見出し画像

Born in translation: 原作者が嫉妬したゲーム翻訳

個人でゲームを開発しています。先日、短編自作ノベルゲーム「私は猫になりたい」を日・英語でひっそりリリースしました。

翻訳はご縁があって海外の個人翻訳者さんにお願いしていました。面識のない方、時差が割とある(イギリス)……などやり取りの面で当初あった不安を薙ぎ払う美しい翻訳をあげてくださったので、「いかにこのゲームの翻訳が素敵か」という視点で本記事を書く、と見せかけて自作品をPRします。

私は翻訳の専門家ではなく、ちょっとだけ英語がわかるくらいの素人ですので、解釈等に間違いがあるかもしれませんがご容赦ください

避けられない Lost in translation

以前より個人開発ゲームの翻訳に何度か関わる機会がありました。都度感じていたことは「翻訳で元の意味を100%伝えることはできない」、もちろん翻訳者や現場の人が手を抜いているわけではなく、文字数制限、宗教や人種、年齢制限など文化的な制約を全てゲーム内で完全に説明しきることは事実上不可能だからです。

翻訳内容が楽しみでゲームを遊ぶ人も一定数いるかも知れませんが、ゲームは本来エンターテインメントのはずなので「いかに言語を正確に伝えるか」よりも「その言語を母国語とするお客さんがゲームを楽しめるかテキストか」、セリフのテンポの良さや世界観を優先するのは自然なことかと思います。

そんな「翻訳の過程で失われる何か」「lost in translation」と呼ぶのだと聞いたことがあります。これは避けられないものだ、という私の考えは「私は猫になりたい」の翻訳をいただいた後も変わりません。

どこかへ行ってしまった龍と独り残された猫

例えば映画が輸入されたとき「邦題がダサい」と話題になるのを時々見かけますが、逆に翻訳されたことで美しく洗練されたタイトルも多く見かけます。邦題が洋題になった場合はどうでしょうか? 私がゲームタイトルですごい翻訳だと思ったのは「龍が如く」→「YAKUZA」。このゲームが海を渡った当初、YAKUZAとは海外でどの程度メジャーな言葉だったのでしょうか? いずれにせよ思い切った翻訳です。しかし……待てよ「龍」はどこ行った?

作中のメインキャラは「桐生(きりゅう)一馬」、別名「堂島の龍」と呼ばれ、背中に見事な龍の刺青もあります。そんなゲームのタイトルから「龍」を省くとは、そして省かれたタイトルを許可した方のプレッシャーたるや想像を絶します。


画像1

さて拙作の「私は猫になりたい」というタイトル、直訳すると「I want to be a cat」ですが、いただいた洋題は「CATharsis(カタルシス)」となり、「私」「なりたい」要素が失われています。文字だけ見ると猫しか残ってない。

しかし元々「私は猫になりたい」とはみんなのトラウマ作品私は貝になりたいをリスペクトをもってオマージュしたものです。内包された意味としては「人間でいるのは色々辛いので(今度生まれ変わるなら)猫になりたい」というわけで、「CATharsis」という削ぎ落とされた洋題によりむしろ悲劇である意味は強調されています。

カタルシス」は、哲学および心理学において精神の「浄化」を意味する。アリストテレスが著書『詩学』中の悲劇論に、「悲劇が観客の心に怖れ(ポボス)と憐れみ(エレオス)の感情を呼び起こすことで精神を浄化する効果」として書き著して以降使われるようになったが、アリストテレス自身は演劇学用語として使った

なにより「catharsis」という綴りの中に「猫がいる」と気づかれた翻訳者さんの感性に触れるだけで血圧が上がりそうです。

もっともゲームの中身自体は言うほどカタルシスしてない(割とふわっとしている)のでタイトル負けしとるんですけど、この案を採用せずにおれませんでしたし、この翻訳に勝るものはないとさえ思いました。

お疲れ様、って英語でなんていうの?

「私は猫になりたい」のメイン舞台は現代のオフィスです。そのため、作中何度も「お疲れ様です」というセリフが登場します。日本では当たり前に交わされるこの挨拶、もはや大した意味はなさず相手が疲れていなかろうが仕事が終わってなかろうが使う、私にとっては「やあ」ぐらいの感覚です。Google翻訳によると「Good work」だそうですが、そこはかとなくコレじゃない感が漂っています。

CATharsisでは実際にはどう訳されたのだろうと「お疲れ様」を拾ってみると、

1.「Thank you for steering the ship. 」会社の留守番に対する「お疲れ様」

2.「Good to see you. 」ちょっと久しぶりに会った人に「お疲れ様」

3.「Hey there. 」昨日会ったばっかりの親しい人に「お疲れ」

4.「Well done for today. 」上から目線の労い「お疲れ様でした」

4つ拾っただけでも、話す相手との関係性や時制が透けて見える言葉が選ばれた上で、あえて避けられたのかと思われるほど重複していないのが分かります。テキストを書く上で、読んでいる人が退屈しないように語尾や言葉の重複を避けるのは物書きあるあるだと思うんですけど、正直、翻訳にまでそこまで求めていなかった私は度肝を抜かれました。

