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偽装アプリに気をつけよう

 いやぁ極楽だわ。

 夫は主張で今晩は家に帰ってこないことで、私は主婦の責務を放棄し、店から特盛牛丼をテイクアウトして、ワインを開けて飲み食いながら呆然とNetflixでダーククリスタルを観ていていまに至った。時折なんかやらねばならないことがあるって自覚が頭によぎるが、甘酸っぱい安物ワインが胃袋に入るとたび意識が現実から遠のいて、テレビに映る世界に入り込んでいく……ああ、魂が母なるトラへ還ってしまう……

「たっだいまー!」

 トパン!トタァーン!ドアが勢いよく開けて、閉まる音がトラとのコネクトを断った。ドン、ドン、ドン!巨人かと思しきの足音が廊下に響く。

「お母さんただいま!お腹すいたー!」
「ヘーイ、おかえりなさいマイリトルプリンス」

 土まみれの野球ユニフォーム姿の息子がリビングルームにエントリーした。ただいま思い出した。息子小学校の野球部からが帰って、夕食を準備してやらないといけないのだった。

「お母さん聞いてよ今日はね僕の盗塁が炸炸裂して……あっ、またお父さんの出張でバカンス気分になってる!」

 リビングの散らかし様を見た息子はお察しのようで。

「晩ご飯どうするの?一時間内なにも食べないと僕死んじゃうよー」
「大げさだね。そんじゃさほら」私はちゃぶ台に置いてあるタブレットを息子に渡した。「Uberで好きなもん頼みなさい」

「いいの!?」息子の嬉しそう目を光らせた。「でも母さんが『うちはAEONまで車4分だから送料払うまで着いた時にもうぬるくなってる食事を頼む必要性がねえな』って言ったよね?」

 今のは私の物真似?ムカつくなぁ。

「まああれだ、酒飲んだから運転しちゃいけないし、いつまでも世間の流れに逆らってはいけないし、だるくてご飯作りたくなーい」
「じゃあ僕、特上ウナ重注文していい?」
「だめ。2人分3000円以内で済ませなさい」
「わかった!あっ、このタブレットにアプリ入ってないよ!」
「じゃダウンロードしなさいよスマホ世代でしょう」
「わかった!Hey Siri!ウーバー……えーとウーバーイートゥーで検索してくれ!」
『ドゥドゥン。ウーバーエートー、ウーバーイートゥーで検索します』
「違う!もうっかい!ウーベーイートーで……」

 Siriとやり取りながら息子がリビングルームを出ていった。私はドラマを再開した。およそ20分後、ドアベルが鳴った。

「来たか……」

 泥のような重い体を起こし、財布を持って玄関に向かう。インターホーンの受話器を取ると、モニターに黒ポロシャツと黒ギャップの中年男の姿が映った。街で見かける配達員のイメージと大分一致している。私はドアを開けると、男が愛想のいい表情で挨拶してきた。

「どうもこんにちは!自分はウーバーと申します!」
「あどうも疲れ様でーす。支払はカードでいいですか?」
「いいえ、あなたが支払必要がござませんよ」
「おや?そうなの?」

 初回利用無料のキャンペーンでもやっているかな?ていうこの配達員さんは四角いバッグ背負ってないけど。注文したはず料理はどこに?

「では早速始めましょう」

 と言い、男が右を腰の後に手を回した。始める?なにを?そして再び彼の手が見えた時、大きめの包丁が手の中に握られていた。

「えっ」私は驚いて、一歩後ずさった。「ちょっとこれどういう……強盗?」
「何言ってるんですか?”ウーバーがイーツ”をご利用したんでしょう?なので食べに来ました?」
「食べにって」さらに一歩さがる。「なにを?」
「あなたが依頼したんじゃないですか?それともご家族の方?」 

 男が迫ってきた。私は咄嗟に下駄箱を開けて、中からこんな状況に備えて夫が隠しておいたデリンジャーを取り出した!男に銃口を向ける!

