見出し画像

たのしいオフ会 (下)

*このnoteはブレイクダンサーに対する偏見的な内容が含まれています。

《承前》

「もうすぐ瓦町に着きますよ」

「あっ、じゃあそこら辺で降ろしてください」

「えっ、いや、ホテルまで送りますよ?」

「ちょっとコンビニに寄って帰りますんで」

「そうですか。では一旦解散して、6時ぐらいまた連絡します。その時は俺とフォエンさんが泊まるホテルまで来ていただきますか?」

「うん、いいですよ」

「ふぅーん、じゃあ私はちょっとシャワー浴びて来るかな」フォエンは欠伸しながら言った。「夜は多分ズッピンになるけどアクズメさんは笑わないでね」

「えっと……スッピンとはなのことですか?」

 どこかで聞いた覚えがあるか、意味が知らない単語だ。

「化粧を落とした状態、で合ってるかな?」

「なるほど、わかりました。笑いませんよ」笑うものか。

 バンが信号の前で止まり、おれは降りた。

「ではまた後で」「はーい」

 おれはコンビニに向かった。今日は吸収した情報量とそれらを組み合わせ生まれたネタが多すぎた、おれの感受性が持たなくなる、物書きの悪い癖だ。一杯飲んでリラックスしたい。
 
 瓦町駅は一階がホームで、レールをさかいに東と西側に分かれる。目的のコンビニは西側にあるため、二階か地下道で通り抜けなければならない。

 土曜日の午後、商店街ではロックフェスが開催されているため賑わっている。若者たちがバンドのシンボルを印刷した黒Tシャツを着て歩き回る。遠くからスピーカーから発する歌声も聞こえる。おれは特に気にすることなく、階段を降りてコンビニに入り、適当に缶ビールを二本取った。

「二点で386円になります」店員が流れるような流暢な動きでプラスチックバッグを広け、ビールを入れようとするが、おれは手を翳してそれを阻止した。

「袋はいらないんです」

「あっかしこまりました、すみません」

(なんで謝るんだ?)千円札を皿に乗せると、店員が素早くかつ丁寧にレジから614円のお釣りを領収書の上に乗せておれの手に置いた。

「あるがとうございます」「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております!」

 店員はペコっと小さくお辞儀した。日本のコンビニは本当に過剰なほどサービスがいいな、悪くない。缶ビールをバッグパックに詰めながらおれは外にに出た。

「おっ」「うおっ!」

 ジッパーを閉めるのに手こずって前を見なかったおれが誰かにぶつかった。相手は今片膝立ての状態で俯いている、フード帽を被っているため顔が見えない。

「すいません!大丈夫ですか?」

 おれは先に謝った。周囲を注意払わなかったのは事実だ。相手は何も言わずにゆっくり立ち上がった。身長はおれより20㎝以上がある。丸い顔にひげ面、黒地に大麻の模様をプリントしたフーディ、フード帽の下は浮世絵風のキャップを被っている。下半身は半ズボンで、スポーツレギンスに覆われているふくらはぎはよく育った大根みたいに逞しい。足にはunder armourのスニーカー。おれは青ざめた、こいつ、まるでブレイクダンサーだ。

「大丈夫なわけねえだろマダファッカー!」

 べレイクダンサー男が右手でおれの襟を掴んだ!体育館裏の悪夢がよぎる!男は右手でスマホ目の前に翳した。背面のアップルマークでiphoneだとすぐわかった。iphoneの背面ガラスにひびが何本入っている。まさか、さっきぶつかった際に地面に落ちて割れたというのか?

「どうしてくれるだよああん!?マダファッカー!」

「あっ、うえっ?」

 おれは完全に気押されて、返事に詰まっていた。おれは決して喧嘩的な人間ではない。筋トレしたり、髪の毛を剃り上げたり外見のつよさを求めているが、性分を変えるのはとても難しい。突発的状況になるといつも簡単に中学頃の小心者フリークに戻ってしまう。

「なんか言えこらーッ!」「おあっぶ!」

 べレイクダンサー男は腕に力を込めておれを引き寄せた。呼吸が苦しい、服が引かれて結構伸びている、ん?服?

