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シン・デス・レスラー

18時26分。そろそろ今日の興行が始まる。

今日のメインイベントはウチの閻麒麟とシドラとあのヘルマン・プリンスのタッグクマッチ。道場の皆が全部スタジオへ行っている。俺は留守番を任されてスクワットしている。

80キロ付けたシャフトがいつもの倍くらい重たく感じる。たぶん精神状態と関係がある。

(シン、プロレスだけが人生ではない。また若いうちに転向を考えてみないか?)

師匠の言葉が頭によぎる。入門してから4年、同期はとっくにリングで活躍している。俺は未だに基礎鍛錬と雑用ばかり。後輩達のナメた態度にも慣れた。けど諦めたくない。レスラーとしてリングに立つ、なんとしても……

「じゃ力を貸そうか?」
「ひゃっ!?」

驚くあまりにシャフトを落としかけた。リングの上に黒紫色のレオタードと尖った帽子をかぶった奇妙な女がいた。露出している腕と足は程よい筋肉が付いて結構タイプ。いや、こんなこと考えてる場合か。道場は今俺しかいない、ちゃんとしないと。

「ちょっと誰ですか?ここは部外者禁止だからお引き取りっ」
「タリァーッ!」

女はローブを踏んで跳び上がり、空中で両足を揃える。素人の動きではない、レスラーか!?

「ぶわっ!」

ドロップキックをもろに受けて、俺は筋トレ器具をなぎ倒しながら転がった。顔に圧力を感じる。女の靴底だ。

「きみは体格がいい、鍛錬も怠らない、ただし絶望的に格闘センスがない。私はそんな残念な子が大好きで、ついつい助けたくなっちゃう」

女は帽子を探り、ガラスか水晶で出来た仮面を取り出した。表面は複雑な加工を施されて、ダイアモンドのようにプリズマティックに光っている。

「これを被ると物凄く強くなるの。どう?興味ある?」

何だこれ?新手の訪問販売?しかしさっきのドロップキックは本物だ、ここは彼女を怒らせない方向で行こう。

俺は踏まれたまま頷いた。女は微笑んだ。

「いい子ね。じゃ、じっとしてて」

仮面はとてもひんやりとしていた。

(続く)

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