戦え、キルリン!

ここまでのあらすじ:スペース鹿の一団「スター☆ディアス」の侵攻によって、アメリカ大陸、ユーラシア大陸が間もなく陥落し、十五歳以上の人間が一日エスプレッソ三杯摂取する義務を強いられ、カフェイン中毒者に至らしめた。

「どうぞ」「頂戴致します」

エリイン“ヘルフレバー”サウサンドシークレッツが差し出した黒い茶碗を、スペース鹿は片手に三本3本しかない指で器用に受け取った。茶碗の中、マグマめいた粘質の液体が泡立っている。

 茶碗を時計回りに回し、スペース鹿はその分厚い唇を茶碗につき、「ずるるーっ!」と声たてて液体を吸込み、嚥下!

「そんな⁉」狼狽えるエリイン!「全力を込めたマグマ茶を飲めたなんて?!」

「結構のお手前で……だが!」キャプテン・ディアが紙コップを取り出し、その表面に「EXPLOSION」と書き込み、グレネードランチャーに装填した。「俺の爆発性モカ・チップ・フラペチーノには遠くに及ばないぜ!」

BOOM ! グレネードランチャーが火を吹いた!

「ぎゃああああー!?」直撃を受けたデスティニー・愛子は全身コーヒーにまみれて即死!

「アウ、アウ、アウウウーン!茶道のグランドマスターたるサウザンド・シークレッツ・クランもこの程度だったか。日本人よ、我々の支配に身を委ね、カフェイン中毒者になるが良い!」

「そうはさせないぞ!キャプテン・ディア!」土足で茶室に踏み入れた者あり、19世紀英國風のスーツを纏った青年だ。

「ほう……貴様、その服装、さてはブラックティー派だな。ブリテンとインド半島全土がすでに我等の領域になった今、また生き残りが居るとは。名乗れよ」

「おれはタイセイ・児羅夫だ。おれはブリテンとインドの生れじゃねえ……けれど」袖をめくり、左手に付けたスチームパンク的ギアを表した。「貴様ら野望を、黙って観過ごすことができねええ!行くぞ!」

〘グーッアォフタヌーーンッ!〙ギアからイギリス訛りの英語音声!

「キルリン、ティータイムだ!」青年が左手を下向かい45°に構えて、肘の穴にを午後の紅茶280mlのボトルを差すと、ハンドギアはぷくぷくとそれを飲み込んだ。

〘ディーッリッシャース!ナイスサーブ、スァー!〙

「もう十分だろ!変身するぞ!」

〘オーッライ!レッツドゥイッ!〙

 ギアより噴出された赤黒い蒸気がタイセイを包み込み、体の表面に凝縮する。

「くどい!敵前で悠長に変身を行うとは、貴様らブラックティー派の驕りの表れよ!時代は速さ求めているんだ!」

 キャプテンは予め「FROST」と書いてあったコーヒーカップをグレネードランチャーに装填。ドゥン!変身中のタイセイに発砲!コーヒーカップは白い尾を引き、タイセイに着弾した。パリーン!空気中の水分が凍結し、タイセイを氷漬けにした。

「そして戦争に汚いことなんて無いのよ」

 キャプテンはそう言いながら、溜まった唾を吐き捨て、茶室を去ろうとした、その時である。

『ハァーッ!!!!』CRAAASH!氷砕かれ、夥しい蒸気と共に、歩み出る者あり!その者は紅茶のような輝かしいスチームパンク的アーマーを纏い、その頭部は神獣キリンを模したフルヘルメットを被っている。彼こそが東洋において最高の製茶技術を持つKIRIN社が作り出した企業ヒーロー、KILLINである!

「ほう、あの程度じゃ死なないのか」

『紅茶はティーポットとコップを温めるところが肝心だからな』

「ならこれでどうだ!」

 キャプテンは「ABSOLUTE ZERO」のカップを装填、ドゥン! 射出! キルリンは迅速に腰に提げている棒状水筒の蓋を引き抜くと、中の紅茶が渦巻きながら跳ね上がり、カタナの形状を作った。

『ストレートティー、ソード!』

 逆さ袈裟斬りを繰り出し、直径10メートルの範囲を氷漬けにするであろうコーヒーカップ弾を弾き、打ち上げる。KABOOOM!上空に白い爆発が生じ、アラレが降り注ぐ!

「バカな⁉触れただけですぐ爆発すると設定したはず!」

『おまえがなめていた紅茶がもたらしてしてくれた「余裕」が弾道とキミックを読み取ったのさ』キルリンは午後の紅茶500mlを刀鍔に差した。

〘ダボーティーッ!スプレェンディッド!〙

 追い紅茶を吸収した刀身が色がさらに深くなり、限りなく黒に近い色に。

「なんだその武器は!?」『おれの剣はエクスプレッソより苦いぜ!』

 キルリンはダブルティーソードを上段に構え、背後のスチームジェットからもたらした推力で一気に距離を詰めた!キャプテンは次カップ装填に間に合わない!迫る唐竹割り!

 コォッ!相手を両断する筈だった縦斬撃はしかし、キャプテン・ディアの雄々しい鹿角に阻まれたのではないか!

