たのしいオフ会 (上)
「……フンッ!……フンッ……!……フンッ!」狭いシングルルームの中、おれは腕立て伏せしていた。大事なイベントの前にいつもそうしてきた。
「フッ!ンンン……」99回目。このまま普通に100回してレギュラー達成しても良いが、今日は機嫌がいい。久しぶりにあれをやるか。
腕立て伏せの姿勢を維持したまま両腕に力を込める。行けるか?今日は行けそうな気がする、機嫌がいいからだ。
ステーディ、ステーディ……
肘を垂直飛びの準備運動みたいに上下に動かし、位置を調整する。おれがやろうとしているのは、伏せたままから腕と大胸筋だけで上半身をジャンプさせ、直立状態に戻すことである。
深呼吸......そして......
「ハァーッ!」両腕を強く床を押し、上半身を強引に跳ね上せる!「オゥ!シーッ!」だが直立ところか、上半身はわずか50cmぐらい浮いたですぐ落下した。両手が床に着き、情けなく四つん這いの姿勢になった。言うのは簡単だがやってみるとほとんど不可能であることがわかる。これを読んでいる方も是非試してみてくれ。
「ふぅ、こんなもんか」とおれは独り言しながら立ち上がり、コップで水道水を飲んだ。日本の水道水は生で飲める、さすがは先進国といったところだ。
スーツケースから丁寧に折り畳んだベイマックスTを取り出し、それを穿いた。運動後で膨張した大胸筋で胸あたりが窮屈な感じが悪くない。おれは鏡の前でモストマスキュラーのポーズを取った、今日は決めてる。
Tシャツの上に黄色いフーディーを穿き、かばんを拾いホテルを出た。
🍜 🍜 🍜
今日は天気がいい。3月の高松はまた気温が低いが、日射しが強くて少し歩くと汗が出そうになった。おれは昨日のこと思い出した。機能は雨で、しかも風邪気味で、うどん屋の天ぷら一口齧ると吐き気がした。天ぷらは美味かったが、身体は揚げ物に拒否を示すほど体が弱っていた。そして筋肉痛もだ。高松に発つ前に「これからは4日間ジム通えないから今の内できるだけやっとこ」とはしゃいだ。そのせいでケツの痛みが酷かった。階段を登る度に響く、高松を歩き回っていた最中に何度も生きることが嫌いになったぐらいだ。
だがだいぶ調子が回復した、今はこうして駅近くのカフェでカフェラテを啜っている。集合時間はまた早い。
今日は昔のゲーム仲間と会うという約束があった。このことについて半年ほど前から少しずつ話していた。来てくれる二人は一人が香川最住で、もう一人がなんと遥々東京から越してもらうようだ。
ネットで知った人間と現実で会うのは危険性が伴うことは知っている。だがこうして他国で知人に会い、めし食ったり酒飲んだりするのは、実に楽しかった。一度やったおれは病みつきだになり、日本に行くたび誰かを飲み会に誘った。ポケット越しに折り畳みナイフの感触を確認した。最低限の保険として持ってきた。使わないことを祈る。
「……おせー」カフェで居坐るのも退屈になったところで、今度は駅前の広場で立ち尽くした。いや、本当は座っているが。
さっき相手から遅れてくるのメッセージがきたのが幸いだった、そうでなければまたドタキャンされたと思い込んで人間に、現代社会に信用できなくなり、帰国までホテルで飲み暮れるだろう。
退屈しのぎにおれはnote記事を適当に見まわした。Wow、なんだこいつ、今朝公開したばかりの小説はもう40以上スキされた。しかしなんか気難しいこと書いているな、こんなもんよりおれが書いた小説のほうが絶対におもr......