 そいえば、この日は大切なベイマックスTを中に着ている。胸倉が掴まれているということはつまり、胸にプリントされたベイマックスの顔がくしゃくしゃになっていることだ。けっこう強く掴まれているのでもうペイントがかもしれないな。それを思うと急に辛くなった。ベイマックスには特別な思い入れがある、俺が尊敬するキャラだ(これを読めばより詳しくわかります)。笑いたきゃ笑うがいい、二次元にしか存在しないキャラのために笑ったり怒ったり悲しんだりする、それがオタクという動物だ。そしておれもただのオタクではない、ベンチ110kg、レッグプレス250kg、怒れるオタクだ。

「ちょっと離しくださいよ」ブレイクダンス男の腕を左手で掴んで、おれは言い放った。

「何だとマダファ……ッテ!」

 左手に有りだけの力で強く締めた。ブレイクダンス男驚いた表情を見せた。どうだ、おれの握力は、しかも効率よく痛みを与えるために指で橈骨と尺骨を圧迫している。ガキの頃友達から学んだいじめ技だ。いいぞ、アドレナリンの分泌で周囲がいつもより明るく感じる、こんな感じは軍役時代の実弾演習でパイロット席から頭上の40㎜グレネードマシンガンの射撃音と衝撃波を受けながらターゲットが木屑に化していくのを目にして以来だ。

「てめえ……!」

 ブレイクダンサー男がおれの手を振り払い、おれは一歩下がった。放してくれたのはいいが、これからはどうする?相手がめちゃ悪っぽいし、たぶんケンカに慣れてるだろう。対してこっちはもう20年以上ケンカはおろか誰かにパンチすることすらない。ガチでやり合ったらおれは負け確だ。ポケットに折り畳み式ナイフを忍ばせてあるが……おれは大人だ、やり合うのは話し合ってからにしよう。

「待って!話を聞いてください!」「ああん……?」

 おれはポケットを探り、カードケースを取り出すと、中から名刺を一枚取り出した。

「自分はこういうものです」「ああん!?」

 片手で差し出した名刺を、ブレイクダンス男は乱暴に受け取った。おれの顔と名刺の写真を対照しながら言った。

「……おめえ、外人かよ」

「観光客です」おれは堂々言い放った。「ぶつかったのは謝ります。修理代が必要であれば領収書と通帳口座番号をこのアドレスに送ってください。当然責任がこっちにあればの話ですけどね。あなたさっき歩きスマホしてなかったですか?警察に頼んでカメラの映像を見せてもらいましょうか?」おれはこっちを向いている監視カメラを指で差した。

「ああぁぁぁん……」

 ブレイクダンサー男は苛立たしげに唸った。さあ、どうなる。おれにしちゃ悪くない言いくるめると思うが、相手はブレイクダンサーだ、言葉が通じるかどうか怪しい。おれは右のポケットに手を添えた。

「運が良いな、外人。今日はライブがあるから警察沙汰はごめんだ」ブレイクダンサー男はiphoneをポケットに納めた。

「どけよ、マダファッカー。進めないだろ」「あっ、すいません」

 おれ下がると、奴が横を切ってコンビニに入った。周囲からの視線がこっちに集まっていることに気付き、速やかに場を離れた。

「やべえ……やべえよ……」

 駅から離れて人気の少ない住宅街に入ると、おれは腰を抜けて、独りごちした。脳内にさっきブレイクダンサー男との対峙が繰り返される。膝が笑っている。

「ふっひ……ふっひひひ……!」

 恐怖から開放された安堵感と高揚感で自制が効かなくなり、気色悪い笑い声が漏れて出た。どうよ中学のおれ、大人のおれが話し合いでブレイクダンス部員を退けたぞ!思ったより大したことないな!おれはいい気になり、震えを極力抑えながらホテルに戻った。

 部屋に入ると、おれは冷蔵庫から魚肉ソーセージを一本取り出し、缶ビールを開けて、テレビのスイッチをオンにした。おお、タイムボカンやってんじゃん。日本に来た時しか見ていないが、相変わらず面白い、平田広明さんと三宅健太さんが大好きだ。ソーセージを齧りながらビールを進めると、あっという間に二本の500㎖ビール缶が空になった。一本しか飲まないつもりだったが、あんなことの後だ。体はホップとアルコールに飢えている。酒が回って意識が緩くなっている中でふとテレビの右上に17:42の表示に気づいた。そいえば六時ぐらいコジから連絡すると言ったな。机に置いたスマホを覗くと、すでにコジからのメッセージが届いた。

