握力屋ときどき物書き屋

凡人が握力で1番を目指します GM150 66Kg以下級 世界ランキング4位 …

握力屋ときどき物書き屋

凡人が握力で1番を目指します GM150 66Kg以下級 世界ランキング4位 (2021.1.15時点) 趣味で小説も書いています ご意見やご連絡は↓↓↓ akuryokuya@gmail.com

マガジン

最近の記事

野良猫学級 第16話 追い出し

――緞帳を巻き取る機械音が止まり、静まり返った体育館で、おれはそっと目を開けた。  ステージ中央に置かれた指揮台の前に立つ環菜。下手には、奥から引っ張り出してきたピアノと、その前に立つ杏子。ステージ後方にはひな壇まで段取りしており、桃果、百合……皆が並んで立っている。文化祭のそれが目の前でそっくり再現されている。髪やら化粧やらといった奴らの風貌はあの日とは違い、いつもの見慣れた十三組の野良猫共だ。 「何だよお前ら。おれのために歌ってくれんのか?」 「ほうよ!わざわざアタシら

    • 野良猫学級 第14.5話 楽屋落ち

      ――修了式の一週間程前。並んで登校する杏子と環菜の姿があった。小学生からの幼馴染みで、家から学校までもほぼ同じ方角である二人は、この一年間、いつもこうして一緒に登校していた。 「杏子の英語の課題も終わったし、うちらももうすぐ二年生やね〜」  つい先日、ようやく英語の補習課題を終えた杏子は、「ほうやね」と安堵の表情で返事をする。 「問題はクラス替えよね〜。一学期はちゃんがらな感じやったけど、なんやかんや今はそれなりに楽しいけんね〜。このまま二年になったんでええのに〜」  陽気に

      • 野良猫学級 第15話 最後のホームルーム

         式典が終わると各クラス毎に退場していき、おれのこの学校での仕事も、残すは今年度最後のホームルームのみとなった。  壇上からはおれの口で、おれの言葉で、離任の挨拶をしたものの、一年間過ごしてきた十三組の奴らに、きちんと同じ目線で面と向かっては伝えていない。さすがに最後のホームルームにまで顔を出さない訳にはいかない。この後、教室で改めて伝えなければ。  しかし、今さらと言っては何だが、一体何と伝えれば良いのだろうか。当然、こんな形で知らされたとあっては、奴らも黙ってはいないだろ

        • 野良猫学級 第14話 若さとは後ろを振り返らないこと

           週明けには、なんとか全員が各教科担当から課題の合格を貰うことができた。最後まで残っていた杏子も土日の間で課題を仕上げてきた様で、期末試験から一週間と少し経って、ようやっとクラス全員の進級が認められた。無事に進級も決まり、いよいよ皆で揃って目でたく春を迎えることができる。  校庭に出ると、向こうに見える桜の花は五分咲きといったところ。今年も入学式まで持ってくれれば良いがと思ったのだが、次の四月にはもう、おれはこの学校にはいないことを思い出した。来年以降、もうこの先見ることの

        野良猫学級 第16話 追い出し

        マガジン

        • 野良猫学級
          17本

        記事

          野良猫学級 第13話 先生

          「てめぇらこのままじゃあ、ディズニーランドなんか行けねぇぞ!」  進級判定会議において、クラスの在籍数の三分の二の生徒の名前が進級保留として挙げられたのは、後にも先にもこの十三組だけであろう。おれも国語や数学といった勉強は得意ではないので、あまり偉そうに言えたものではないのだが、進級が懸かっているとなると話は別である。  幸い、ここは私立学校。留年、退学者が大量続出となるよりは、できれば、就職率何%と良い数字を残したいし、進学実績はどこそこの大学と、大っぴらに謳いたいものであ

