計なストレスをかけたくない。

 エールが入った壺を抱え、深呼吸したあと、俺は厨房から出た。

(続く)

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