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田舎はチェンジするひつようがあるのか?

兵庫から東京へ戻った。
約4ヶ月、兵庫県の田舎に滞在していたんですが、東京にもどってきた。
親との時間80%ぐらいが高校までに消費と言われているので、4ヶ月もまた家族の一員として過ごすことは、とても貴重な時間だった。

東京でマルクスの脱成長や、ルソーの一般意志について考るとき、「たしかに。24時間のコンビニが半径1キロ以内にどれだけあるんや、ふむ。」と思ってた一方、この田舎生活が教えてくれたことは以下だ。
●全然ここは脱成長(笑)
30年前と変わらず、ホタル祭りがあり、猿もくまも出てて、電車は一時間に一本で、大河内町には相変わらずコンビニもない。競争も一見、ない。たぶん。
●ボトムアップ強そう
バルセロナのように、自治体、市民連携して対話して社会をボトムアップで創ろうよ!!ってな話になったとき、
確かに、渋谷や麻布に住んでると、地域をまずよくしようぜったって、お隣さんの顔も知らない状態で、仮に小松菜のお浸し、余ったから差し入れしたら、絶対ちょう気持ち悪がられる。
でも、ここは人間関係が良くも悪くもスケスケなので、
「あそこの水車移動しようぜ」みたいな話になったら、じゃ〇〇さんとこに△あるから、頼む?とか、いや、あそこはだめでしょ、とかバイネームでWho,what,where,howがすぐ出るので、連携やらボトムアップはなんか強そうだ。
実際、父ちゃんとか地域の人がみんなで水車設置してて、素晴らしいなとおもう。
●でもなんかもうちょい工夫できる気がする
山だらけなんですが、父ちゃんと車で買い物行くとき、「この辺、伐採した木が売れへん。なんかええ方法ないかなぁ」と言っていて、
それはバイオ自家発電ができるかもしれないし、
お年寄り多くて、若い人定住のためにお見合い支援とかやってるけど、
この空気のきれいな田舎でお年寄りが作る野菜とか果物は、ほんとにおいしい、余ってるぽい。もっとeコマースで発信したらおもしろいんだろうし、
お年寄りから学ぶ、若い人が教える、教え合う機会ももっとほしい。
野菜の作り方とかイノシシの狩り方(ぼたん鍋おいしいよ)とかを若い人は学べて
お年寄りはデジタルスキルが学べるとか。
グローバル提携の街から外国籍の人がもっときてもいいし。
こっちの友達と話すと「まじ、なんもないね。東京のカフェ行きてぇ」てな話になる。
わかる。わたしも4ヶ月で、エンタメ不足により酒の量が増え、デブになり、そう思ったこともある。
でも、こっちの何もないは、東京のようなところからすると何かあるとも思う。
あましてるリソースを活用するだけで、
連携や共同の喜びによる人間的成長は得られそう、それを求めても良い気がする。
10年後もまだホタルが見れるけど、廃れてない、
あそこを「懐かしい未来」にするために、自分も地域に積極的に関わっていきたい、と渋谷にできたMIYASHITA PARKを見ながら、思う。

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