『すみません、今日のスゲジュールがハードだったせいかフォエンさんが爆睡してます。しばらくは起きられないと思いますのでアクズメさんは先に食べてください。本当に申し訳ありません』

 そうか、そうきたか。まあいい、いまのおれはなんでも許せる気分だ。それに1Lのビールを飲んだから腹が膨れたしね。おれは返事を書いて送信した。

『わかりました、大丈夫です。じゃあ飲み会もキャンセルしますか?』

 約一分後、コジさから返信がきた。

『さすがにそれは遥々来てくれたアクズメさんには失礼なので、もしフォエンさんが起きなかった場合は私が付き合います。八時ぐらいホテルに来てください』

 じゃあ食事をキャンセルしたのは失礼ではないのか?

『了解、じゃあそのあいだここら辺を適当にうろうろしますんで』


🍜 🍜 🍜


 二時間後、おれはとあるホテルのロビーにいた。照明が控えめで高級感を醸しだし、カーベットは踏むと一センチ沈んだと錯覚するぐらい柔らかい、結構いいホテルのようだ。すごく柔らかいソファーに座っているおれをスタッフが構うことなくほかの客のチェックイン手続きしている。既にコジにメッセージを送ってある。あとはロビーに降りてもらうのだけだけ。

 ディン。到着ライトが光って、緩やかに開いたエレベーターから二人が降りた。フォエンとコジだと確認すると、おれは足りあがり手を翳した。フォエンは昼間と違い感想なワイシャツとジーンズ姿でより大人っぽい格好している。コジは昼間と同じ服だが、メガネをかけている。雰囲気はさほど変わらない。二人もこちらを確認した模様。

「あっ、アクズメさん!こんばんは」「こんばんは」「こんばんは」

 三人はアイサツして浅いオジギを交わした。

「本当すいませんね、私が寝ちゃってて……」

「いいえ、こちらこそ、無理やりこんぴらを付き合ってもらったから」

「ごはんの方は大丈夫ですか?」

「はい、さっき近くの居酒屋で食べきました」

「えっ、一人で居酒屋ですか?すごいですね」とコジが言ったが、どこがすごいかいまいちわからない。でも悪い気がしない。

「それはそうとお二人さんは食事済みましたか?」

「いやぁ、まだですよ、いま腹ペコなんです」フォエンは大げさに腹を抱えて見せた。

「じゃあ早くバーに上がりますか。アクズメさん、バーの料金は四千円になりますけどいいですか?」

「四千?大丈夫すよ、全然小金ですわ」

「小金ですって!さっすがアクズメさん!」

 調子に乗っているように見えるが、旅の際はとことん金を使う主義だ。コンビニ飯やファストフード、牛丼屋などでケチケチやることで旅の価値を見出すバックパッカーがいるが、価値観はそれぞれ。ロビーで四千円を支払い、チケットを受け取ると、おれたちはエレベーターに乗って四階に向かった。

「アクズメさん、服に気合入ってますね。」フォエンは振り返りおれに言った。

「そうですか?」

「そうですよ。これからクラブに行くような格好と思った」

 自分で言うのもなんだが、今晩の服装に結構自信がある。ナビーブルーのスーツ、中は白い水玉のスカイブルーデニムシャツ、下はバター色のハイカットコンバースシューズだ。スーツのポケットにまえ京都で買ったハンカチをきざっぽく挿し込んでている。全体的はシリコンバレーの若手CEOを意識している。シリコンバレー行ったこないが。

「まあ、ホテルでの食事は必ずスーツを着用せよと勇次郎も言ってたし」勇次郎とはもちろん範馬勇次郎のことだ。

「ぷっ、勇次郎!」コジは吹き出した。いつも冷静沈着な彼にしては珍しい。「確かに言ったね!俺とフォエンさんはマナー違反だわ!よく覚えてますねアクズメさん」

「ゆうじろう?何のことですか?」「話せば長くなりますんで」

 エレベーターは四階についた。エレベーターを出ると下からの高級カーベットの心地よい感触が伝わってくる。どうやらこのホテルはこのカーベットを全フロアに敷いているようだ。