ZUMNN! ZUM! ZUM! 携帯が震えた、SNSアプリに着信あり。慌ててそっちを開いた。
”駅出てすぐそこの駐車場に来てもらえますか”
フォエンさんからのメッセージだ。あっ駐車場?おれは今駐車場の側にいるけど。おれは立ち上がり、周囲を見回した。バンから小柄の女が降りた、こいつは見覚えがある。
「フォエンさん!」スマホを掲げながら、彼女の名前を呼んだ。
「あっ、アクズメさん、久しぶり!」
彼女はフォエン、もちろん偽名、二年前にスマホゲームで知り合った。コスプレの雑誌に載せるほどの美人……ではあるが、仕事の性質上、夜勤は免れないため、涙袋の腫れが目立つ。
「いやぁ、久しぶりですね!車で来たんですか?」彼女はおれより年下だが、おれは基本、日本語は敬語でしかしゃべらない。
「うん、途中で拾ってもらったんだ」
「てことは運転しているのは……」
バンの運転席から一人の男が降りた。ついにご対面だ。
「やあ、初めまして、コジです」アイサツしてきたのは紺色のセーターを着た、優しそうな男だ。背丈はおれと同じぐらい。ボリュームのある短髪が昔のジャスティン・ビーバーを想起させる。もしJBがグレっていなかったらこんなん感じの大人になったんだなとおれは思った。
「あっ、どうもはじめまして、アクズメです」おれは小さくお辞儀で返した。この男はかつてあるソシャゲーでTOP5に入った屈指な強者で、チームの要とも言える人物であった。何度も世話になっていた。
「すみませんね、遅れてしまって」
「いえ、大丈夫です。その間駅近くを堪能したんで」
「えっ、本当ですか?」コジさんは少々訝しんだ。「なんもないですよ、香川」
「まあでも観光客視点では何もかも新鮮で面白いですよ」
「そうですか!ならよかった」
なんか会話が行き詰まった感じがしてきた。おれはコジのことを尊敬しているが、おれたちの接点は昔のゲーム仲間以外、あまりにも少なかった。
「どうよ、コジさん」フォエンが会話に入った、ナイスタイミング。「私の言う通り、アクズメさんはなかなかのイケメンでしょう?」
「ああ、想像以上だね、カダイもいいし」
「本当ですか?ありがとうございます!」緊張のせいか、日本語教材のお手本みたいなつまらない返事だ。自分がイケってると思ったことは一度もないが、賛賞はありがたく受け取ろう。
「話も楽しいけど、そろそろ行きましょか」コジがおれを車に乗るよう促した。
「そうすね、えっと、僕の席は……」助手席はすでにフォエンに占領されている。おれは国際免許を持っていないので運転できない、てことは。
「アクズメさんは私の後ろに座ってもらいますね!」
フォエンが笑顔浮かびながらおれに言った。やはりそうか。
🍜 🍜 🍜
後部座席に入ったが、トランクに置いてあったチェンソー、スコップ、ハンマー、それと色んな器械に気を取られた。どうやらバンはコジの社用車らしい。この日のため特別に借りた。
「コジさん個人の車は二人乗りだからね、スポーツカーみたいなやつ」
「みたいっていうか、スポーツカーだよ」
「そうなの?あまり恰好よくなかったんだけど」
「一応スポーツカーのカテゴリーに入ってる」
何かが引っかかる。後ろで二人の会話する様を観察しながら
フォエンがコジの車のこと知っている。つまり見たか、乗ったことがあるということだな。それに二人が妙に随分親しげだ。互いに普通形でしゃべるし、さっきからたまに見せたボディタッチがカップルのじゃれ合いに見えなくもない。やめてほしいよなぁ、おれは異国にきてまで自分の惨めさを自覚したくないんだよ。
「アクズメさん、お昼はこんぴらを降りてからにするけど何が食べたいものがありますか?」とフォエンはさっきコンビニで買った唐揚げを咀嚼しながらおれに尋ねた。
「そうですね……」これはかなりの難題だ。食事のことで意見がまとまらず、カップルが別れ、夫婦が互いに話さなくなり、家族の楽しいお出かけが台無しになった事例は今までたくさん見てきた。慎重に答えねば。
「香川だし、うどんにしたいと思いますけどね」
「うどん!いいですね!それにしましょう」
「うーん、うどんか……」
おれは緊張した。全面賛成しているフォエンに対し、コジは何やら思案している様子だ。香川だからうどんってのは軽率だったのか?
