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ライムのゆくえ:4

 午後四時、そろそろ閉店の時間だ。今日の最後の客は男女二人、着崩れた制服姿の高校生。二時ぐらい入店してから、ナチョスとドリンクを注文してずっと隅の席でいちゃついてる。ほら、今にもキスしちゃうぐらい顔の距離が近い……あっ、キスした。

 学校をサボってここに来た事実は明白だが、私は年長者面して二人を注意するつもりはない。子供の教育は両親と教師の仕事だ。それに二人に説教をたれるほど良い子してなかったしな。だがこれ以上居座り続けると困る。

「すいませんねお客さん、うちはもうそろそろ閉店時間なんで、早めにお会計を済んでもらえたら助かるんだが」なるべく穏やかに、愛想よく尋ねた。突然夢から現実に戻されたかのように、密着していた二人はパッと離れて、こっちを見た。

「あーそうですね、わかりました」「やばっ、もうこんな時間?もう塾にいかないと」

 男子は尻ポケットを探り、女子はスマホを画面を見て呟いた。学校行かないのに塾は行くんだ。私は内心に苦笑し、会計を済ませた。「駅まで送ってくよ……」ふたりはかばんを拾い店を出た。ガラララーン。男子は女子の分まで払った。お前はそれでよかったら私は何も言うまいさ、坊主。

 ガラスドアにぶら下がっている札のCLOSE面を外に向かわせ、食器を片付け、エプロンをキチンのフックに掛けると、私は店のソファ席に横たわり、仮眠の態勢をに入った。ダイナーと言えば24時間営業のイメージがあるが、うちは午後四時までだ。原因として第一老骨を無理させたくない。その二はうちのすぐ近くに飲み街があるため、夜は人がそっちにばかり吸い寄せていくから滅多に人来ない。その三は夜、特に深夜になってからは仕入れの時間だ、今のうちにできるだけ休んでおきたい。

「すぅー……はぁー……」吐納法を行い、私の心が平静になり、すぐ眠りについた。

◆🍋◆

 午後十一時。

 バッ。目が開いた。

 今日も快眠だった。私はソファから跳ね上がり、骨と肩の関節をカラカラと鳴らした。洗面と歯磨きを済ませ、白い羽毛コート着込みニット帽を被り、外出の準備を整えた。台車を引いて、飲み街へ向かう。

「ごめんくださーい」

 居酒屋のノレンをくぐると、醤油が焦げた匂いが混じった暖かい空気が顔にぶつける。平日かつラスタオーダーすぎたため、客が少なく、店員がすぐに対応してくれた。

「あっ、じいさん!ちょっとまってくださいね。店長ォー」「はいよ」

 店員の呼びかけに応じ、頭巾をかぶった中年男性が左右両手にコロナの瓶を三本ずつ持ってキッチンから出た。ちゃんと中にライムの切り身がねじ込んである。

「お疲れさん。今日はコロナがこれぐらいしか売ってなかったよ。ごめなさいね」

「いえ、そんなこと言わずに。わざわざ集めてくれるだけでありがたいものよ」

「こちらこそ。最近はなんだ、環境愛護団体って奴か?飲料の瓶に異物を入れたまま捨てるのがシーライフとかに良くないって騒いてるし、正直コロナからライムやレモンを取るのが面倒だからむしろ非常助かる」

「隣人と地球に少しでも役に立てたならうれしい限りさ。またよろしくお願いする。ではまた」

「どうもあざした!」

 店長は45度にの辞儀して私を送り出した。台車に置いてあったコーラ用のプラスチックケースにコロナの瓶をはめて、私は次の仕入れへ向かう。五軒廻ったが今のところ収穫は34本。芳しくないな。少なくとも100ぐらいが欲しい。キリリ……キリリ……コロナの瓶が台車の揺れにつれて音を鳴らした。

 少し進むと、今日初めてのトラブルに遭遇した。柄の悪い男が五人、歩道に立ったまま笑いながら電子タバコふかしている。五人が弧状に並んでいるため、ぶつからずに通って行くのが無理そうだ。嫌なこった。段々距離が近づき、相手もこちらのことを気付いたようだ。

「おう、じいさんよぁ。こんな寒い夜にもゴミ拾いかい?ご苦労なこった」

 ベースボールギャップと刺繡ジャケットを着た男が切り出した。歳は約20第前半ってところか。こんなじじいを凄んで何が面白いんだ?彼の友達が何もせず、ゲラゲラ笑って成り行きを見守っているだけ。

「いや、私はただのボランティアで、店が処理しにくいガラス瓶の回収をやっているだけなんです。通してくれませんかね?」私はなるべく穏やか、愛想よく尋ねた。

「はぁ?ダメに決まってんだろこの浮浪者じじいが!労働者のおれがお前らに税金取られてんぞオラー!もっと敬意を表しろや!」

 男が近づいてくる。ふーん、働いてるし納税もしているのか、感心感心。しかし今にも私の左肩に向かって伸ばしてきた右手は感心しないな。触られる前に私は彼の手を掴み、内功を働かせた。

「うっ!?」すると相手の膝ががくっと力が抜け、崩れ落ちた。彼は倒れないよう、片手で持ち上げながら、空いている右手で羽毛コートを指した。

「見なさい。きれいな白色だろ?浮浪者がこんな清潔なコート着れると思う?」

「てめえ……おれになにしやがった……ッ!」

「答えになってない。悪い子め、お仕置きだ。はぁー」「ぐぉおぉおおお……」

 私が息を吐くと同時に、彼の精力……内力が、生命エネルギーが接触面を通して私の体内に流れ込んでくる。内功の極意、吸星大法である。やがて彼は完全に意識を失い、がっくりっと首がしだれた。

 ぽいと彼を放る。「おい、おい、なんか……」「やばくない?」お友達が怪訝そうに私と地面に倒れている彼を交合に見た。私は暴れる若者の内力を耐えながら言い放つ。

「君たちもやるかね?」

 若者たちの目に怯えの神色がよぎった。

「あっ、いや別にこいつとは仲いいわけでもないし、アホだし……」「浮浪者ではないと一目でわかったすから!ええ!」

「はぁ……ならばお仲間を拾い上げて……どいてくれんかね?」

「「「「あっはい」」」」

(続く)

吸星大法、金庸の武侠小説笑傲江湖の登場人物、任我行が使う、相手の内力を吸収自分の力に変えるチートじみた技だが、強力の反面にフィードバックも激しく、定期的に気を練て調整しないといずれ走火入魔して身体と精神が自壊する。内力を吸えば吸うほど入魔のリスクが高まる。

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