「バーはこちらですよ」

 入り口にいるウェイターにチケットを渡し、おれたち三人がバーに入った。なるほどお洒落な場所だ。内装は黒調で、暗めで穏やかなな照明が高級感を醸しだしている。バーの中央に長方形のビュッフェ台に水滴が滴るガラス瓶に入ったジュース、ソフトドリンク、ウィスキー、ワインなど各種類の飲み物とサラダ、ナッツ、チーズやソーセージが並んでいる。台を中心に広がるテーブルとソファはおおよそ1.5フィートで、リラックスに適する高さだ。

「好きなもん取っていいですよ」

 そういったコジにおれは頷き、ビールサーバーのレバーを倒してビールをグラスに注いぎ。適量のナッツをボールに入れて席に戻った。しばらくし手フォエンとコジが飲み物とつまみを持って席に着いた。二人ともウイスキーとpierrerで作ったハイボールで、つまみにはチーズやサラダ、ソーセージなどいっぱい取ってきた。そいえば夕食まだだったな。

「乾杯のあいさつ、自分がやっていいですか?」おれが率先にジョッキーを持ち上げた、飲みたくてしょうがないんだ。

「うん、いいよ」「どうぞどうぞ」

「それじゃみんなが揃ったところで、二人の健康を祈り、そして過ぎ去った豚小屋の栄光を悼んで、乾杯!」

「「カンパーイ!」」

 おれとコジジョッキの半分まで飲み、フォエンは一口含んだ。

「うわーおなか空いたよ!アクズメさんはもうご飯食べました?」フォエンはサラダを口に運びながら言った。

「ええ、さっきこの辺で食べました」

「なにを食べたんですか?」

「骨付き鳥でしたね。あとのことを考えて多く食べませんでした」

「そうでしたか、じゃあどんどん食べないとね。これおいしいですよ」

「あっはい、ありがとうございます」

 フォエンはスライスした玉子焼きの小皿をおれの方に差し出した。駅でブレイクダンサーと揉めたことを話そうか迷っていたが?やめにした。イキっているとは思われたくない。

一時間後

「あ、すいませぇん。私トイレ行ってくるね。んっしょい」

「大丈夫か?一緒に行く?」

「来んなよ!変態!」

 フォエンがうれしそうにコジの肩を叩き、バーから出た。おれはワインを啜り、コジは黙々とナッツ咀嚼していた。空気が重い。常に活発で話題を主導していたフォエンが席を外した今、残るのは同じゲームをやっていたこと以外の接点がない男ふたりだ。おれは話題を持ち出すべく思い巡らせると、一つの質問が頭に浮かんだ。かなり失礼な質問ではあるが、聞かないとおれの気が済ませない、チャンスは今しかないのだ。

「あの、コジさん、一つ聞いていいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「そのお、もしかして、コジさんとフォエンさんがその……付き合って、いますか?」

 コジは目を大きく開けおれを見つめた。まずい、怒れせてしまったか。次の言葉を模索する中で、コジはソファにもだれて、ロックグラスを掴んで中身を飲み干した。まるでマフィア幹部みたいの風格だ

「なぜそう思うんですか」コジは質問で返したが、その目と声から怒りを感じなかった。

「それはふたりがなんかとても親しく見えるし、動きが……愛情が含まれてるというか……ホテルも同じですし」

「そんな風に見えたんですか?ふーん、まあ正式に告白はまだなんだけど、成り行きみたいな感じかな」

「なりゆき?」

「ふたりが長く一緒いるとに自然にこうなったって感じかな?」

「つもり付き合っているってことですか?」

「そうとも言えますね」

 背筋は毛虫が這っているような痒みが走った。鳥肌が立ち、汗がふき出す。おれは平静と装ってワインを飲んだ。アルコールが胃から登り、脳に沁み渡る。

「アクズメさんもフォエンさんが好きですか?」

「ブフッ!ワッダ……?何言ってるんですか?」

「違うんですか?彼女は実にかわいいし、魅力的で、男の扱いもうまい。いままで彼女に惚れ込んだ男は何人いたか……ストーカー事件のことは聞いてたでしょう?だからアクズメも遠慮することはない、ジェントルメン同士、公平に競争しようではないか」