          野良猫学級 第13話 先生

          野良猫学級 第12話 冬はマラソンって誰が決めた

          ――冬。ここはあまり雪が降らない。夏同様、いや、より一層乾いた空気によって身が凍え、ただただ寒いばかりである。これもここの土地柄というものだろう。冬の寒気を伴う季節風は、中国山脈が一身に受けているため、山の方では雪も降るには降るのだが、街中においては、積雪によって交通が困難という様なことはほとんど無いらしい。しかし、向こうに見える石鎚山は、街中から見ても絶景である。制服もすっかり衣替えをし、吐く息が白くなった頃、晴れた空をふと見渡すと、あのビルの向こうに石鎚山が、その顔をくっ

          野良猫学級 第12話 冬はマラソンって誰が決めた

          野良猫学級 第11話 ギャップ萌え

           文化祭。朝のホームルームにと教室へ向かったおれは、景気良くガラッとドアを開け、「おはよう!」と威勢よく踏み出し挨拶をしたのだが、どうやら隣のクラスと間違えてしまった様だ。もう半年も毎朝通っているのに、あろうことか、自分の教室を間違えてしまった。いやはや。おれはおれで意外と、ある意味では緊張しているのだろうか。発表が始まってしまえばおれも観客のうちの一人になってしまう訳だが、我が子がきちんとステージに立てるかどうかと気が気でないのかもしれない。  朝一番から、これはとんだ赤っ

          野良猫学級 第11話 ギャップ萌え

          野良猫学級 第10話 化けると書いて化粧

          ――秋。山に囲まれた地域なだけあって、季節の変化が景色と共に現れる。強い日差しが深い緑をより一層映えさせた夏から一変し、橙というのか赤茶色というのか、「ああ、これが秋の色だ」という景色へと変貌していく。紅葉した山に傾きかけた西日が当たると、それはなんとも鮮やかなものである。田舎の色はその山の麓にも現れて、稲刈りを直前に控えたこの時期には、金色の絨毯が時折段を為しながらずぅっと向こうまで続いていく。河原のそばの公園の芝も、冬眠前の色合いになりつつあり、どっちを向いても季節を感じ

          野良猫学級 第10話 化けると書いて化粧

          野良猫学級 第9話 震災を経て

           体育祭が終わり、翌日からはすっかり気の抜けた、いつも通りの奴らに戻った。キラキラだったシールやペイントが、祭りが終わったことを名残惜しむかの様に、日焼けの痕としてほんのり残っている。目の前の目標が一つ無くなった彼奴らは、溶けたアイスの様にぐったりとして、ただただ一日をやり過ごしていた様子であった。  数日後のホームルームの時間に、担任から文化祭に向けてという議題が挙げられた。  文化祭は例年、持ち時間は十分程度ではあるが、全学年全クラス、それぞれのクラス単位で何かしらステ

          野良猫学級 第9話 震災を経て

          野良猫学級 第8話 祭りになると馬鹿が沸く

           体育祭当日、予告通り、奴らはしっかり気合を入れてやって来た。朝のホームルームで教室に入った途端、おれは祭りの詰所に間違って入ったのかと勘違いした程だ。  ポンパドールにリーゼント、モヒカン、編み込み……。花やリボンを付け、まぁ盛り盛りの頭も良いところ。各々の顔にはキラキラのフェイスシール。中にはシールを買う予算が足りなかったのか、メジャーリーガーがするアイブラックの様に、わざわざ顔にペンで書き込んでいる奴まで。水性ペンなら汗で流れ落ちてしまうとなると、それはもしかして油性ペ

          野良猫学級 第8話 祭りになると馬鹿が沸く

          野良猫学級 第7話 野良

          ――夏。四国のここの夏もまた、これはこれで暑い。瀬戸内海に面してはいるが、四国山脈を背にし、海の向こうには中国山脈がそびえているため、山に挟まれた形をとるこの土地は、天候自体がとても穏やかなものである。逆に言えば、雨が少なく、夏でも乾燥しているような暑さに見舞われる。カラッと乾いた暑さで気持ちが良いと言えば聞こえは良いが、例年、水不足という問題はついて回るそうだ。  おれがガキの時分に経験した梅雨などは、それこそひっきりなしに降る雨で歩道まで水没し、長靴の中まで水浸しになりな