さらに興味深いことに、1と2は同じ人物が異なる目下の相手に投げかけた台詞で、日本語は同じ「お疲れ様です」なので入れ替えても成立しますが、翻訳された英語は入れ替えられません。そして当然、Google翻訳に上記の英語を入れてもどれ一つとして「お疲れ様」とは訳されません

一般的に日本語は難しい言語だと聞きますが、それは語彙や漢字だけの話ではなく、文化的に時制や人称が不明瞭な中で交わされがちだからで、内包された言外の意味を場所や人間関係に応じて補い訳さなければ通じにくい辺りも非常に難儀なのだと感じます。

翻訳によって囁き始めた脳内CV

自分でゲームを作っていると、何度も手直ししたり、正誤ばかりに気を取られて、ゲーム全体の面白さが分からなくなることがあります。正確な意味とは違いますが私はこれを「ゲシュタルト崩壊」と仮称しています。翻訳に出す前、校正を繰り返していた私は明らかにこの状態に陥っていました。

しかし翻訳が上がってくると、

・翻訳者さんの解釈を挟んだ

・私の母国語ではないので不明瞭な部分もある

・響きや言い回しが違う

……などにより、ありがたいことに元は自分が書いたセリフでも別物として感じられ、客観的に「この台詞はいいな」「このキャラ、こんな風に思ってたのか」と改めて物語に触れることができました。

・例えば子猫に言う「おいで」。翻訳されると、

画像3

「Come, come.」カムカム!! クソッかわいすぎる! は? お前……ごりごりスーツの成人男性が言うかカムカムて? いや英語圏では多分言うんだよ知らんけど。 脳内CVによるささやき声が聞こえてきそうな危うさです。

・次は単なる「おはよ」。翻訳されると、

画像4

「Rise 'n' shine.」(Rise & shine) 直訳は「(寝床から)起きなさい」のようですが、えっおはよう……ただのおはようが? こんな美しくなるの? そしてそんな美しい言葉を、本来言葉が通じない猫相手に投げかけるの? 絶対良い奴やん。

さらにriseしてshineするものといえば太陽。この人物は後ほど猫に「Dawn(「朝日」、ただし日本語では単に「アサ」だった)」という名前を提案する流れがあるのでもしかして翻訳者さんはそれを汲んでくださったのかも? 流れが完璧過ぎます。これ日本語で再現可能か考えてみたんですけど、少なくとも私の力量ではできません

・さらに、にわとり状の生物による褒め言葉「お見事でしたー!」

画像2

「Eggcellent!」英語ネイティブではない私にも一目で分かる、文字通り素晴らしい翻訳。これだけで笑った。

外注仕事をお願いすると、稀に「返事こない」とか「期待しすぎた」、さらに「返事こない」などでうまく行かずかえってストレスになることがあります。逆に「的確な返答」「すごくいい素材が上がって来た」などで救われることもありますが、今回はまさに後者で、言葉ひとつでこんなに驚いたり笑ったりさせられるのかと、物書き担当のはずの私が嫉妬したほどでした。

翻訳で言葉は死なず、あるいは生まれ変わる

lost in translation というフレーズに、私はあまりいいイメージを持っていませんでした。「失われる」なんてなんか損したようで「もっとちゃんと細かく翻訳すればいいのに」などと不満だったのですが、今回のように英語と日本語を比べてみれば、2ヶ国語が行き交いする影に無くなったはずの言葉を見つけることもできて、永遠に失われたわけではないと分かります。

細かな翻訳の正確さだけを論(あげつら)うのではなく、龍は元気だろうかと思いを馳せ、猫がいてくれることを喜んで、言外の、知らず取捨されたであろう何某かを慮る余裕があれば、ゲーム翻訳も今までと違った趣で楽しめそうです。

「私は猫になりたい」は30,000字にも満たない内容でした。その中で、一部調べただけでも翻訳でそぎ落とされたり新たに加えられた言葉がたくさんあったことに驚きました。予算や納期の関係で、当初翻訳は自力でしようと考えていた時期もあったのですが、今回プロにお願いしてみてマジで自分でやらんでよかったと心から思います。

Google翻訳の機能は数年前と比べ随分よくなったとは聞きますし、実際私より真っ当に翻訳してくれますが、前述のように「前後の文脈の中でこそ伝わる」、あるいは「原作を凌駕するほど美しい」言葉を生成できるのは、まだまだ人間の、しかもプロならではのちからだと感じます。

謝辞:ゲームの翻訳にあたり、快くご仲介くださった小川浩史様長尾龍介(株式会社インピタス)様、そして素晴らしい翻訳をくださったLeo McDonagh様に、この場を借りて改めて御礼申し上げます

……からの宣伝!!

windows専用ビジュアルノベルゲーム「CATharsis/私は猫になりたい」itch.ioにて販売中steamでは3/11から販売開始、価格はどちらも2.99ドルです。無料体験版もあり、サイトを覗いてもらえるだけでもpv数で励みになるので、よろしくお願いします。

steamもitchもアカウントないという方も、itchページの左下にある「Download demo」ボタンから無料体験版をDLできますのでご利用ください


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?