 話をしている間にもコジは真摯におれを見つめていた。そに目には本当の愛と強い意志が宿っている。

「いや、そんなことありません」おれはコジを見返した。「僕は、むしろ……」

「ただいまー!んっしょい」陽気でかわいい声とともにフォエンが席ついた。

「長いな。大の方だったか?」

「言うなよ変態!」

 フォエンは笑いながらコジの肩を叩き、コジも笑った。ああ、これ間違いないですね、とおれは声を立たずにごちった。

「んん?何かあったんですか?アクズメさんがコジさんにいじめられた?」

「うん、いじめられましたよ、でもいじめ返したのでもう大丈夫です」

「アクズメさんが言うとなんかいやらしい気がする……」

「アクズメさんお名前そのものが下ネタですもんね」

「ハハハハ!」

🍜 🍜 🍜

 10時、バーが閉店時間となったので我々はふらつく足どりで玄関に降りた。

「いやぁ、今日はありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそ誘っていただいてありがとうございます」

「また日本に来たら連絡してくださいね!飛んでいきますから!」

 そんなこと軽率に言うんからストーカーに絡まれるんだよと言いたいところだが、やめた。外国行って見知らぬ人間とオフ会やるようなおれに説教たらせる立場はない。

「そんじゃあ僕は限界なんで、そろそろ失礼しますね。ふたりも早めにお休みください」

「お休みなさい」「バイバイアクズメさん」

 おれは歩きながら振り向いてしばらくコジとフォエンに手を振った。邪魔虫が消えて、ふたりはこれから楽しい夜を過ごすでしょう。やどうでもいいことだ。オフ会の魔法が去り、若手CEOアクズメは普通のナードアクズメに戻る時が来た。コンビニによって酒とつまみ買ってテレビ見ながら寝よう。と駅前の十字路をこえてコンビニに向かった。その時である。

「アッ!おい、おまえ!マダファッカー!」

 どこかで聞いたことある声だ。その方向に振り向くと、黒っぽい服を着た三人の集団がいた。左側の男……丸い顔にひげ面、フーディを被っていないが間違いなく午後のブレイクダンサー!仲間を連れている!やべえぞ!ポケットに手を伸ばしたが今日はスイッチナイフを持っていないことを思い出した。

「Shit!」反射的に逆方向へ逃げたが、酒で平衡感覚がみだれ、道路と歩道の段差を蹴ってしまい、転んでしまった。「アオオッフ!」

 アルコールと痛みでおれは前後不覚に陥り、大勢に見られる中に路上に伏せてもがいた。死ぬほど恥ずかしい。

「ハハハ!なにやってんだよおめえはよ!」ブレイクダンサーはおれの手を掴んで引き上げた。「大丈夫か?」

「あっはい、すいません。ありがとうございます……」

 おれは素直に礼をした。やはり周囲からの目線が集まっている。

「おい、こいつがマダファッカーだぜ!すごい奴だぜ!俺のiPhoneを割った奴だ」「へえ、こいつが?そんなガッツがあるにはにみえないけど」

 いつも間にかブレイクダンサーとその仲間に囲まれた。おれの新陳代謝が速くなり、酒が覚めつつあった。もはや逃げられない、これから一体どんな悲惨なリンチが待ち受けているか。

「なっ、何ですか、弁償なら正式な請求書を提出してからと言ったはずですよね……」

「はぁ?んなこたぁもういいって!それよりさぁ、いまニ軒目に行くっから付き合えよ」

 ブレイクダンサーが馴れ馴れしくおれの両肩に手を回し、酒くさい息が顔に当たった。

「やめろって、嫌な顔されてるぞ」

「そんなわけあるか!こいつぁ飲み足りてないって表情だぜ!俺にはわかる!」

「いい加減にせい」ブレイクダンサーの仲間の一人、ロン毛で身長が高い男がブレイクダンサーをおれから剥がしてくれた。黒シャツにピンクのネクタイ、何となくアンソニー・キーディスを想起させる。「すまんな、マダファッカー、彼は酒を飲むと自制が効かなくなる」