          野良猫学級 第7話 野良

          野良猫学級 第6話 クラスマッチは担任の面子を掛けた鬩ぎ合い

          「おはよう、タツ兄」、「タツ兄ぃー!おはよー!」  景気の良い挨拶と共に、十三組の奴らが教室へと登校してくる。 「おう!お前ら毎日毎日、遅刻ギリギリじゃねぇか!」 「女の子はねぇ、朝の支度に時間掛かるんよ」 「時間掛けりゃ良いってもんじゃねぇんだ。そう変わりゃしねぇんだから、もっと早く来いよ!」 「ひどー!」、「サイテー!」  いつの間にやら十三組の奴らからおれは、『タツ兄』と呼ばれる様になった。最初はタツ兄さんだったがすぐに、「さん付けする程立派やないよね」ということで、さ

          野良猫学級 第6話 クラスマッチは担任の面子を掛けた鬩ぎ合い

          野良猫学級 第5話 地に座る

           二日後。十三組の授業が始まる前、おれは誰よりも早く校庭に向かった。  この日の十三組の授業は四限だ。三限の終業のチャイムが鳴るのとほぼ同時に校庭に出たものだから、当然まだ誰も来てはいない。今頃あいつらは性懲りも無く、のんべんだらりんとくっちゃべしながら支度をしているのだろう。でも、今日勝手に早く出向いたのはおれだから、今日のところは文句など言うまい、などと考えながら、おれは地べたに膝を着き正座をした。  三日三晩にはやや足りないが、しばらく考えた末におれが出した答えがこれで

          野良猫学級 第5話 地に座る

          野良猫学級 第4話 怒

           どうやらおれの見積もりが甘かったようだ。そのいずれが来ないまま三週間が過ぎた。  どの学年のどのクラスも、集団行動などとうに終わらせ、それぞれの学年の競技に取り組んでいる。それはおれが受け持った他のクラスにおいても然り。一年生はバドミントン。五月の連休を目の前にして、いつまでもちんたらと集団行動などやっているのは十三組だけであった。  杏子や環菜は相変わらず遅刻常習犯。 「遅れてすみませ〜ん」 「…………」  二人とも、態度の調子も相変わらずである。なんなら、定刻にやって

          野良猫学級 第4話 怒

          野良猫学級 第3話 問題児

           初めての十三組の授業。始業の鐘が鳴り、定刻通りに授業へとやって来たのは、半分ほどの生徒だった。  遅刻してしまったと焦り、慌ててやって来る様子が見えるのならまだいくらか可愛げがある。例えそれがポーズだとしてもだ。チャイムが鳴る中、なんだったら鳴り終わってからも、ほとんどの者が平気で、のんびりタラタラと歩いて我が物顔で登場して来やがった。挙げ句、体操服に着替えてすらいない奴もいるときたものだ。それだと、女だから着替えに時間がかかるという言い訳さえも通用しなくなる。 「てめぇら

          野良猫学級 第3話 問題児

          野良猫学級 第2話 着任

          ――春。校舎の脇に咲く桜はややピークを過ぎている。時折ぴゅうと吹く風に乗って、ピンクの花弁がひらひらと舞う。その吹雪を浴びながら、新入学生が保護者と共に今日この日初めて、まだ少し糊のついた制服に袖を通して登校してきた。  向こうの方で先輩の職員が、「本日はおめでとうございます」と、来る人来る人皆へ向かって頭を下げているので、おれもそれに倣って、来校者に向かって頭を下げておいた。  新年度の始業式は入学式と併せて行われた。校長をはじめとした偉そうな人達は、「高校生らしく……」

          野良猫学級 第2話 着任