『なんと』「負けて…たまるかッ!」

 キャプテンとて無傷ではない。衝撃が角から脳に伝わり、目と耳、そして鼻孔から血が迸る!それでも鍔競り合いの姿勢をと持ちながら、取っておきの「NUKE」カップをランチャーに詰め込んだ。何たる執念か!

「アオオン……負けられない……先祖たちに誓って、霊長類、貴様はここで俺と共に死ぬ」

『おまえ……そうか』

 キャプテンがトリガーを引くよりも早く、キルリンは肩、肘、腕の蒸気機関を瞬時にオーバーロードさせ、ジークンドーのワンインチパンチめいた鋭い短打で角を叩き折れ、昏倒させた。

〘ティータイムオァップ〙

かつて、地球上では霊長人と同じ知能を持った動物が多数存在していた、鹿人類がその一つである。彼らは逞しい体と美しく、温かい毛皮をもって、山野で暮らしていた。しかし狡猾な霊長人が彼らの肉と皮を求めるべく、鹿人類に対して殺戮を尽くした。鹿の長老たちは種の中に優れた者を衛星軌道上に打ち上げ、再び地球に戻る日に備えていた。

 キャプテンは目を開けると、夕日が目の前に広がった。川の波紋が夕日を反射し、キラキラ光っている。ここは堤防の芝生みたいだ。

「そうか、俺が……」

 敗北の記憶が甦り、彼は三本しかない指で拳を握った。

「おう、起きたか」

 となりに座って紅茶を飲んでいるタイセイに気づき、キャプテンは跳ねるように起き上がった。

「なぜだ!?俺の意識が途切れると、海上で待機していた巡洋艦が絨毯爆撃を開始するはず!」

 タイセイは何も言わず、堤防の向こうに指さした、そのにはスター☆ディアスのヨトゥン級航空巡洋艦『壮麗な四本角エルク号』がすでに四つに分断された残骸になっていた。

「こんな……ばかな……我々の悲願がこんなところで、紅茶如きに……」

「まあ肩の力を抜けよ。戦いに負けったって、死んではいいないだろ。なんとかなるさ。おまえも飲むか?」

 だがタイセイが差し出した午後の紅茶を、キャプテンが素直に受け取るはずもない。

「何のつもりだ、霊長人、また俺を辱めたりぬ気か?」「あんたさ、紅茶飲んだころないだろ。旨いぜ?」「だからそれがなんだ!」「なんでもないさ。おまえら客人に、おれが一番と思う飲み物を飲ませたい。それで理由になったか?」

(こいつ)タイセイの目から、さっきまでの敵意と怒りは既になくなり、代わりに真摯な意識が満ちっていた。その視線を受けたキャプテンはバツが悪そうに手を伸ばし、ペットボトルを受け取った。

「わかった。勝利者である貴様にせめての敬意を払ってやる。一口だけだ」分厚い唇が瓶口を覆った。グドゥ……

「……思ったより旨いな」「だろう!」

 そのあと、スター☆ディアスは侵攻をやめ、各国の飲料業者と和解し、スター☆ディアスの店舗で紅茶を出すようになったが、それがさらなるカフェイン中毒者を生み出したとさ。

◆ ◇ ◆

 マリアナ海溝、マンボウに模した巨大潜水艦の中で、四人の牛人が円卓を囲んでいる。

「フモー、スター☆ディアスは侵略をやめたそうだ」

「霊長人と和解するなんて、所詮は中途半端な草食動物よ」

「フモー、でも連中を退けた、キルリンという奴、要注意だ」

「すでに手は打っておる。計画は予定より早く実行段階に移れるそうだ」

「フーモモモ!ようやく長年の潜伏も終わりの時が来た。地上は恋しいフモー!」

「では諸君、作戦成功を願って、乾杯だフモー!」

 牛人たちは蹄でバケツを持ちあげ、中の琥珀色液体を飲み干した!

「「「「この世を生きるすべての者に、翼を授けよう!」」」」

◆ ◇ ◆

 スイス、山奥の施設。

 淡緑色の培養液の中で、彼が目を開けた。

「あら、起きちゃったの?」

 白衣の中に縦セーターとミニスカを着た豊満な主任研究者は顔を水槽に近づき、覗き込んだ。

「危険です!お下がりください!」「心配性だね。こんなに可愛いというのに……ね?」

 主任は妖艶な吐息が強化ガラスに当たり、そして結露したガラスに、ハートを描いた。

「ねえ、わかる?わたしだって抱きしめたくてしょうがないのよ。でも、もう少ししんぼうして、ね?」

『Grrr……』彼は本能的に、目の前に動いている女に前足を伸ばし、コモドドラゴンめいた鋭い爪で、ハートの裏側に当てた。そして。

キーーッ!、と強化ガラスの水槽に、ハートを切り裂く、三本線を残した。

「まあ、つれないね」その様子を見た主任は一歩下がり、研究員たちに命令を下した。「眠らせない!」

 彼に連結しているチューブから紫色の液体が流しこんだ。『GRRRR!』不平な叫びをあげるも虚しく、彼は再び眠りに落ちた。

「もうちょっと、待ててね。わたしの怪物(モンスター)ちゃん」

スター☆ディアスと和解したところで、戦いはまだまだ続くぞ!戦え、タイセイ!戦え、キルリン!

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