怠惰とマニキュア、夕方の暑さ

 夕方が1番暑いような気がしている。午後2時くらいが最も暑くて、次第に気温は下がっていくと、小学校でも習った。午後2時が山になっているグラフを選んで、こちらが晴れの日のグラフです、と答える問題も解いた。のに。

 今日はそこまで暑くなかった。少なくとも、昨日よりは。窓を開けていれば秋の風が入ってきたし、昨日は食べたアイスを今日は食べなかった。そのおかげか、昨日の夜頃から私を悩ませた腹痛は、もうどこかへ行った。アイスを食べなかったのは、単に腹痛のせいではない。私は腹痛でもアイスを食べてしまうような、弱い人間である。この前からすっかり私の仕事と化した、昼の犬の散歩も、心地いいくらいだった。

 それが、今はどうだ。暑くて仕方ない。背中にびっしょり汗をかいている。できるなら、今すぐにお風呂に入りたいくらい。夏がくるからといって7月に顎の辺りまでで切りそろえた髪が、少し伸びて首にまとわりついている。もう、おさげなら結べるし、そうしたい気分だ。17時の鐘。ため息をつく。半袖のシャツの、袖の部分が肩とくっついていた。思わずシャツをつまんで、ばさばさと身体に空気を送り込んだ。汗のにおいがどうも気持ち悪い。

 なんとなく、爪の匂いを嗅ぐ。今日の朝に、別にどこに行く予定もなかったけれど、塗りたくなってマニキュアを塗ったのだ。この前新しく買った、ラメの入った薄い紫色の。爪を塗ろうとすると、においがするから別の場所でやれと母に部屋を追い出されたことがある。家に誰もいないから、最近は塗り放題だ。マニキュアのにおいは、私は平気だ。塗っているうちに慣れたというわけではなく、最初から嫌悪感を覚えていなかった。

 私が、初めてマニキュアを塗ったのはつい半年前くらいだ。友人と出かけたときに、塗りなよと言われてドラッグストアで買ったマニキュアをつけた。というより、塗ってもらったのだった。昔から爪の噛み癖があった私にとって、マニキュアは魔法だった。爪を噛まなくて済むし、何より爪に色がついているだけで幸せな気持ちになれてしまう。だから私は、なんとなく、でマニキュアをつけてしまう。

 塗った爪を乾かすときの、何もしていなくても許されるような気がするのも好きだ。マニキュアを塗るときは、長めの動画をたれ流す。ただ動画を見ているだけの時間。何もしなくてよい。だって何かをすれば、せっかく塗った爪が汚くなってしまうかもしれない。何もしていないわけではない、爪を乾かすという大仕事をしているのだ。ただの怠惰に、言い訳ができてしまうマニキュアが、私は好きなのだった。だから、というわけでもないだろうが、好きとまでは言えないが、マニキュアのにおいは苦手ではない。だから、汗のにおいを誤魔化したくて、そっと鼻に紫色の爪を近づける。これは、怠惰から逃げるための、におい。

 マニキュアのことを書いていたら、汗が幾分か引いていったように感じる。けれど、暑いものは暑い。窓を開けてすごしてきた1日だから、なんとなく扇風機を回したくなかった。こういう人が、熱中症になるのだろうな、と思う。もうすぐこの部屋を出るから、この文章が終わるまでの辛抱である。私は、思ったことをつらつら書いていくから、本当はどこまでも書けるような気がしてしまう。だって今思ったことを書き出せばいいのだ。何かを考えずにいることなんて、少なくとも文章を書いている間には、できない。

 おそらくこの暑さは、怠惰の代償だ。昼間何もせずに時間を過ごしたから、夕方になって、焦りを感じて、だから暑いのだ。だから、充実した1日なら、こんなに暑くないのだろう。連日、夕方が1番暑い。それは、そういうことだ。

 明日は出かける予定がある。だから、明日は暑くないだろう。そう、信じたい。今日も書いている小説を進めることなく、眠りにつく。


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