「あっ、いえ」ていうかおまえもマダファッカーで呼ぶのか。

「マダファッカーほっといて早く行こうぜ、身体が酒に飢えてるんだ。おら!げんき!ちゃんと歩け!抱きつくな!」「るっせーな……」

 中性的外見のモヒカン女が肘でブレイクダンサーを突いた。ブレイクダンサーは元気という名前らしい。三人が歩き出そうとするところで。

「あの、待ってください!」

「あぁ?」

三人が立ち止まり、モヒカン女が不機嫌に見返した。

「僕……おれもついて行っていいすか?」

「はぁ?」モヒカン女が凄んだ「勝手にしろ」

 六分後、おれたちは駅付近の居酒屋にいた。テーブルに焼き上げた餃子がきれいに8×4の長方形を並んでいる。おれはビール、元気はウーロンハイ、モヒカン女はカルピスサワー、アンンニーは焼酎を注文した。

「それじゃあ餃子もキタところで、乾杯しようぜ」

 元気が左拳で頭を支えながら怠げに言って。四人がそれそれのグラスを持ち上げた。

「乾杯!」「乾杯」「乾杯ィ」「……パイ」

 乾杯のタイミングはバラバラだったが、誰もそれに気にぜす飲み始めた。

「食べよう。遠慮はいらんよ、マダファッカー」

「あっはい、頂きます」

 餃子は中国の発明であるが、日本で独自の進化を遂げて芸術になった。おれも最初餃子定食なるものに疑問を持ったが、実際食べてみてわかった。日本の餃子は、旨い。

 おれは箸で餃子を一つ摘み、醤油をつけて口に放り込んだ。カリッと焼いた薄い皮が破けて中から熱い汁が迸る。

「あっちッッ!」下がやけどしそうな熱さだ!急いて冷えたビールを流し込だ。遥かにいい。

「バカかお前!?焼きたての餃子いきなり丸呑みする奴いるかよ!」と元気がゲラゲラ笑いながら餃子を口に入れ、まるで熱さを感じないようにくちゃくちゃ咀嚼した。

「美味いな、香川に来てよかった」ロン毛は大量の醤油に浸った餃子を食べ、ロックの焼酎を飲み干した。「そういえば自己紹介はまだだったな。俺のことはヘンリと呼んでくれ」

「ヘンリーさん……えっと、日本人ですよね?」

「もちろん芸名だ。の奴に本名を名乗るバカはおるまい」

「ですよね」ここに初対面の人、しかも喧嘩相手に実名を書いた名刺を渡したやつが居るけどな。

「彼女はヒッカーだ」

「Yep」ヒッカーは左手の親指、人差し指、中指を広けて挑発的ジェスチャーをとった。手の甲には稲妻が複雑に絡めあうタトゥーがジャケットに隠されている腕から延びている。