「コジさんはなにがお考えでもありますか?」
「いや、ちょっとあの辺はあまり行ったことないんでうどんの店はよくわからないよね……」
「あのお、別にうどんでなくても大丈夫ですので」
「いやいや、せっかくアクズメさんに遥々越して頂いたんからね、ご要望に応えないと」そういう君も関東から遥々来ただろう。
「俺んち近くならおいしい店があるんだけど、反対側だよなぁ」
これはよくない展開だ。フォローを入れる。
「僕はそれほど味にこだわりがないんで。それに香川はうどんのレベルが高いんでしょう?」
「そうですけど、でもはずれもあるんだよな......」さすがは香川県民といったところか、うどんの事情よく知っている。「わかりました。じゃあとで検査してみるんで」
「よろしくお願いします」
クリア、というわけで昼はうどんに決まった。友情の崩壊が免れた。
「お昼楽しみですね!」
フォエンは後ろ席に顔を向けて言った。
「そうすね」
返事しながらおれは腕時計を見た。もう12時すぎたか、腹減ったなぁ。
🍜 🍜 🍜
あの後こんぴら登ったり、参拝したり、表参道でうどん食ったり、おれはおみやげとして和三盆糖とうさぎの模様のかわいいハンカチを買った。そして隣の店でフォエンにそそのかされが当地名物の醤油ソフトクリームとヴァニラを一本ずつ購入した。フォエン試しに醤油ソフトクリームを一舐した。
「うん、予想以上にまずくないね」と言い、醤油ソフトクリームをコジに渡すと、ヴァニラソフトクリームを食べ始めた。
「ほんとだ、うまいよこれ。アクズメさんも一口どうですか?」
コジがおれにソフトクリームを差し出す。
「いや、いいんです。コホッ、まだ、喉の調子は良くないんで」
たとえ調子は良くても既に二人が口に付けていたアイスなんて食べるものか。それにしてもお二人は大変仲がいいようで、おれはまるでカップルのデートを邪魔しているような居心地だ。おかしいね、このオフ会はおれが計画したっていうのに。
「あとはやっと父母ヶ浜だよね!めっちゃきれいなところですよ!アクズメに見せたかったんだ」
(ごめん、なんか僕急に疲れましたんで電車で帰ります。残りはお二人さんが楽しんでいらっしゃい)と思春期の青少年がいいそうなクソ生意気KY発言を言える筈もなく、おれは後ろ席に乗り込んだ。
「そうですね、楽しみです」
琴平を離れ、我々は父母ヶ浜に向かった。
父母ヶ浜とは、香川県内の瀬戸内海に面するとあるビーチのことだ。風と潮汐の作用で砂浜に干潟(ひがた)が形成され、夕日に照らされると鏡のように空を写し、数多くの人間がインスタ映えを求めてここを訪ねた。気になる方は三豊市の観光サイトを参照してくれ。
だが我々が着いた際は海水は殆ど溜まっておらず、干潟は小さい溝くらいの水量しかなかった。フォエンが落胆した。
「すみませんね、アクズメさん。何の見どころもなくて」
「いや、そんなことないですよ」
でも来たことだし、ビーチを約40分散歩することにした。こんぴら登りの疲労が出たが、我々は体力がばて気味だったので早めに高松市に戻り、ディナーの前に各自休憩を取ることにした。
「俺もそろそろチェックインしないとな」
運転しながらコジが言った。横にフォエンは眠そうな顔している。
「そういえばコジさんは飲み会のためわざわざ市内で一泊するよね。泊まり先どこですか?」
「高松グランドホストという……フォエンさんと同じホテルです」
うん?待てよ。今フォエンさんと同じホテル言わなかった?
おい。
おいおいおい。
おいおいおいおいおいおいおい。
独身の男女、仲が良い、同じホテルに泊まる。
ピースは揃った。
エレベーターに入ったコジとフォエン、邪魔虫が消えたことでもはや二人に遠慮することがなくなった。二人は抱きしめ合い、キスを交わし始めた。エレベーターが目的の階層に着いても、二人はキスをやめず、互いの腰を手をながら踊るように移動し始めた。そして部屋に入った途端、さらに激しく唇を重ね、舌を混じり合う。唾液が顎を沿いカーペットに滴る……ディープキスを維持しながら、二人は器用にズボンをおろし、下半身を露わにした。砂漠で3日も歩いた果てでようやくオアシスを見つけた者のように、二人が相手に対する渇望限界を超え、もはや何も止められい。二人は抱きしめ合った姿勢でベッドに倒れ込む……
というアメリカのドラマにありそうなシーンがおれの脳内で上再生した。
「いいホテルですよ。バーもあるし、しかも宿泊客は飲み放題。まあそれなりに宿泊代に反映されますけどね。で、アクズメさん?」とフォエン。彼女がおれの脳内で無様な姿をさらしていたことを知る由があるまい。
「あっはい、なんですか」
「夕食のあとはそのバーで飲もうと思いますけど、大丈夫ですか?」
「あー、そりゃー、いいじゃないですか」
「ヤッタ!じゃあ決まりですね!」
本当にいいのかい?おれは心の中でフォエンに問うた。
本当は邪魔虫をさっさと撒いてコジさんと激しく愛し合うのが本音でしょう?
高松市に向かい、高速道路をバンが走りぬく。時刻は午後四時、今日という日が終わるのがまだ早い。
《続く》
*この作品フィクションです。実在した人物などに一切の関係性がありません。
当アカウントは軽率送金をお勧めします。