「ストップ!これ以上近づくんじゃねえ!」
「ウオッ!?」男は包丁を持ったままホールドアップした。「どど、どいうことですか!?やめてくださいよ私はだた仕事で……」
「刃物を持ち出して人んちにあがりこむ仕事だって!?ざけんなよオラ!包丁を離せ!本当に撃つぞオラ!」
「ちょっと待ってくださいよ!契約を理解した上に同意しましたよね!契約を破るんですか!?」
「何の契約だボケぇ!覚えにないわ!」
「とぼけないでください!アプリ登録時に、ウーバー氏に無償で自分の肉体を食用に差し出すけ契約に☑しましたよね!なんなら証拠お見せしますよ!」
「何わけのわからないこと言ってんだ!Uber Eatsにそんな契約があったらもうとっくにFBIとかで潰されたてるわ!」
「Uber……Eats?」男が困惑そうな表情で言った。「あの、うちはウーバーがイーツですけど……」
「意味わかんねよ!」
「ですから、ウーバー「が」イーツ、ウーバー、つまり私が、生活に苦しんでいるユーザーの家に訪ねて、苦痛なく引導を渡した後、手際よく捌いて食肉にして、無駄なく利用します。画期的な互助サービスです!本当なんです!ちゃんとApple storeに認定されています!」
「ますます意味わかんね!Apple storeにそんなアプリあってたまるかよ!誰がそんなアプリ使うってんだ!」
「あなたでしょうがァ!なんなら開示できる範囲であなたのユーザー情報読み上げましょうか」
「デタラメ言ってんじゃ……あっ」

 なんか、急にわかってきたかもしれない。つまりこうだ。

 息子がSiriにUber eatsに検索してもらう→なんかの手違いでウーバー「が」イーツが当たった→息子がそれをダウンロードしユーザー登録した→サイコが来た。

 てことか?

「ちょっと待って!多分こうじゃないかと思うんだけど……」

 私は銃口を向けたまま、とりあえず自分の推理を述べた。私の話を聞いたサイコがまず驚いたように口を開閉して、そして徐々に落胆の表情へ変わった。

「いやはや、こりゃあ参ったね。あはは」

 男が包丁を持ったまま頭を掻いた。なにやら納得した模様。私はデリンジャーを握って警戒を続けた。

「誤解が解けたようね。じゃここから立ち去ってもらえる?」
「いいえ、大目で見てもらえるためにAppleに大金払ったのでこのままでは帰れません」

 と言い終えた瞬間、男は腰が沈んで、急に距離を詰めた。「ヌァ」私はトリガーを引こうとしたが、指に力を入れとたんに指が滑って、デリンジャーがを取り落とした。床にぶつかるデリンジャー、その周りに芋虫みたいな物は転がった。それが自分の指だと気づくにはすこし時間がかかった。

「はっ……!んぁ……あっ、うっあっあっ……!」

 切断された指の切断面から血が溢れて、体中に力が抜けて両膝が床に着いた。想像を絶する痛みが込み上がって思考もできない!もうだめだ……うずくまって、現実逃避したい……

「契約に疑問がある場合、法律的顧問と相談してから申しつけてくださいまーそん時ゃあんたは捌かれてでしょうけど。このままじっとしていてくださいよ、キレイに血を抜いて……」
「オリャーッ!」
「ぼわぉ!?」 
「お、おっおお母さんから離れろォ!」

 見上げると、息子がバットを握って構えていた。顔が真っ白で体がプルプル震えている。そして男は頭を抑えて苦しそうな表情を浮べている。なんと、我が息子が身を挺してくれた。嗚呼、なんて誇らしい。と同時に悔やしさも覚えた、私は保護者、守ってやらないといけない立場なのに……そして最後に怒りが湧いた。私の推理が100%正しいとまで言わないけどこのサイコの出現はあんたと関係あるだろ!

「くくく……生きのいい少年肉……」ふらつきながら、ウーバーが立ち上がった。頭の横から血液が顔に伝って、獰猛さを増した。「親子丼にしよう!」

(続かない)

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