「そんでこのぼくは元気です!解るか?これで名乗りと元気していることいっぺんに伝える、いい名前だろ?」

「あ、ハイ」

「またこれかよ」ヒッカーはうんざりした表情を作った。

「俺たちはぁ……!」ヘンリーはトーンを上げて、左手で胸に当てると、ふたりが彼に従って同じポーズを取った。

「「「STILL ALIVE !!ウッフ!ウッフ!ハァーッ!」」」

 三人が大声で団名らしきものを唱えて、胸を手で三回打った。周りの席からの注目を浴びたが、すぐに各自の雑談に戻り、だれも気にしなくなった。

「ふうー……決まった」ヘンリーがグラスに底に転がっている氷を舐めた。「本当は四人がいるんだが、一人は疲れたので先に休むことになった」

「飲み会を抜け出すなんて本当にしょうもないぜ、オルラゴンのおっさんはよ。結婚してから体力がどんどんなくなってらぁ!」

「デリカシーがなってないぞ、元気!」

ヒッカーがまた元気を叱った。

「三人はその……ブレイクダンスのチームですか?」

「はぁ!?ちげーよ!どう見てもバンドマンだろ?バンドマン!」

「でも元気は確かにそう見えなくもないな」

「そらラップもやってるからよ。てか俺ブレイクダンスやってる連中が気に入らねえ、偉そうにさ……あのダンスのあと腕を組んでシメるところがいつ見ても腹立つわ」

「そうか?偉そうなのは認めるけど、悪い気がしないぜ。そいえばヒッカーはブレイクダンス経験者だろ?」

「ああ?まあそうだけど」「なんか反論しないのか?」

「そうだね……」ヒッカーは椅子にもだれて、腕を組んだ。「そう言われるのも仕方ないと思う。だってブレイクダンスには才能が必要なんだ。常人がちょっと鍛えたぐらいで片手で全身を支えるか?ダンサー本当に強いし、偉いんだよ。だからそれができない凡人が嫉妬してブレイクダンス蔑みたくてしょうがないのさ。X-MENでミュータントを迫害する市民のようにね」

 ものすごく分かりやすくかつ適切の説明だ。おれはヒッカーに敬意を覚えた。

「へーそうなんだ。ふーん」それに対して元気はいまいち納得が行かないようだ。「でもさあ、本当にやり合うことになったら絶対俺の方が強いと思うぜ。この四人の中で」

「マダファッカーに懲らしめたばかりなのによくそんなこと言えるね」

「んだとぉ!?俺はな、お前らにに迷惑かけたくないから……」

「あ〜あ、言い訳してやんの」ヒッカーは両手で顎を支えながらいたずらっぽく言った。ちょっとかわいい。

「こいつぅ……!」

「お前ら、店内で揉めるんじゃない、そういうときはな……」

 ヘンリーがポケットを探り、スイッチナイフを取り出すと、刃を展開させ、左手を「パン!」とテーブルに叩きつけた。

「大西部のルールに従い、栄えあるファイブフィンガーフィレットで決着をつけるべし」

「バカおまえっ!ナイフしまえ!」元気が慌ててナイフを奪い、ポケットに仕舞った。「自制力がないのはお前だろ!」

「そうかもな……んん……」ヘンリーは鼻峰を指で撫で付けた。「ナイフ返してくれ」

「通報されたらめんどからだめだ!」「くう……おまえ……この俺に逆らう気が……俺の眼光は……死をもたらしぜ!Pwe pwe pwe!」

ヘンリーは手で拳銃の形を作りおれたち三人を撃った。

「ぐぁ!」「おうふ!」

 そして元気とヒッカ―は撃たれたように胸と喉を掴んでテーブルに倒れた込んだ。おれは突然の奇行に対しておれは対応できず漠然と成り行きを見守ることしかできなかった。

「ふう……これでおまえらは一回死んだ。全く無防備すぎる……」ヘンリーは満足げに硝煙を吹くように右手の人差し指を吹いた。今度はマネーグリップから万円札を一枚テーブルに置くと立ち上がった。

「疲れたし、帰る。あんまり遅くまでやるなよ」「お疲れー」「お前もな、マダファッカー」「ハイ、お休みなさい」

 ヘンリーが店を出ると、テンションが一気に下がり、気まずい静寂が訪れた。元気とヒッカ―も自分のスマホを見始めた。元気のiphoneはやはり割れたままだ。

「また飲み足りないよな。ねえマダファッカーまだ飲める?ボトルワインで頼もっか?」「そうですね……じゃ」「すいませーん!」「あっ」

 おれが返事する前にヒッカ―がすでに店員を呼んで注文した。でもおれは彼女に好感を抱いているので別に嫌な気持ちがしなかった。

「おいマダファッカー、餃子が残ってるぞ。また食えるか?」「あっはい、いただきます」

 時間が立って適温になった餃子をおれは一気に三つをつまんで醤油も付けずに口に入れた。肉汁がほとばしる。

「いい食べっぶりじゃねえか!」

「おっ、ワインが来たぞ」

 運ばれてきたボトルを取り、ハッカーはグラスに三人分の白ワインを注いだ。

「また飲めるな、マダファッカー?」

 ヒッカ―がワイングラスを持ちあげた。乾杯の合図だ。

「まだ全然いけますよ」

 正直腹がきつくなってきたが、彼女の前にダサい真似はしたくない。おれは自分を強いてなるべく爽やかな表情を作った。ヒッカ―も笑い返したーーすくなくともおれはそう思う。

「「「乾杯ー!」」」


《たのしいオフ会 完》

 

当アカウントは軽率送金をお勧めします。